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桜舞う季節に  作者: 神賀
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01.出会い [EncounteR] -春先は変人が多い-

 登校中に出くわしたのは修羅場だった。

 睨みあう男と女が大声で怒鳴りあっている。


「酷い……愛してるって言ったじゃない!!」

「どの口でそんなことが言えるんだ!君は最低だよ!何も知らなかった俺の心を弄んでたんだな!?」

「違うわ!私は本気だった!貴方こそ、たったアレだけの事で怒ることないでしょう!?」

「アレだけ!?アレ以上の事があるものか!自分が異常だってこと認めたらどうだ!」


 ナニがなんだか分からないが、新学期早々こんな状況を目にしてしまうとは幸先が悪いにも程がある。桜舞い散る出会いの季節に別れ話だなんて、笑い話にもなりゃしない。

 二人を覆う険悪な空気は見るからに暴力沙汰に発展しそうで、俺は寒気を感じてぶるっと身震いをしてしまった。全く、よりにもよって通学路で争うなよ、鬱陶しい。


 巻き込まれるのも嫌だしさっさと学校へ行こうと、いきり立つ彼らを無視して通り過ぎようとした丁度そのとき、女の方から抗議の声が上がった。


「ちょっと何するの…きゃっ!」


 言い終わらない内に俺の体に衝撃が。ってなんで俺にぶつかってくるのこの子。あぁ浮遊感。そんな気は欠片も無いのに、地面が俺にキスしたいって勝手に近づいてくる。


「いでっ!」


 女の子の下敷きになる形で盛大に顔面からずっこけた俺は、いまいましげに舌打ちをし、すぐさま立ち上がった。鼻が超痛い。ちなみに女の子は倒れたまんまだ。俺が無理矢理起き上がったときに若干体が持ち上げられてまた地面に叩きつけられたっぽい。「いぎっ」とか変な声が聞こえたから分かる。たぶんファーストキスは土の味、とかそんな感じだろう。でも今それどころじゃないし!文句言わないと気が済まないし!


「何すんだテメェ!」


 女を突き飛ばしたのであろう男を睨みつける。奴は良く見ればウチの学校の制服を着ていた。そう言えば見たことのある顔だ。


「もうちょっと気をつけろよ!仮にも相手は女だろうが!」


 女を心配してのことじゃない。単に俺が巻き込まれたから怒鳴っただけだ。けど、俺の言う事は間違っちゃいない。女の子を突き飛ばすなんてフツーやっちゃいけないだろう?


「君は知らないからそんなことが言えるんだよ!そいつ男なんだぞ!」


「は!?」


 思わず倒れた女(?)を見下ろす。すいませーん。こいつどー見ても女顔なんですけどー?てゆーかぁ、すっげぇカワイイんですけどー?髪長くて線も細いしぃー、まーさーにー大和撫子って感じでぇーイケてんじゃーん?

 んで、その感想を一言に集約すると、こうなる。


「信じられるかボケェ!」


 余りにツッコミどころ満載な発言だったので、思わずつっこみの素振りまでやりかけたが、何とか堪えた。だってほら、俺ってクールなナイスガイ(死語)だから。全国に100万人はいると思いたい俺のファンのためにも自分を崩しちゃいけないわけよ。


「嘘じゃない!そいつちんちん付いてるんだよ!危うく俺は…」


 まさに苦虫を噛み潰した表情でその思いを語る男。まさか行為に踏み切ろうとしたのか。いやしかし、やっぱ信じられんぞ。うぬぬ…確かめよう。


 俺はオトコ女(?)にろくな予備動作も無く覆い被さった。やはり確認するとすればコレしかない。


「南無三!」


「えっ?」


 思いもよらなかったのだろう。完全に不意を突かれた彼らはオレの行動に一瞬あっけにとられていた。しかし俺は容赦などしない。狙いを定めて一直線。人体の急所へと的確に手を伸ばす。そう、これは決していやらしい気持ちからではない!確認のためだ!もしついてなくても役得役得ゥとか微塵も思ってないんだからね!


 さわさわ。むにゅむにゅ。


「なん、だと……」


 ついてる。紛れも無く付いてる。マジで男だこいつ。役得じゃなかった。むしろトラウマだった。なんで触ろうとか思ったの一瞬前の俺。むにゅむにゅとかしちゃったよ。あっ、あまりの事実にちょっと気が遠くなってきた。


「ぎゃああああああああーっ!」


 なんというか、とてつもなく下品な叫び声がこだまし、気の抜けていた俺の体が信じられない程の力で突き飛ばされた。体が一瞬浮き、バク転するように半回転。その直後、地面に大激突。またもうつ伏せで。


「ぐおおお…」


 イテェ。物凄くイテェ。洒落になんねぇ。さっきの痛みと比にならねぇ。鼻が超絶痛ぇ。しかし、しかしだ。俺はこの程度で負けるわけには……いかないんだよ!


 痛みを堪え、俺は不器用にふらつきながらも立ち上がった。うわぁ今の俺、超カッコよくね?例えるなら瀕死の重傷に追いやられつつもヒロインのために立ち上がるなんかの漫画の主人公くらいカッコよくね?そう考えるとありがちな状況だけど、こりゃあれだろ、さっきのオトコ女俺に惚れただろ。でもそれはやめて欲しいマジで。


 生まれたばかりの子鹿のように足をがくがく言わせながら、オトコ女の紅潮しているであろう顔を確かめようと目を向けると、


「……っ!!」


 オトコ女は唇をかみ締め、両手でスカートを押さえ込んでいた。目には涙を浮かべ、恥ずかしさに顔を歪めながら。


 ドキッ★


 え?ちょっとまって今のまさか胸キュンした?この俺が?硬派でクールで一匹狼なこの俺が?待って待って待って。こいつ男なのよ?女じゃないんだよ?まさかボクってその気があったの?ウソでしょ嘘。初恋とかもちゃんと女の子相手だったじゃん。ねぇこずえちゃん!とっても可愛かったこずえちゃん!小学生のときクラスの人気者だったアイツとみんなの前でちゅーしちゃったこずえちゃん!うおおおおお!なんか知らんが嫌な思い出まで浮かび上がってきた!


 やりきれなくなって、紅潮する顔を手で覆い隠そうとしたら、別の手が覆い隠そうとしてくれた。だがその手は勢いがつきすぎていて、俺 → 吹き飛ぶ。


 吹き飛んだ俺はまるで漫画のように尻餅をついた形でずざざざと地面を滑った。ナニコレ、どんな力してんのあの女。じゃなくてオトコ女。思わず殴られた頬に手を当て、親父にだって何度もぶたれてるのに!これ以上ぶつことないじゃない!と非難がましい目で見返すと、奴は俺を打ったであろう手刀を振りぬいた姿勢のまま、俺と何故か立ちすくんでいる元・彼氏を睨みつけていた。

 相変わらず目には涙を浮かべている。あ、一滴流れ落ちた。


「さいっっっっってぇー!!二人とも死んじゃえ!バカッ!!」


 暴言を吐いたあと、零れ落ちる涙を拭おうともせず走り去る彼女、いや、彼の後ろ姿を、俺は残された元カレと一緒に呆けてみていた。遠ざかるその姿は妙に幻想めいていて、なんだか思考があやふやになってくる。


「なんか……可愛い……」


 元カレと同時に呟いたその言葉は、俺達の霞んだ意識を一気に覚醒させ、とてつもない危機感と眩暈を与えた。そんな状態に陥った人間が何をするか分かるだろうか?簡単なことだ。すげえ勢いでそれを否定するのだ。


「俺達は違うよな!」


「もちろん!」


 何がどう違うとか、そんなもん言葉にする必要は無い。俺達の間には妙な連帯感が生まれていた。今なら、今のコイツとなら親友になれそうな気がする…。


「オマエ、名前は?」


「坂西健吾」


 アイツは少し照れながら、そう答えた。立ち上がって握手を交わしながら俺も自己紹介。


「城崎誠。よろしくな」


「はは。知ってるよ。去年クラス同じだったし」


「ウソぉ?オマエなんか全然知らないけど」


 空気が凍った。


「ふ、ふん!俺もお前なんか知らないーよーだ!」


 ガキかオマエは。しかし、俺は分別のある真摯な大人。可哀相な人には慈悲を与えてあげるのが優しさってものだ。気を遣った一言を返してやろう。


「さっき知ってるって言ったじゃん」


 あ、ちょっと涙ぐんだ。

 むむ、いやしかし、よく見ればこの坂西という男、端整な顔立ちじゃないか。背も高いし、足も長い、体は細いが肉付きは悪くなさそうだし、運動神経も良さそうだ。その上、別段何も弄ってなさそうなふっつーの髪型なのに、その髪質は無闇矢鱈にさらさらで、これがイケメンかくそったれ。もう存在からして俺は女にモテますよって自己主張してやがる。ぐぐぐ……嫉妬心がメラメラと。


 ふと、坂西の足元に学生鞄が転がっているのに気付いた。さっきのオトコ女は私服だったし、奴の所持品である事は想像するに難くない。そして、それはオレが味わった屈辱と今も燃え上がる嫉妬心を消すには十分な代物だ。やってやるぜ…。


「な、なんだよ?どうしたんだ?」


 オレの気迫に気付いたのか、少したじろきながらも坂西は目を潤ませたまま睨み返してきた。あっ、さっきの一言まだ効いてる。ふふん、しかしその程度で俺の嫉妬の炎が消え去るなどと思ってもらっては困る。例えちょっと泣きそうな奴でも男なら俺は容赦しねえ!ホントに罪悪感なんてないんだからね!


 だから行動に移した。まず一歩、右足を踏み出す。次に二歩、左足を踏み出し体重をかけ、右足を大きく後ろへ振りかぶる。そして!今ここに!万感の思いを込めて!勢い良く!振り抜く!


 ぱっこーん。


 そんな意外と軽めの音を立てて、坂西のカバンは空の彼方へと消えていった。ごめん言い過ぎた。本当は道の脇の柵越えてどっか人ん家の庭に落ちた。

 俺の行動に驚くこと無かれ、さっき述べたとおりだ。俺には本当に罪悪感などなかったのだ。ゆえに容赦なく鞄を蹴り飛ばした。


 さて、と。


 あんぐりと大口開けた坂西の目の前で、ぽんぽんと先程転んだ拍子に制服に付いた土を軽く落とす。それが済んでから、


「遅刻すんなよ。じゃな!」


 必要以上にサワヤカな顔と口調でそう告げ、俺は走り出す。


「えぇ!?」


 驚く声が背を向けた方から聞こえてくる。哀れ坂西健吾。新学期早々遅刻か…。


「ふは!ふはは!ふぅーわっはっはあー!」


 俺は沸いてくる感情を堪えきれず、盛大に笑い声を上げた。

 俺はイケメンに一泡吹かせてやった!一泡吹かせてやったぞー!!



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