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桜舞う季節に  作者: 神賀
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05.性癖 [NeglecT] -戦わなきゃ現実と食い止めなきゃ暴走を-

「長年秘めてきた想いをついに抑えきれなくなり、勢いのままに告白。それを受けた少年は両手で顔を覆い、恥ずかしがって俯く。その答えはいまだ出ず────ああ、いい、いいわ!これこそ私の求める青春よ!」


 姉貴が横で何かクソ苛立つことを言っている。このクソアマ、やっぱりこれが狙いか。あとあと自分も苦労する事になるのが分かってんのにこんな事しやがって。畜生、死にたい。


「何やってんの、誠。ほら、さっさと返事しなさいよ」

「マコちゃん……」


 見れば真尋は非常に真剣な目をして返事を待っている。その眼光には明らかな期待の色。本当に死にたい。俺死にたい。だがしかし、ここははっきりせねばなるまい。


 正直に言おう、こいつはかなりの美形だ。そのせいか思わず首を縦に振ってしまいそうになってしまう。その事実ですら俺もう死にたい。性格も多少引っ込み思案な所があるとはいえ、文句をつける程ではないが俺は死にたい。真尋と付き合う事になる異性にとって、こいつのハイスペックぶりはかなりの優良物件といって差し支えないだろう。けど俺は死にたい。


 俺はなんとか死にたい死にたいと繰り返し叫ぶ自分を押し留め、口を開く。


「ま、真尋……お、お前は自分が何を、何を言っているのか分かってるか?」

「うん!大好きだよマコちゃん!」

「あらあら、お熱いわねぇ。もう素敵過ぎよね。ああ、青春だわぁ……」


 相変わらず恍惚に浸って気持ち悪い笑みを浮かべている姉を横目でじとりと睨んだ。普段ならこの程度の行動でも目ざとく気付く姉だが、今回に至っては気付きもしない。それほどに感動しているのか。どんだけこういうの好きなんだよ。あんたを殺して俺も死にたい。

 しかし実際はそうもいかないわけで、どうにか真尋を説得するしかない。説得できなかったら俺は死にたい。


「あのな、お前がいくら好きだっつっても俺の答はノーだぞ?」

「えっ!そんな…なんで!?」


 真尋は一瞬で泣きそうな顔になってしまった。そんな潤んだ瞳で俺を見るなよ。言い淀んでしまうじゃないか。それに、ちょっと可愛いとか思っちゃう自分に気付いてああ死にたい。


 告白のダメージが抜けず、半ば虚ろとなっている俺はそれ以上答えず、動かない。真尋にはその沈黙の時間が完全な拒絶だと思えたらしい。焦った様子で俺に問い続ける。


「ねぇ、なんで…!?ボクのどこが気に入らないの!?マコちゃんが望むのならなんだってするよ!?掃除洗濯料理にセッ…あっ、もしかして僕の体が貧相だから……?」

「それもある」

「うっ、うう……」


 そういうことなんだ、と真尋は呟き、まな板レベルの胸の辺りを押さえながら恨めしそうな顔で俺を見返す。無いもんな、胸。あったら良かったかもな、とか思っちゃう自分を殺したい死にたい。


「マコちゃんの巨乳好きっ!」

「否定しない」

「でもあんたの場合、貧乳も好きだよね。エロ本のバリエーションが節操無いもの」

「そうそう、貧乳は貧乳なりの柔らかさと美しさがカオス的なエロスを醸し出して……って、姉貴は横からちゃちゃ入れんじゃねえ!ややこしくなる!あとエロ本のことはご内密に!」


 確かにおっぱいであれば大体が好きだよ!でもこの状況でそれ言っちゃったらますます収拾付かなくなるだろ!

 いや、もう今回はいっそコレでいくか?

 俺は半ばヤケクソ気味になっていることは分かっていたが、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。


「真尋、自分の胸を触ってみろ」

「え…?う、うん……マコちゃんが望むなら……」


 真尋はむにむにと効果音が出るかと思うほど淫猥な手つきで自分の胸を揉み、はふっと妙に艶かしい吐息をつく。何やってんだこいつ!もうなんなの!?俺頭痛い!死にたい!

 アホなこいつの言動にいちいち突っかかってたらキリがねえ。もう無視だ、無視!相手は虫けらと思って俺の思うままに暴言吐き出してやる!


「それは本当に乳か?否、乳ではない!」

「えっ?」

「いいか、お前のそれは貧乳とすら呼んでいい代物じゃない!比喩で言うならまな板及び洗濯板!だが、直接的に言えば無乳だ!乳が無いと書いて無乳だ!」

「そ、そんな……酷いよマコちゃん!ボク気にしてるのに!」

「馬鹿野郎!そもそも、そんなもんお前は気にする必要ないんだ!」


 そこで俺は一旦言葉を切った。この事実が何より重要だ。あいつの目をしっかり見据えて、その心にくっきりと刻み付けてやる。


「なにせ、お前は女ではなく男なんだからな!」


 その言葉で真尋の動きが止まる。


「な、何を……」


 口をパクパクさせてようやく出てきた声には驚くほど力が無かった。若干目から光が消えているように見えるのが気になるといえば気になるが、これならいけるッ!ここで一気に畳み込むぞ!


「信じられねえか!だったら何度でも言ってやる!男に乳は無い!そしてお前にも無い!故にお前は男だッ!」

「ち、乳首ならあるもん!」

「そんなもん俺にだってあるわ!」

「じゃ、じゃあマコちゃんも女の子……」

「こんなイケメンの女が居てたまるかぁッ!」

「い、いるよ!」

「うるせぇええ!じゃあ言い直してやんよ!こんな脛毛生えた女なんかいねぇッ!」


 黒い水玉模様のパジャマの裾をめくり、俺は脛をさらけ出す。どうだ、女にはこんなにも長い毛など生えていまい!

 それを見るなり、何故か若干顔を赤らめて真尋はほっとしたように言葉を漏らす。


「そ、そうだよね……マコちゃんはれっきとした男の子だよね……」

「はぁはぁ、どうやら理解できたようだな」

「うん、やっぱりボクは女の子だよ」

「どうしてそーなんだよ!?」


 俺の努力と熱弁は完全無視か!?


「だって、マコちゃんと結ばれるって運命で決まってるから……マコちゃんが男の子なら、ボクが女の子に決まってるもん」


 真尋の目は虚ろだった。顔は紅潮し、生きた色をしているというのに目だけが死んでいる。なにコレ怖い。


「くそったれ!これでもダメなのかよ!そ、そうだブレザー!制服!真尋、お前が着ているのは男子用だろ!?」

「これは、お母さんがどうしても着ていけって言うから仕方なく着てるだけだよ?なんでスカート履かせてくれないのかなぁ?クラスの皆も何も言わないし、おかしいよねー?」


 真尋はそう言って不思議そうに首を傾げる。マジだ。こいつマジだよ。まさかあらゆる事に自分なりの理由つけて納得する気なのか?しばらく発作見てなかったけど、ここまで病気が悪化していたのか。洒落になってなくね?だめだこいつ、早くなんとかしないと。


「これ以上は無理っぽいわねぇ。誠、もう最終手段を使うしかないってことよ」

「ぬぅううう」


 これは姉貴の言う通りかもしれない。正直、最終手段は取りたくないんだが、背に腹は変えられぬ、か。


「どうしたの?」


 きょとんと、やはり虚脱した目で問う真尋を見て俺は腹を決めた。お前がそこまでして俺という存在に拘ると言うのなら、俺はその想いに頑然として立ち向かい、反逆する!主に、俺の純潔と安寧のために!


「さぁやりなさい、誠」


 全ての元凶であるクソ姉がそう言って俺に促してくる。


「姉貴こそ、しくじるなよ?」


 俺はそう返し、真尋へと徐々に近づいていく。真尋は不思議そうな顔はしているが、俺から逃げようとする気配は無い。


 ついに息がかかる位置まで近づいた俺は、俺より頭一つ分身長の低い真尋の体を引き寄せ、抱きしめた。


「マコ、ちゃん……?」

「何も言うな。じっとしてろ。あと目も閉じろ」

「う、うん……」


 何一つ疑うことなく実践する真尋に俺は戦慄すら覚えていた。こいつ、ここまで従順になるなんて将来ろくなことにならねえぞ?命令しているのが俺のような公明正大、善良が人の形をして歩いているような人間だからいいものの、この先変な奴に騙されやしないか心配だ。


 そんなことを考えている間に、姉の準備は着々と進んでいく。かちゃかちゃ、するり、すとん、と。


 姉貴、準備は?

 万端よ。あとは一枚だけ。


 俺は姉貴と視線だけで会話し、真尋から体を離した。さぁ、真尋。口だけで信じないと言うのなら、物理的に真実を見せてやる!


「真尋」

「何?」

「最後通牒だ。いい加減認めろ。お前は男だ」

「違うよ、ボクはマコちゃんのことが大好きな女の子」


 一縷の望みをかけて今まで以上に真剣な顔で否定したが、それも叶わず。

 やはり、どうやっても口だけの説得では限界があるらしい。


 こいつがこんな病気を持つに至った経緯を考えればそれも当然なのかもしれない。

 この発作ともいえる頭の病気はそもそも真尋の母親に原因がある。コイツは昔っから、女のような綺麗な顔立ちをしていた。初めて会う知らない人なら全員が全員、お嬢ちゃんと呼んでしまうくらいに。


 母親はそれを誇りにすら感じていた。元々、娘が欲しかったということもあって、小さい間だけ、小さい間だけ、と言い訳をしながら女モノの服を着させていたのだ。そんな事をすれば周りからは余計に女の子だとしか思われない。


 そして、その周りの中には俺も入っていた。今考えればどうかしていたとしか思えない。一緒に風呂だって入っていたのに真尋を女の子だと思い込んでいたのだから。勿論、普段から女の子扱いされていた真尋も、自分が女の子だと信じて疑いすらしなかった。


 それがいけなかったのだ。

 俺達は互いが好きだった。それゆえにアレが起こった。聞いたことがあるだろう。まるで物語の様な、幼い男の子と女の子がやる微笑ましいできごと────結婚の約束を。

 俺達はあろうことか、それを男同士でやってしまった。マジであの頃の俺を殴りたい。いっそ殺したい。


 幼稚園の年長組に入った辺りから、俺はようやく真尋が男だということを認識した。あの頃、結婚の約束までした相手を男だと思いたくなかったので多少抗った記憶はあるが、それも僅かな期間だ。そうでなければ俺は間違いなく道を踏み外していただろう。


 しかし真尋はそう簡単にはいかなかった。既に魂レベルで自分が女であると刻み込まれていたのだろう。ヤバイ、と俺は思った。


 事実、その後色々事件があったがそれは省略する。そういった事もあって、その頃から傍若無人さを遺憾無く発揮していた姉貴もかろうじてヤバイと思ってくれた。真尋の母親は……たぶん同じように思ってくれていたはずだ。あいつを正常に戻す事に協力してくれたのだから。


 治療は大変だった。真尋の両親が根気よく正しい価値観を教育し、実物として本物の男を俺自身が風呂場で示し、姉も一緒になって本物の女の子を教える。大人と子供では体に差がありすぎるのでそういう分担になったが、それで上手くいったのは僥倖だった。


 だが、それでも突発的な発作は残ってしまった。俺と姉貴はその発作を治すための対抗手段をなんとか編み出し、どうにかこうにか、普通の生活を送れるようになりはした。


 そして俺にも男と結婚の約束をしてしまったという心の傷が残っている。この古傷、真尋の発作と共に痛みが再発するんだが、これがまたマジで半端ない痛みなんだよね。


 話が逸れた。真尋を正常にするための最終手段の説明をしたかったのだが、もう分かるだろう。


 今から真尋のパンツを脱がす。

 そして自分の男をその目ではっきり見てもらう。


 既に準備は万端。俺が抱きしめて視界を狭めている間に、姉貴が真尋のベルトを外しズボンを降ろしてしまっているので、真尋の下半身はパンツ一枚だ。気付いていない真尋も真尋だが、ベルト外しとズボン降ろしが妙に素早くて手馴れている俺の姉にすごい不信感を覚える。一体どこでこんな技術培ったんだ。真尋の発作で、とか言うなよ?そう何度もあったことじゃないんだからな?


 姉に視線だけでそう伝えると何を思ったのか、姉貴は人差し指と中指の間に親指を通してグッと拳を握って突き出して見せた。うん、サイテーだよあんた。無視しよう。


「真尋。今から、お前のパンツ脱がす。ただし姉貴は見るなよ」

「えっ?だ、ダメだよそんな!いきなりだなんて!もっと手順を踏んでから……」


 くそったれ、だからお前は何でそんなイチイチ間違った方向に理解するんだ!お前のためにやってるのにそうまで拒絶されるともうなんか腹立つわ!!


「そんな手順などいらん!お前は黙ってパンツ脱げばいいんだよ!」

「な、なんでぇ!そんな言い方酷いよマコちゃん!」

「そうだよ!ひどいよ!私だって見てもいいじゃない!」


 当然二人の意見は無視する。真尋を脱がせるのは先に述べたように正気に戻すための手段であるし、それを姉貴に見せるのもかなり危険だ。あの腐れ女は「カワイイー!」とか言って本気で襲いかねんからな。既にちっちゃい頃から真尋を脱がすことを楽しみにしていた節もあるし。ていうか今回もそうなのかもしれない。元々発作が起こったのも姉貴の馬鹿な煽りのせいだし。


 ならば尚更、真尋の下半身を姉貴の前で晒すわけにはいかない。


「いいから外に出ろ姉貴。部屋の鍵閉めるから」

「はっ、そんなことしても無駄よ?さっきアンタ起こしにきた時ぶち壊したから」


 なっ…なんだと!?そう言えば、さっき真尋から逃げようと閉めた時もあっけなく開いて……。


「はは、ははははは……」


 別段、笑いたくもないのに笑い声が洩れてきた。ああ、そうか。俺は気付いたんだ。


「ははは、全部姉貴のせいなのかぁ……」


 簡単な事じゃないか。姉貴がこの世から消えればオレも楽になれる。これ以上の苦しみを味わう事も無い。真尋だって余計な発作を起こさずに済む。いっそのこと殺してしまえばいい。


 今の俺は、凄まじいほど凶悪な顔をしているだろう。だが、どこか歓喜に包まれてもいるはずだ。


 俺は拳を握り締め、ゆらり、と体を動かし姉貴に襲い掛かった。直後、俺の右頬に拳が物凄い勢いでめり込んだ。洒落にならない痛みが俺の口を勝手に動かす。


「いでぇええええッ!」


 うん、状況は分かる。逆に殴り飛ばされたんだ。なんなのあのパンチ。かろうじて意識は残ったけど女のパンチじゃねーよ!なんか右頬から左頬に衝撃が突き抜けたんだけど!大体なんで俺が殴られなければならんのだ!全ては姉貴の招いた事だというのに!


「アンタの凶悪な顔を見て、真尋ちゃんが元に戻ったわよ。百年の恋も冷めるような顔だったからねぇ……ああ、可哀想な真尋ちゃん」

「何?」


 殴られた頬をさすりながら、パンツ一枚で突っ立っている真尋を見やると、虚ろな目は先ほどよりも余計に光を失っていた。どことなく、悲痛な面持ちをしているようにも見える。


 そ ん な に。


 そんなにもか!オレの顔、真尋ですら思考を止めるほど酷かったのか?昨日も姉貴にボロクソ言われたし、俺ってもしかして……いやいやいや、違う!違うはずだ!俺はハンサム!超絶ハンサム!間違いない!


 よし、ここは真尋の意見も聞いてみよう。そうすれば、俺と姉貴の言い分のどっちが正しいか分かるはず。


「真尋っ!俺はそんなに酷い顔なのか!?思わず目を覆いたくなるレベルなのか!?」

「えっ……?あ、マコちゃん。なんでここにいるの?」

「なんでって、お前がここに押しかけてきたんだよ!そんなことより質問に答えてくれ!」

「あ、あれ……?そうだっけ……覚えてない……」

「──ッ!」

「マコ、ちゃん……?」

「いや、もういい……」


 元に戻った時の真尋は女性化していたときの記憶がほとんどない。ここまで来るともう二重人格だな。俺の顔のことを聞いても無駄か。畜生、これで俺の顔の整い具合については迷宮入りだよ。


「はぁ……残念。楽しい時間も終わりね。さぁお二人さん、早く学校行かないと遅れちゃうわよ?」


 姉貴がなんだかつまらなさそうな顔で言ってきた。なんだよ。真尋が元に戻ってそんなに悲しいのかよ。俺をそんなにいじめたいのかよ。


 ええ、その通り。貴方の苦しみ、うめく姿は私にとって最上級の悦楽だもの。もっともっと私を楽しませて頂戴。うふふふ……


 邪悪な微笑はその意思を言葉にせずとも伝えてくる。恐ろしい女だ。


「恐ろしいのはアンタの顔よ」


 認めたくはないが、そうかもしれん。



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