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どうしてこんなことになったんだろう。
俺は一体どこで何を間違えたんだろうか。
「ぜ、絶対っ、絶対許しませんからね……っ」
同級生の女の子が宣言する。
そんなことを急に言われましても。
俺は今さっきまでこの子と当たり障りの無い会話を交わしながら、ろくずっぽ使われていない教材の整理をやっていただけだっていうのに。
あ、もしかして生きていることが許せない宣言でしょうか。声を聴くだけでイライラするとか、同じ空気を吸ってるのが気持ち悪いとか、時々一人でにやにやしてるの気持ち悪いとか……やめてよぅ……。
もはや物置にしか使われていない放課後の旧校舎の教室には、傾いて橙がかった陽が差し込み、細かいほこりを煌めかせていた。
こういう夕暮れの教室で女の子と二人っきりって、どちらかというと甘酸っぱいシチュエーションだって聞き及んでいたんだけどな。主にマンガとかライトノベルとかそういうものから。
後ろの席の物静かな文学少女。
そんなくらいにしか認識していなかった女の子は、眼鏡の奥の大ぶりな目をきりきりとつり上げ、薄造りの唇には無理矢理貼り付けたような引きつった笑みを浮かべてにじり寄ってくる。普段からは想像だに出来ない迫力に俺は後ずさることしか出来なかった。
壁際まで追い詰められ、ずいと、吐息を感じられるほどの距離に顔が迫る。
眦に涙が浮かぶ瞳。頬を掠めるぐらいに近い肩口までのさらさらの黒髪。紅潮した白皙の頬。わずかに鼻先をくすぐるシャンプーか何かの清潔な匂い。
あれ……やっぱりこれ何だか、ときめくシチュエーションなんでしょうか。
――四埜宮くん……私。
――う、うん?
――ずっと……四埜宮くんのことが……。
ドンッ!
「……うひっ!」
「何にやにやしてるんですか気持ち悪い」
そんな妄想は、顔のすぐ横に叩きつけられた掌に完膚なきまでに粉砕された。
これ、壁ドンって奴ですかね。俺の知ってる壁ドンと違う。
「言い訳しても、謝っても、絶対許しませんから……!」
「だから何のこと!?」
「とぼけないでください!」
眦に浮かんだ涙は怒りによるものらしく……悪鬼のような形相で好きな人に迫る女の子なんて居ないよね。
とはいえ、好意を向けては貰えなくとも、こんな風に怒られる心当たりが俺にはまるで無い。向こうは確信をもっているみたいなんだけど、身に覚えの無いものは、なんと言われようと無いわけで。
何とか解決の糸口を探ろうと、言葉を選ぶ。
「あ、あの、ね! きっと誤解だから、は、話せばわかるうううあああああああ!?」
わかりませんでした。
間抜けに語尾が裏返って、ついでに視界もぐるりと回る。
目の前の華奢な女の子に足を払われて、ひっくり返ったのだということに理解が追いついたのは、派手に目の前に火花が散った後のことだった。
本当、全く理解できない。
席が近くだから軽く喋るくらいの関係のクラスメイトに、いきなり引きずり倒されて。
「な、何するの栂坂さうぐふっ」
……その上踏みつけられるだなんて。
「よ、よくも人のことを散々踏みつけてくれましたねぇっ……!」
「いやいや、ちょっと、痛い! 意味が、あの、今踏みつけてきてるのそっちだよね!?」
「うるさい! しらを切ったって無駄なんです、この変態! ゲス! 屑ネカマ!」
追い打ちのストンピングを叩き込まれて、視界が白く霞む。
朦朧とする意識の中で、何か悪いことしたっけなぁと、俺は本気で悩んでいた。
そもそも何を間違えれば、同級生に踏みつけられるような目に遭うことが出来るんでしたっけ……。
事前に予告させていただきましたが、
序章~第一部を少し改訂させていただきました。