隣の座席
ピリピリした空気が流れる。
心が冷や汗をかいている。
どうしてわたしばかりが気を使わなくてはいけないのでしょうか。
びくびく飛び跳ねる心臓を押さえつけ、そっと隣に目をやった。
小池は先ほどから変わらず、物騒な空気をそこかしこに振りまいていた。
端正な顔の作りにそぐわない眉間の皺を更に深くさせ、少し茶色がかった瞳はじっと窓の外を睨みつけていた。
千枝はばれないようにそっとため息をついた。
彼が不機嫌な理由はわかっている。
想いを寄せる遥ちゃんのとなりに慣れなかったからだ。
遥ちゃんはバスケ部の部長で頭も良く、笑うと頬にえくぼのできるかわいい女の子だ。
そんな子だから、うちのクラスでの争奪戦は激しい。
小池も遥ちゃんのことが大好きで、修学旅行というこの絶好の機会にバスの隣の席をキープしたのだった。
姑息な手を使って…。
千枝がなぜそんなことを知っていたのかといえば、彼女もまたその陰謀の片棒を担いでいたからだ。
旅行委員の彼女に小池が頼みとおしたのだった。
彼の必死の懇願にいやとは言えず、罪悪感を感じながらも細工されたくじを作った。
千枝のおかげで、小池は見事遥ちゃんの隣の席をゲットした…
はずだった。
悪い事はするもんじゃないよね。
そう心でつぶやくと、千枝はなるべく隣を見ないようにして目を閉じた。
遥ちゃんは、バスに酔ってしまい、一番前のわたしの席と交換する事になってしまったのだ。
とばっちりをくらったのは、千枝だ。
こうして、隣の小池はずっと仏頂面だし、おかげでせっかくの旅行もちっとも楽しめやしない。
千枝はもともと小池が苦手だった。
校則破りの栗色の髪、
耳にはピアスが3つもあいている。
歩く校則のような千枝とは全くもって正反対である。
だから、クラスでだってあまり話さない。
こんなに至近距離にいることだって初めてだ。
「ねぇ。次どこ行くの?」
いきなり話しかけられ慌てて目を開けると、小池は相変わらず窓の外に目を向けたままだった。
「金閣寺…だと思ったけど。」
「へぇ。」
まだ機嫌が悪そうな小池の声。
もう声をかけないでほしいと思いながら、千枝は再び目を閉じた。
「つまんねぇの。」
ぼそっと小さく吐きすれてられた一言。
運悪く千枝の耳に入ってしまった。
私の受け答えが、つまらなかったのか、それとも、私が隣であること自体がつまらないのか。
考えれば考えるほど、胸の奥にもやもやっとした気持ちがこみ上げてくる。
悪かったわね、私が隣で。
そりゃおもしろくもないでしょうよ。
隣の小池にいっそ言ってしまいたかった。
出かかった言葉をむりやり飲み込むと、ぐっと歯を食いしばった。
こんなところで泣きたくない。
こんな奴の言葉で泣くもんか。
千枝は必死で耐えながら、早くバスが止まることを祈った。
周りの席の人たちの楽しそうに喋る声が耳に入ってくる。
ここだけが切り取られた違う空間のように感じ、千枝は悲しくなった。
「ごめんね。」
厭味なのか、本心なのか。
千枝自身わからなかった。
けれど、思わず声にして出てしまった言葉。
はっとして、隣をみやる。
小池は目を瞑っていた。
どうやら聞こえてはいなかったらしい。
ほっとして、まじまじとその横顔を眺めた。
さらさらの髪の毛が額になだれかかっている。
こうやって見ると、男の癖にまつげが長いんだなぁと千枝はぼやいた。
さながらお人形のようだ。
これならマッチ棒ものるに違いない。
だまってれば、見れる顔なのに。
はっとして、千枝は首をふった。
少なくとも、いまの自分には関係ない。
そう言い聞かせ前を向くと、斜め前の由紀の顔が視界に入った。
こちらを向いて、大丈夫?とでもいうように心配そうな顔をむける。
困ったようににこっと微笑み返すと、由紀は大きく頷いてそのまま前に向き直り、隣の子と喋り始めた。
と、急に重さが肩にのしかかる。
は?
横を見ると柔らかそうな栗色の髪の毛が視界に入ってきた。
千枝はおもいっきり動揺した。
な、なんなの?
隣を見ないようにしながら、不自然にからだを硬直させた。
もうほんとうに泣いてしまいたかった。
このまま起こしていいのだろうか、
それとも一発殴ってやろうか。
いろんな考えが頭の中をぐるぐる回る。
触れている部分だけが異様に熱かった。
持たれかかっている小池の頭からシャンプーのいい香りがして、ふわっと鼻につく。
この状態はかなりの苦痛だ。
幸いにも、周りの子たちはおしゃべりに夢中で気づいていないようだ。
早く離れてくれと思いながら、それでも自分で突き放す勇気もなく、千枝は心臓をばくばくさせながら必死で時が過ぎてくれることを願った。
「まもなく次の見学場所、金閣寺に到着します。皆さん降りる支度をして下さいね。」
人の良さそうなバスガイドさんが、嬉しい報告を告げた。
「んっ…あ〜?」
隣の男は目を覚ましたようだった。
千枝はあせる気持ちを抑え、動かないようにじっとしていた。
彼女が考えた最善の策、つまり寝たフリをしたのだったのだ。
目を瞑りながら、ふと目覚めた小池はこの状態をどう思ったのだろうかという考えが湧いてきた。
小池の顔がみたい。
一度考えてしまった想いは千枝の中でどんどん膨らんでいく。
とうとう我慢できなくなり、ちらっと目の端で横をみた。
げっ。
じっとこちらを見つめる2つの視線と目があってしまった。
まさか見られてるとは思わなかった。
そこには期待していた顔はなく、起きたてなはずなのにしっかりした瞳で私を捉える。
思わず息を飲み込んだ。
「おはよ。」
バスが止まった。
周りががさごそと動き始める。
小池は立ち上がると長い足でなにもなかったように私をまたぎ、仲間とともにバスを降りていく。
「千枝?どーした、ぼーっとして。」
由紀が早くいこうよと手招きしている。
その声ではっと我に返った。
胸のどきどきがとまらない。
小池の声が、言葉が、頭にまだハッキリと残ってる。
―修学旅行はまだ始まったばかり。
拙い文章ですみません。
実は体験談もまじっていたり、いなかったり(笑)
最後まで読んでいただいて有難うございましたm(__)m