16.歓迎 [WalleT] -皆喜ぶ歓迎会、財布が泣く泣く懺悔回-
食い終わってからひとしきりケーキの味について語った後(結局黄色ケーキの味は理解できなかった)店を出ると、待ち構えていたかのように田仲がいた。田仲は「おっす!」と手を上げて元気良く挨拶をしてきたが、俺は溜息混じりに半眼で見返す。
「おっす。それで何用だ、田仲」
「ハンバーグ!」
ええい、同類め。子供かお前は。目をキラキラさせやがって。
「分かった分かった。とっとと行くぞ。店はどこがいいんだ」
「へへ、『順風満帆』に行こうぜ」
「あそこか」
『順風満帆』には俺も何度か行った事がある。比較的こじんまりとしているが、それなりに繁盛している普通の飲食店だ。概ねファミレスといった感じで、値段もそれなり、味も悪くない。
「さあ行こうぜ城崎、小池!」
「おー!」
「小池も来んのかよ。もう奢らんぞ?」
「分かってるよー」
何が楽しいのか、二人はニコニコ笑いながら足取り軽く歩いていく。いつにも増してテンションが高い。
そして駅前に来たとき、そのテンションは最高潮に高まった。
二人が突然「わー!」と奇声を上げて駆け出したのだ。ついに狂ったか、と思ってしまったが、駆け出すその先を見て納得してしまった。
そこには一人の少女がいた。
いや違う。一人の、少女の格好をした男、がいた。つまり変態がいた。ある意味、盛り上がるのも致し方なしだ。
「やっほー、ヤナちゃーん!待ったー?」
「いいえ、私も先程来たばかりです。あら?田仲君も来たのですね」
小池に朗らかな笑顔を送るその変態は、見た目だけで言えば確かに女性に見えないこともない。トップスのチュニックも明らかに女物だが、ボトムスのフレアースカートとオーバーニーソックスの間に惜しげもなくさらけ出されたふとももはいやに綺麗で、ことさら女性っぽさを強調しているようにも思える。
「うおおおおお!私服の柳川さん超可愛い!超キレイ!嫁にしたい!」
「あの、田仲君?」
だから田仲のようなアホも出てくるのだが、田仲はアホなので仕方ない。しかし、坂西のようなまともな奴まで狂わせるこいつの格好と性癖は大問題だ。
「わー、田仲は身の程知らずだなー」
「そうだぞ、田仲。やめておけ。ただ、身の程を知るべきは柳川の方だ」
「……貴方までいたのね」
柳川は笑顔を保ったままそう言ったが、俺を見るなり表情が硬くなったのは丸分かりだった。
「私服までそんな可愛らしいものを着るのか。全く、お前はどこまで強情なんだ。現実に素直に従えよ。いや、せめてジーンズを履け」
「私の素肌を欲望にまみれた目で見ないでくれるかしら?汚らわしい」
「何言ってんだお前。その貧相な体つきに欲情できるわけねえだろ」
改めて強調しておくが、柳川は男だ。紛れも無い男だ。それゆえに胸が無いのは当たり前だが、明らかに女性の格好でこう、ストーンと洗濯板なのは、ぶっちゃけ本当に女であったら別の意味で痛々しい。欲情するどころか可哀想になる。
おかげで、俺は怒るどころか哀れみの視線を送っていた。柳川もそれ察したのか、反論もせず目を伏せて、自分の胸に手を置く。なんか本気で悲しんでるっぽい。
だがお前の悲しみなど知ったことか。俺は俺で、自分の気になることしか聞く気がないし、喋る気もない。
「まあいい。そんなに見られるのが嫌ならできるだけ見ないようにしてやろう。だから答えろ。何故ここにいる?」
「それはこっちの台詞なんですけれど」
柳川はキッとこっちを睨み、口を尖らせた。相も変わらず愛想の欠片もない顔だ。お前はそんな顔しかできんのか。
「全く、いつ見ても貴方の顔は無愛想ね」
「ぬぅ、お前が言うか」
嫌なシンクロニシティだ。柳川の言う無愛想な顔がさらに嫌悪に歪む。
「まぁまぁ、お二人さん。そんな揃って嫌そうな顔すんなって」
「そうだよー。ヤナちゃんがここにいるのはねー、私が呼んだからだよー」
「小池が?なんでそんな事……いや、何を企んでるんだ」
「店に行けば分かるぜ!」
田仲がサムズアップして答えたが、全然意味が分からん。こいつらマジで何を企んでいるんだ?なんだか嫌な予感しかしない。柳川も同じ気持ちなんだろうか。口を尖らせたまま怪訝な表情を浮かべる。
「……貴方も聞かされていないの?」
「ああ」
不安が渦巻く胸中とは裏腹に、目的地へとは順風満帆で辿り付いた。
しかし、店の中に入ってからが問題だった。
昼飯時だというのに余りにも静か過ぎる。BGMしか聞こえてこない。入り口を遮るちょっとした敷居の奥に人がいるのは見えているんだが、不思議なこともあるもんだ。
「ほらほら、二人とも行った行ったー」
小池に背中を押されて、敷居の向こうへ進むと人の声がはっきりと聞こえてきた。しかしヒソヒソと、妙に押し殺した声だ。BGMに掻き消されかねない。さらに困惑が増したが、それについても田仲は全く説明する素振りを見せない。
「皆!主役とパトロンが来たぞーっ!」
「おおーっ!!」
突然の叫びに応えて歓声が周囲を包み、尚の事困惑した。なんだこりゃ。
複数の飲食テーブルが置かれたフロアには、我がクラスの全員が集まっていた。そいつらから向けられた大量の視線が俺達に突き刺さる。以前と違って、その視線からは期待感と興奮が伝わってくる。
「おい田仲。なんで皆集まってんだ」
「それはなあ……」
「田仲!マイクマイク!」
同級生の一人が横から田仲にマイクを渡すと、田仲はすぅっと息を吸い、そして叫んだ。
「待たせたな、皆!今から柳川さん歓迎パーティ開始じゃあ!」
「うおおおおお!」
ぱちぱち、ピーピーと拍手やら指笛やらが飛び交う。クラッカーも音を立てて口を開き、遠慮なく七色のリボンを撒き散らしている。ええと、つまりこれはそういう事なのか。
「それでは柳川さん!まず始めに一言ください!」
「ええっと……」
柳川は若干挙動不審になりながら、恥ずかしそうな顔でおずおずとマイクを受け取った。
「そ、その、えと、かなりびっくりしました。でも、す、凄く嬉しいです。えと、不束者ですが、これから一年、よ、よろしくお願いしますです」
おい、ちょっとキャラ変わってんぞ。
しかしクラスの奴らには好評だったらしい。「よろしくねー!」だの「可愛い!」だの「嫁にしたい!」だの「鼻血出てきた!」だの「ジュースこぼした!」だの、そこら中からわっと歓声と拍手が送られる。こいつらノリ良すぎだろ。
「よーし、落ち着けお前ら!全員グラスは持ったか!?」
「ほい、シロとヤナちゃんもこれ持ってねー」
小池にオレンジジュースらしき物を突きつけられ、完全に場に呑まれていた俺と柳川はなすがままに受け取った。とはいえ、ここまでくれば状況は理解できる。理解できるが、なんで黙ってたんだ。柳川に事前説明無しは分からんでもないが、俺には話してもいいだろうに。
「よっしゃ!もう前置きは必要ないな!乾杯の音頭いくぜ!」
「おー!」
田仲もいつの間にかグラスを持っていた。つーか、なんであいつが仕切ってんだ。
「柳川さんが我らが町、我らが学校、我らがクラスに来てくれたことに!
そして、我らの目を癒し続けてくれることに!乾・杯!」
「かんぱーい!」
そこら中でカチンカチンとグラスがぶつかり合う音が鳴り響く。そして各々テーブルに並べられていたたくさんの料理に手をつけ始めた。歓迎会と銘打ってるくせにまずは食い気か。柳川放置か。なんて自由奔放な奴らだ。
「おい田仲、どういうことだ。説明しろ」
「つまり歓迎会だよ!分かるだろ!?喜べ!店はほぼ貸切だぜ!」
「ほぼかよ。昼真っからこれじゃ他の客に迷惑じゃねーか」
「大丈夫だ。店長と話はついてる。なにせ他の客はあの人達しか居ない」
入った時は気付かなかったが、隅の方にちっちゃい子供のような奴と、明らかに高校生以上の大人がいた。ていうか真尋と姉貴だ。
姉貴は気だるそうに、真尋は溌剌とした歩調で近寄ってくる。
「柳川さん、これからよろしくね!はい、乾杯!」
「え、ええ。よろしくお願いします。横田さん」
「やだなあ、真尋って気軽に呼んでくれていいよ?」
「そ、そう?ありがとう、真尋さん」
二人はグラスをカチンと合わせて顔を綻ばせている。感謝しろよ柳川。真尋は優しい子だから、お前のような奴でも良くしてくれるんだ。本当に気遣いのできる良い子だ。ただ、今はその好意が俺へ向けられると逆に邪魔になりそうだ。
「ね、マコちゃんも乾杯……」
懸念した通り、真尋がグラスを差し出してくるが、俺はそれを見もせず手で制した。そんなことに対応している余裕はない。姉と睨み合っているのだ。視線を外せばどうなるか分かったもんじゃない。
「なぜ姉貴がここにいる」
「ここでバイトしてるのよ」
「それは初耳だが、説明になってないだろ」
仕方ないわねえ、と妙に元気なさそうに呟いて、姉貴はもうマジだるいんですけど、喋りたくないんですけどといった態度をあからさまに示す。もしかして二日酔いか。
「そう、二日酔い。昨日、お母さん達とは一軒目で別れて、その後は友達と飲んでたんだけど、家に帰るのめんどくなってここに泊まることにしたのよ」
「バイト風情が店の鍵持ってたのかよ」
「持ってないわ。だから、これでちょちょいとね」
姉貴が取り出して見せたのは先端が妙な形をしている針金だった。見るからにピッキング用の工具だ。
「不法侵入じゃねーか!」
なんでそんな泥棒みたいな技術持ってんだよ!
「うっさいわねえ。頭に響くじゃない。昔鍵屋でバイトしてたことがあったのよ」
「理由は聞いてねえよ!」
「そうよねえ。店長に電子キーの導入を進めた方が良さそうだわ」
「話を聞けよ犯罪者!」
「失礼ねえ。だからその犯罪が起こらないように対策を取れって忠告しようとしてるじゃない。田仲、ちょっと店長呼んできなさい」
「イエッサー!」
ダメだ。唯我独尊にも程がある。なんで法を犯して平然としてられるんだ。それに何故回りもおかしいと思わず、姉貴の言うことを受け入れるんだ。店の奥に走っていく田仲の後姿が、女王様にいいようにこき使われる奴隷にすら見えてきた。
「ちょっと、城崎君。この人は」
「俺の姉だ」
柳川の顔は心無しかひきつっていた。不恰好なスマイルだ。うん、その気持ちはすげえ良く分かる。
「なるほど……貴方とそっくりですわね」
「どこがだ。俺と相容れない存在を挙げるとしたらお前の上に姉貴がくるぞ」
「そう。なら、それでもいいですわ」
前言撤回、柳川の気持ちなんて俺には露ほども分からんかった。姉貴と同様、俺とは思考回路が違いすぎるらしい。
「で、あんたが柳川光ちゃん?」
「はい。初めまして、城崎……誠君のお姉さん」
「初めましてー……ああ、美琴お姉さまと呼ぶといいわよ。いい趣味してる光ちゃん」
その言葉の端には普通なら気付かない程度の揶揄が込められていた。信じられないことだが、どうやら姉貴は見ただけで柳川の正体を看破したらしい。
途端に、柳川から剣呑な空気が漂い始めた。
この肌がざわつくような違和感、間違いない。柳川は魔法を使おうとしている。
しかし姉貴はそれに臆することもなく、警戒することもなく、ただ漫然とだらしなく背を丸めて「頭痛い」と呟いている。我が姉ながら、さすがと言う他無い。
「マコちゃん、なんか……」
「分かってる。真尋はちょっと黙ってろ」
真尋ですら理解している。姉貴が気付いていないはずはない。しかし姉貴は一向に態度を変えず、その間にも柳川から漏れ出す異質な空気は姉貴を包み込んでいく。何をするつもりか分からないが、どちらにも味方するつもりがないので、俺は固唾を呑んで成り行きを見守ることにした。
やがて、完全に姉貴の周りが異質なものに包まれたと思った途端、柳川がいきなり意味のわからんことを呟いた。
「ししんのさうがくだりていのかたみがためながしほどくきゅうきゅうにょりつれい」
ごめん、よく聞き取れなかった。急急如律令は分かったけど、その前はなんだって?
「柳川ちゃん、今なんて言ったの?独り言?」
「……そうですわ」
姉貴が代わりに聞いてくれたが、やっぱり教えるつもりはないらしい。しかし何かしらやったのは間違いないだろう。姉貴を包んでいた気配が吹き飛んでいる。
ただ、どうもそれは柳川の意図する結果ではなかったようだった。柳川は小さく歯噛みして、顔を真っ赤に染めている。もしかして恥ずかしがってるのか?だったらやるなよ。
そのどこかアホっぽい姿に姉貴は生暖かい視線を送り、相好を崩した。
「あらあら、可愛らしいわねえ。別に言いふらしたりはしないから、誠を好きなように苛めてあげるといいわ」
「それは……それはどういう意味でしょうか」
「言葉のままよ。でもそうねえ。どうしても信じられないなら交換条件をだそっか?」
そう言って姉貴が向いた先には、先程姿を消した田仲がコック帽を被っている中年のおっさんを伴って突っ立っていた。
「美琴様!店長連れてきましたぜ!」
元気いっぱいの田仲と違って、おっさんはすげえ疲れきった顔をしていた。そういえばこの人以外に店員がいないな。まさか今日は一人でやってるのか?
「やっほー、店長。お疲れサマー」
「城崎君、勘弁してくれ。さすがに疲れたよ」
「そんな店長に朗報よ。さっきは明後日からバイトを一週間休むって言ったけど、明日からにするわ。あと期間も二週間に延長ね」
「本気かね?本当に勘弁してくれないか。君がいないと色々と滞るんだよ」
「だから弟を代わりに働かせるっていったじゃない」
は?俺が?なんで?
「ちょっと待て。それは一体どういうことだ」
「田仲、説明」
姉貴の指図を受けて、田仲がどや顔でずい、と俺の目の前に出てくる。近い。必要以上に寄るんじゃねえ。
「フフ、実は今日のパーティ、クラスの奴らは皆タダだ!」
「マジか。一体どんなマジックを……まさか!?」
「気付いたようだな!全部お前持ちってことだよ!バイト頑張れ!」
「ぶち転がすぞ畜生!」
「いやなあ、仕方ないだろ?皆に納得してもらうためにはこれが一番だと判断したんだ」
クラスの奴らがいとも簡単に俺を許したのはそれが理由か。食い物で釣るとは、せせこましい手を使いやがる。しかし確かに効果は絶大。ほとんど誤解であるとはいえ、俺のやったことを不問とする以上、背に腹は代えられないか。
「くっ……不本意だが、本当に不本意だが!今回だけは黙って頷いてやるよ!」
俺の悲壮感溢れる決意に、店長はありがとうと頷きながらも、しかしなあ、と続ける。
「弟君を入れても人手が足りんのだよ。さっきどういうわけか、明日のシフトに入る全員が無理だと断りの電話を入れてきた。城崎君がいればなんとかなるかとも思ってたんだが、抜けるとなると私と弟君だけで明日を切り抜ける必要があるんだ」
「マジか。俺は素人同然だぞ。接客にしろ、厨房にしろ、マニュアルのいろはも知らないんだ。実質店長一人で対応するのとそう変わらないんじゃないか?」
姉貴は俺の漏らした不安を鼻で笑った。何か考えがあるらしい。
「朗報だと言ったでしょ?誠に加えて、この子もやることになったわ」
「私も?」
柳川を指して、姉貴は不敵な笑みを浮かべる。なるほど、それで柳川の魔法行使を見逃していたのか。
「そ、これが交換条件。条件として悪くないと思うけど、嫌?」
「……そういうことですか。仕方ないですわね、やりましょう。ただ絶対に」
「分かってる、分かってる」
柳川の了承を得たところで無事解決かというと、そういうわけでもない。明日は日曜日で客入りも平日より多いはずだ。今の働き手の数じゃ心もとない。
「しかしそれでも三人か。確実にまだ足りんな」
「そうねえ、だったら真尋ちゃんと恵ちゃんもやってくれる?」
手当たり次第だな。ここに居る奴ら全員労働力にするつもりか。
「へ?僕も?一日だけなら別にいいかなあ」
「私もバイト代出るならいいよー」
そして誰も断らない。断る理由も特に無いのか、暇人どもめ。とんとん拍子で進む話に釣られたのか、一番の暇人である田仲がここぞとばかりに自己主張を始めた。
「美琴様!ならば俺も是非!」
「田仲はいらないわ」
「確かに。邪魔になるだけだな」
「うん、田仲不器用だしねー」
「そ、そうですか……」
自重しない物言いを次々に浴びせられて、田仲は盛大に落ち込んでしまった。
「あはは、僕達だけで何とかなるから大丈夫だよ。田仲君は気にしないでいいよ」
真尋のフォローが胸に痛いのだろう。ちょっと目の端に涙が浮かんでいた。
田仲はともかくとして、皆の好意に店長は大いに喜んだ。真尋も既に今日の料理を準備する段階で手伝っていて、その能力をかっていたらしい。これなら何とかなるだろうと明るい表情で笑った。
「さ、それじゃあ明日のために今日は練習してきなさい」
「練習って料理でもしろってのか?」
「そうよ。今日だって客は四十人近くいるのよ?」
姉貴がそんなことを言った途端、雑談で騒がしい店内のあちこちで大きな声が上がる。
「田仲ぁー!フライドポテト追加ー!」
「こっちもフライドポテト追加ー!」
「じゃあ俺もフライドポテト追加ー!」
「から揚げ持ってきてー!」
「ピザくれーピザー!」
くそったれ。まるで図ってたかのようなタイミングじゃねえか。育ち盛りの食いしん坊どもめ。こっちの苦労も知らずに遠慮なく次々と注文を繰り出してきやがる。
「とりあえず制服に着替えてきなさい。丁度いいサイズがきっとあるわ」
「ちっ、仕方ねえ。やるぞ、お前ら」
その後、柳川、小池、そして真尋の三人がメイドの如き格好で現れたため、歓迎会はさらに盛り上がった。当然俺の制服姿は誰の眼中にも無い。
男物の制服が一つしかなかったのでこんなことになったのだが、これも姉貴の陰謀の一つだろう。都合が良過ぎるにも程がある。
「あの、マコちゃん、これおかしくないかな?」
膝上までのスカートやフリル付きのエプロンをくいくいと引っ張りながら、真尋は頬を朱に染めてはにかんだ。悔しいが似合ってる。似合ってるが認めたくない。
「頑張れ真尋。俺にはどう見ても男にしか見えんが、大事なのは平然とした態度をとることだ。何食わぬ顔をしていれば大体の奴は誤魔化される」
「そうかなあ?うー、スースーして恥ずかしい……」
落ち着かない様子でメイド服の如き制服のスカートを抑える真尋を横目に、俺は同じ格好をして既に忙しなく動いている柳川を呼び止める。
「柳川」
「ええ、分かってるわ、安心して。彼の発作は私が止めておくから」
「ああ、真尋のためにも頼む」
とりあえずこれで発作が起こることはないだろうが、不安ばかりが募っていく。なんでこうなった。思わず頭を抑えてしまう。おまけに目の前にやってきた田仲の欲望に満ちた眼差しが凄く鬱陶しい。
「ハンバーグ!」
「はぁ……分かった分かった。特製ハンバーグ作ってやるからちょっと待ってろ」
接客は女性服を着た野郎どもに任せて、俺は店長と厨房に篭ることにした。だが、これは決して現実逃避ではない。料理中に一味唐辛子の瓶を落としてしまったのも、それを丹念に挽肉に混ぜ込んだのも決して現実逃避ではない。
田仲の断末魔を遠くに聞きながら、俺は大変なことになるであろう明日を思って目を細めた。何が順風満帆だ。波乱万丈とかに改名しろ畜生。
※注釈
ししんのさうがくだりていのかたみがためながしほどくきゅうきゅうにょりつりょう
→呪文:四神の砂左が降りて異の形身固め流し解く急急如律令
→直訳:四神の青龍さんが降りてきて異形の護身を押し流して解除する。邪悪よ去れ。
→意訳:柳川さんは中二病。女装男子でも恋がしたい!




