02.陰謀 [RevengE] -予定外の入学式、犬が来たりて少女が走る-
校門にたどり着くと、体育館の入り口が生徒達でごった返しているのが見えた。
今日は年度始めの始業式だからな。教室へ向かう必要も無く、皆体育館へ直行するのだ。それにしてもなんであんな場所で詰まってんだ。とっとと中に入ればいいのに。ほら、もたもたしてるからどんどん人が増えてるじゃないか。なんか凄い人の数になってるぞ?見ろよ、まるで人ごみのようだ。あれ?なんか違うな。でも人ごみであってるよな?あれ?
「まぁどうでもいいか」
ポツリとつぶやいて、俺はとっとと体育館の中へ入る事にした。
まずは、くるりと向きを変え、ガラ空きの校庭をしなやかに走りぬける。その忍者の如き俊敏な動きの前には邪魔者など存在しない。だって人いないもんな。
「行くぜ行くぜ」
ちょっと控えめに自分に活を入れつつ、下駄箱の横をすり抜ける。めんどくさいので靴はそのままだ。容赦なく廊下に靴底の泥を塗りつけ、そのままの勢いで近くの階段を駆け上がり、二階の廊下へと躍り出た。そこまで来ると、さすがに走り疲れたので、徐々にスピードを落としていく。
それにしても不思議だ。
ここまで、いや、正確には下駄箱から二階の廊下までの間、誰ともすれ違わなかった。というか人っ子一人いやしねえ。二階からでも体育館には行けるのになんでだ。遠回りする知恵も無いのか。
「はぁ、これだから最近の若いもんは」
などと、おっさんのようにため息をつきながら、とたとたと足を進めて行く。
いやまぁ、実際のところ人が居ない理由は分かりきってるんだ。二階から行けると言ってもあれだもんな、この渡り廊下を抜けた先って正確には体育館のバルコニーだもんな。
目的の場所にたどり着いた俺は、手すりに体を預け、生徒達がごちゃごちゃと動き回る体育館を見渡した。
うん、やっぱ階段も無いし、梯子すらない。ここから降りられねえ。この欠陥体育館設計した奴ちょっと出てこいよ。何考えてんだ。バスケの試合とかで応援する奴らのことを考慮したのか、バルコニー自体はちょっと広めに空間とってあるのが余計に腹立つ。
気は進まないが、やはり飛び降りるしかないか。でもここちょっと高いんだよな。ぶっちゃけ足を踏み出すのが怖い。しかし降りなければ始業式には出られない。ううむ、進退窮まった。
しかし、ここでうだうだしていても埒が明かん。覚悟を決めろ、城崎誠!
「南無三!」
掛け声と共に俺は手すりを飛び越え、空中へと体を投げ出した。その直後、重力に引かれ、凄い勢いで体が落ちていく。やっぱ怖え!
しかしそれも一瞬のこと、俺はどすんと音を立てて見事に着地していた。
「ふぅっ」
汗もかいてないのになんとなく手で額を拭う。ああ、一仕事やり終えた。とりあえず座って休みたい。
早速席を探そうと顔を上げると、物凄い数の視線が俺に集まっていた。ああ、そうか、そうだよな。ちゃんと生徒や教師の死角を計算した位置で、尚且つ、誰もこちらを見ていない瞬間を狙って飛び降りたつもりだったんだが、着地音大きかったもんな。そりゃ誰だって振り向くよ。
しかし俺はこんなときの対応方法を知っているので安心だ。木を隠すには森の中。大衆が同じ行動を取るのなら、目立たぬよう、それに合わせて動いてやればいい。もしくは迷わず撤退するべし。
ということで、目の前の奴らと同じように、そ知らぬ顔でゆっくりと首を回し、後方へと向ける。
後ろには壁しかなかった。
あっ、いろんな意味で行き止まりだコレ。
もはや撤退することも叶わないが、今更この対応をやめるわけにはいかない。本当に額から流れ落ち始めた汗を拭いもせず、俺は顔だけでなく体全体で壁に向き合う。そしてゆっくりと壁を撫でた。不思議そうに首をかしげる仕草も忘れない。決して視線に耐え切れず後ろ向きになったわけではない。いや、本当に違うよ?
「ねぇ、あの人……」
「さっきの音って間違いなく……」
「今誤魔化そうと……」
なんかガヤガヤと聞こえてきているが知らん!俺は知らんぞ!ていうか貴様らの相手なんかしてられっか、ばーかばーか!どうせこんな学校に居る奴らなんて鳥頭ばっかだろ!俺だって鳥頭だ!三歩歩けば忘れちまうさ!ていうか忘れたい!
開き直った俺は、とっとと自分の席に座る事にした。もうなんかヤケクソ気味にずんずん足を進めて自分の席へと向かう。が、すぐにその足は止まってしまった。
「あれ?」
俺の座るはずの席に、知らない人が我が物顔で座っていた。
なぜだ。まだ新学年のクラス割りはでていないから、去年のクラスと同じ並びだと思ったんだが。というか去年の担任教師もそう言っていたんだが。あっれぇ?おっかしぃなぁ。俺の記憶違い?春休みボケかしら。
仕方ない、先生探して聞くか。このままじゃどうにもならん。というわけで、辺りをキョロキョロ。
「あ」
目的とは別のものを見つけてしまった。あの長身、そしてサワヤカスポーツマンである事実をこれでもかと表現している短髪と日に焼けた褐色の肌。間違いない。あれは2コ年下の幼馴染である八尋君ではないか。
「おーい、八尋ー。なんでここにいるんだー?」
「え?あ、マコちゃんじゃんかー」
手を振りながら近寄っていき、大きめの声で呼ぶと、八尋はこちらに向き直ってサワヤカに笑顔を返してきた。どうやら俺のさっきの所業に気付いていないらしい。心なしか白い歯が輝いて見えやがる。くぅっ、眩しすぎるぜ、立ち眩み。
「急にのけぞってどうしたの?」
お前から迸るサワヤカさに当てられたんだ、などとは口が裂けてもいえない。なんかオーバーリアクションだったし、ちょっと恥ずかしくなってきた。とりあえず、八尋の疑問は無視の方向で。
「いや、なんでもない。それはいいから何故お前がここにいるのか説明してくれよ」
「だってオレ、この学校に合格したじゃん。知ってるでしょ?」
そうなのだ。この春、八尋は晴れてこの高校に入学する事になった新入生であり、今後は三年生である俺の後輩、もとい使い走りとなる予定なのだ。その新入生だが、昨日あった入学式に出たはずなので、今から行われる始業式には出なくていいはずだ。
仕方ないなぁ。気付いてないなら教えてやるか。
「そういうことじゃなくてだな、今日は4月9日だろ?もう入学式終わってんじゃないのか?お前達は始業式には出なくていいんだろ?」
「は…?何言ってんの。今からだよ」
「なん、だと……」
そんなバカな…!
俺は事実を確認するために、ステージの方へ振り向いた。そうだ。そこには始業式と書かれた垂れ幕があるはずだ。それさえ見ればはっきりする。垂れ幕……どこに……あっ!!
『入 学 式』
垂れ幕には見間違えようも無いほど達筆な字で、でかでかとそう書いてあった。
その時俺に電流走る。
「こ、これはまさか……」
朝の記憶が蘇る。目を覚ますなり、姉貴が「誠、今日学校何時から?」と妙な笑顔で聞いてきた記憶が蘇る。そうか。俺は姉貴に……
「騙されたッ!」
「へっ?騙されたって何が??」
八尋は不思議そうに首をかしげているが、説明する気にはなれなかった。あとからあとから沸いてくるこの感情が、この怒りが、俺の全てを埋め尽くしている。
「おのれ!姉貴めぇぇぇぇぇーっ!!」
「ま、マコちゃん!?」
驚きの声を上げた八尋に目もくれず俺は身を翻して走り出した。目指すは我が家。あんにゃろう、朝っぱらからよくもオレを騙してくれたな。この恨み、必ず晴らす!復讐だ!
怒りを抱えた俺の走行速度といったらもう、とんでもないものだった。いつの間にやら空いていた体育館の入り口から飛び出し、朝来た道を全速力で駆け戻る。不思議な一体感と共に俺の体はどんどん前へ前へ。周りの景色が車窓から覗いている時のように後ろへと流れていく。
交差点でつっこんできた車を紙一重でかわし、坂道を転がる乳母車の横をすり抜け、ジョギングしているおじさんを無表情で追い越し、一気に家まで駆け抜け……ようとして、その前に息が切れた。
「ぜぇぜぇ…」
限界。体力の限界。死ぬ。死んでしまう。
日頃の不摂生のたまものだな。そう思いながら、その場にへたり込んで両手をつく。
「はぁ、はぁ…」
なかなか息が整わない。走ったのは300メートルぐらいか。くう…久々に走ったせいで喉が渇いた。
ふと顔をあげると、野良犬が電信柱におしっこをかけていた。いや、首輪をつけているから野良じゃないか。どっかの飼い犬らしい。確かに毛並みは綺麗だが……。
気付けば、犬の方もこちらを見ていた。
しばらく見詰め合っていると、俺の視線に耐え切れなくなったのか、後ろを向いて放物線を描いている己の排泄物を見やった。
何やってんだ?
そしてもう一度こちらを向き、目で訴えかけてくる。
「飲む?」
おしっこなんか飲むかボケ。
俺はお前の相手なんかしている暇は無いんだ。姉貴に復讐するという目的があるんだ!今頃奴はモーニングコーヒーでもすすりながら俺のことをあざ笑っているに違いない。あぁむかつく。腹が立つ。おのれ……おのれぇええええ!文句だけでは飽き足らん!力に訴えてやる!最早刺すことも厭わんぞ!
物騒な事を考えたのが分かったのか、犬は少し後ずさりした。小便しながらよくもまぁ、器用な奴だ。
ていうかおしっこ長くない?まだ終わらねぇの?もう一分ぐらいはやってるような気がするんだけど。
「ぼへみあーん!」
いまだに止まらないおしっこに意識を向けていると、意味の分からんセリフを吐きながら、ポニーテールの少女が犬の背後から駆け寄ってきた。
見た感じ年は15、6くらいか。典型的なスポーツ少女だ。おそらくこの犬の飼い主だろう。心配で見にきたんだな。俺も心配だもん。まだおしっこ止まってないし、変な病気なんじゃないのかこいつ。
などと考えていたら少女は犬の横を通り過ぎ、俺の目の前で足を止めた。
「大丈夫ですか!?」
膝を曲げてしゃがみこみ、わざわざ俺と視線の高さを合わせて少女は問う。そしてにっこり微笑む。
あっ、分かった。これフラグだ。
道端に座り込むクールで神秘的な俺の雰囲気に当てられたな?間違いない。俺に一目惚れしたんだこの子。いやぁ、はは、モテる男はつらいのう。
「気にするな。しばらく休んでから帰るよ」
そのやんわりと拒絶する言葉を制して少女はこう言うのだ。「ダメですよ!こんな怪我してるのに!うちに来てください!手当てしますから!」ってね。その後はR18なめくるめく桃色の世界に突入って寸法よ。グフフ、こりゃたまらんわい。
さぁ少女よ。その口を開き、言うのだ!
「はい!わかりました!」
「……え?」
立ち上がってくるりと向きを変えると、少女は俺のことなど忘れたかのように犬の方へ走り寄っていく。いや、うん、分かってたよ勿論。息荒くして道に座り込んでる人が居たら、心配になって声かけるよね。
「ぼへみあんっ!ダメじゃないの、勝手に行っちゃったら!心配したんだよ!?」
くぅーん、と申し訳無さそうにその場に座り込む犬。ようやくおしっこが済んだらしい。ていうか「ぼへみあん」って名前だったのか。名づけた奴のセンスが知れん。ちゃんとお座りするあたり、躾はきちんとされているようだが。
「じゃあ、帰ろっか!」
しかし元気のいい子だな。こう、言ってることを全部文章にしたら語尾に必ず「!」がついてるような。服装も活発だしな。ていうかジャージだしな。
「じゃ、練習頑張ってくださいねー!」
ほらやっぱり。「!」が付いてる。気合満点ですな。ってあれ?今変なこと言わなかったか?練習…練習ってなんだ?
「練習?」
「陸上のですよ!それじゃっ!」
思わず零れたオウム返しの一言に簡潔に答えを返すと、言うが早いか、少女はあっという間に走り去ってしまった。あとにはあの犬が取り残されて…って何だその憐れみの視線は。
「いいからほら、お前も行けよ。なんで残ってんだよ。飼い主先に行っちゃったぞ?」
「わふん」
「うん。はいはい、わふん」
「くぅーん?わんわん?」
「ああ、はいはい、わんわんわん」
「わんわん!」
「そうだな、すっかりわんわんだな」
まるで犬と会話しているようだが、安心して欲しい。俺もこいつが何言いたいのか全然分からん。仕方ない。とりあえず威嚇でもして去ってもらうか。
「フシャーッ!!」
「わふっ?」
両手を広げ、手首を曲げ、コアリクイの威嚇ポーズをつける事も忘れない。犬の奴は「へっへっ」と息をしながら俺のポーズをじっと見つめている。
ぬぅうう、これでも引かぬか!こやつ、やりおる……!!
一触即発の緊迫感の中、しばらく睨み合っていると、背後から控えめな足音が響いてきた。むぅ、新たな敵か。前門の犬、とくれば、後門は猫だな!?
一般人だった。
俺がそちらに目を向けると、わざとらしく咳き込みながら目をそむけ、足早に通り過ぎようとしている。なんだよ、失礼な。目を逸らしたくなる気持ちは分からんでもないけど。とはいえ、腹が立ったのも事実なので、八つ当たり的にもう一度犬を威嚇する事にした。
「フシャーッ!!」
「わふっ?」
「ひっ!?」
予想外の方向から小さな悲鳴が聞こえて、少しの間。
「あれ?アナタはお隣の横田忠尋さんではないですか。」
よくよく顔を見れば、その一般人男性はスーツを着て通勤途中らしいご近所さんだった。しかもこの人、微妙に俺のこと嫌ってるっぽいんだよね。いや、むしろ怖がっているというか。
「ひいぃぃぃぃぃーっ!!」
まさにそうですと言わんばかりに、今度は盛大な悲鳴をあげて、先ほどの少女と同じように、あっという間に走り去ってしまった。コレはいかんな。犬と遊んでただけなのに間違いなく誤解された。仕方ない、横田家の子供達に後でフォローを頼んでおくとしよう。
「わうーん」
突然、犬の遠吠えが響く。
ふと気付けば、走り去った横田のおじさんのあとを追って、「ぼへみあん」という妙な名の犬までもが走り出していた。さては、横田のおじさんが餌にでも見えたか?
犬が道の向こうへと消えたのを見届けると、俺はため息を漏らした。
「なんだったんだ一体……」
まぁ、そんなことはどうでもいいか。本来の目的を遂行するとしよう。体力も回復したし、いざゆかん!マイホーム!復讐を遂げるために走るのだ!
■入学式とか始業式に出る出ないは記憶があやふやで学校によっても違うかもしれないのでそういうものだとスルーする方向で。