雨女
最近知り合った後輩はすこぶる目立つ。大学生にしたって珍しい派手な髪色、いくつ開けているのかすぐにはわからないピアスの数々、そして何より、顔立ちが整っているのもあるのだろう、そんな見た目なのにまるで嫌味にならず人の懐にスっと入り込む天性のセンスはきっと彼女が芸能人かなにかになる未来があるのなら有益なものだとそう思う。だから、彼女と知り合ったきっかけというのを僕ははっきりとは覚えていない。なんとなく春先から既に僕の部屋に入り浸っていたような気もするけれど、それより前から一方的に見知っていたのでその記憶もあまりあてになりそうにない。ただ確かなことは、彼女が僕の部屋に来るのは決まって雨の日だということだけだ。その頻度は日を経るのに比例して増えていっているように感じ、エントランスドアを開けるために鳴らされるチャイムに辟易として合鍵を渡したときから爆発的に増加した。僕は雨の日の外出が好きではなくて、それが彼女にとって都合の良い遊び相手として認識されたらしかった。
「ねえ、羞恥心ってないわけ?」
今日なんて、僕が寝ている間にいつの間にやら部屋を訪れ、シャワーを浴びたままの姿でリビングに入ってくるほどで、僕はたまらず不平を漏らした。
彼女は友達が多い。それこそ誰もが想像する一緒にどこかへ出掛けるような友達から、大学やサークル内でなんとなく世間話をする程度の関係や、セックスに励む間柄まで多種多様な友人関係を形成している。特定の恋人や親友という存在はなく、一緒にいる相手は男も女も常に違う顔ぶれだ。そんな彼女には、他人に肌を見せることは大したことでは無いのだろうけれど。
「失礼な。そんな事ないですよ」
しかし彼女は僕のそんな予想に反してムッと頬を膨らませると、朗々と語った。
「そりゃあまぁ、他の人に比べれば抵抗は少ないかもしれませんよ?けど私だって野外セックスは嫌だなってくらいの羞恥心はもちろんあります!」
「僕はそれを羞恥心とは認めない……」
寝惚けた頭が段々と覚醒を果たすと、もうなんだか慣れてしまったけれどそれでもやはりどこか現実感のない裸体から目を逸らし、彼女がいつからか持ち込んでいた私物の山に埋もれているであろう服を指さした。彼女はその指の示す先を辿り、それからもう一度僕を見る。
「んー?もしかして反応しちゃいました?口は苦いのでダメですけど、手か足か本番なら良いですよ?」
「やっぱり貞操観念はないんだな」
仕方なく起き上がり、僕は彼女の私物が山となった区画から乱雑に引き抜いた服を投げた。彼女もまた何故か仕方がなさそうにしながらそれを着る。上下の趣味が合わなかったのか、一度履いたスカートを脱ぎズボンに変えると満足してこれまた自分で持ち込んだクッションへ座り込んだ。
「先輩、それはちょっとどうかと思います。」
それから真剣な様相で言う。
「私だって梅毒は嫌ですから、ゴムくらいちゃんと付けてますし、常備してますし、検査キットの値段も馬鹿にならないのでバイトでお金を貯めたら不妊手術しようかなってくらいがっちがちですもん!」
僕はもうそれを貞操観念と認めることなんて断じてできなかったけれど、口を噤むことにした。反論したってロクな結果を望めない。それなら惰性でやっているゲームの周回プレイでもした方が幾分かマシな程だった。
「無視ですか?へーへーそうですか?可愛い後輩ちゃんを無視しちゃうんですか。新しく買ったボドゲあるのでやりましょうよ。ちょっとえっちな俳句を作るやつ!」
それは僕にとってもなかなかに興味がそそられる内容で、僕は冷蔵庫から持ち出した酒で喉を潤すと、彼女とテーブルを挟んだ向かいに座った。缶は二本、彼女に勧めたわけではないけれど、目敏く自分の分を確保した彼女が豪快に喉を鳴らしてゲーム開始の音頭をとった。
---
連日の雨が予報されていた。彼女は何も言わなかったけれど、明らかに泊まる気のようで、珍しく雨でもないのに部屋に上がり込んでは無断で寝巻きやら少し古くなってきた歯ブラシやらを準備しているようだった。だから、雨が降っても彼女が来ない日が続いて、ほんの少しの違和感があった。それが明確な形を成したのは、それから暫くが経ってからのことだった。
『お前と浅野ってつるんでたことあったっけ?』
僕と彼女は、常に僕の部屋で会っていたし、大学ですれ違うことがあっても特に会話をすることはなかったので、僕らが知り合いであることはあまり誰にも知られていなかったように思う。それでも僕と彼女は同じサークルに所属していたし、彼女の交友関係はとても広かったから、それで回ってきた連絡だったのだろう。
『まぁ、どっちでも良いか』
それを示すように受話器の向こう側にいたサークルの代表は、淡々と、何度もこなしてどこか熟れた様子でそれを告げた。
『浅野が死んだらしいぜ。葬儀、お前も来るよな?』
連日雨が続いていた。彼女は多分、あの日も僕の家に泊まりに来るつもりだったのだろう。それで、側溝から道路に溢れた水か、雨雫が乱反射する車のライトに目が眩んだか、そうしてスリップなりした車に撥ねられたのか、もしかすると氾濫した河川に呑み込まれたのかもしれない。とまれ。
連日雨が続いていた。だからそれは正しく確認作業に過ぎなかった。天気予報を見て、そこにずらりと並ぶ傘のマークに首を振る。
『遠慮しておくよ』
彼女には友人が多かった。それこそ、友達100人を地で行くような人間だった。だから僕が1人くらい欠けた所で、葬儀が閑散とした寂しいものになることはないだろうと、そう思う。電話を切って、部屋を見る。
「住所か連絡先くらいは、聞いておくべきだったかな」
僕は部屋に溢れ返った彼女の私物に頭を悩ませた。




