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極東の落ちこぼれ【呪具職人】、異国でひっそり店を開く ~妹の身代わりに異国へ売られ、暗殺されかけた呪力ゼロの私、実は作った呪具が西の大陸では国宝級の遺物《アーティファクト》だったようです~

作者: 茨木野
掲載日:2026/02/20

連載候補の短編です。


 静かな工房に、小刀が木材を削る音だけが響いている。

 薄く削り出された木屑が宙を舞い、鉄錆のような独特の血の匂いが立ち込める。


 一条紬いちじょうつむぎ。年齢は十九。

 艶やかな黒髪を無造作に束ね、その瞳もまた深い夜のような黒色をしていた。


 派手さはない。

 だがその佇まいは、長い年月をかけて磨かれた職人の道具のように、静かで芯の通った美しさを帯びている。


 彼女は作業台に向かい、一心不乱に手を動かしていた。

 その手にあるのは、樹齢三百年を超える『吸血樹』の枝だ。

 この樹には、もっと血を吸って成長したいという恐ろしい思いが込められている。


 普通の呪術師が触れれば、たちまち血を吸い尽くされ、発狂してしまう危険な代物だ。

 だが紬の指先は、まるで赤子を撫でるように優しい。


 妖魔を倒すために必要なエネルギーである呪力。

 紬はそれを一切持たない、完全なる呪力ゼロの特異体質だった。

 ヒノコクにおいて、呪力を持たない人間は欠陥品と呼ばれる。


 しかし彼女は、呪力から脱却したことで特別な体質を手に入れていた。

 それは、呪具の呪いを一切受け付けない体である。

 通常、呪いのアイテムを装備すれば、動きが遅くなったり体を蝕まれたりといったバッドステータスを受ける。


 だが呪力ゼロの彼女には、それが全く通用しないのだ。

 さらに彼女は、その物に染みついた残留思念を鮮明に読み解くことができた。

 彼女にとって呪具作りとは、呪いの思いを読み取り、対話することである。


「うん……そっか。どうして血を吸いたいの?」


 紬は吸血樹の冷たく湿った表面をそっと撫でた。


「……そう、それしかしらないのね」


 素材の癖を聞き、流れを整え、あるべき形へと導く。


「でも世の中にはもっとおいしいものもあるのよ。たとえば……」


 そう優しく語りかけることで、吸血樹の呪いを抑え込んでいく。

 そして小刀を滑らせ、一本の杖を作り上げた。

 それは持ち主の血ではなく、対象の妖魔から呪力を吸い上げる強力な杖だ。


 そんな神聖な儀式にも似た時間を邪魔する者が、部屋に入ってきた。


「おい、お姉様! 聞いているの! 紬お姉様!」


 工房の扉が蹴破らんばかりの勢いで開かれ、甲高い声と共に女が土足で踏み込んでくる。

 紬は見えない尻尾をパタパタと振るように作業に没頭していたが、素早く丁寧に白布をかけてから顔を上げた。


「何でしょうか、附子」


 一条附子。

 妖魔退治の名門である一条家の次期当主候補であり、紬の妹だ。

 呪力に愛された天才肌であり、華やかな着物を纏って傲慢に胸を反らしている。


「またそんなガラクタをいじっているの? 本当に落ちこぼれは救いようがないわね!」

「今は仕上げの最中です」


 附子は苛立ちを隠そうともせずに叫んだ。


「口ごたえしないで! 呪力ゼロの無能のくせに!」


 彼女の美しい顔は、姉に対する見下しと、隠しきれない嫉妬で歪んでいる。

 附子だけは気づいていた。

 自分が使っている強力な呪具が、すべてこの無能な姉の作ったものであることに。


 だからこそ目障りなのだ。


「お父様からの決定よ。お姉様は西の大陸へ嫁ぐことになったわ」


「西の大陸へ?」


 突然の宣告に、紬はのけぞり、目を丸くした。

 西の大陸といえば、ここから船で何ヶ月もかかる異国の地だ。


「そうよ! あちらの貴族から私に縁談が来たのだけれど、私が辺境に行くわけないでしょ! だからお姉様が身代わりになりなさい!」

「ですが、私は呪力がありません。先方に失礼では」


「御託はいいの! どうせ向こうの連中は呪力なんて分からない魔法野郎ばかりよ! お前のような無能は一条家にはもういらないの!」


 附子は頬を膨らませ、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 紬の声は驚くほど平坦だった。

 怒りや悲しみがないわけではないが、それ以上に家族からの扱いに諦念が胸を満たしていた。


 紬はガックリと項垂れ、大きなため息をついた。

 これが、一条家における彼女の日常だった。


 紬は着ていた作業着を丁寧に畳み、壁に掛かっていた革製のツールバッグだけを手に取る。

 中には愛用している小刀やヤスリといった手道具一式が入っている。

 これだけあれば、どこでも呪具は作れる。


 背後で高笑いする妹の声を背に受ける。

 紬は振り返ることなく、静かに工房を後にした。


    ◇


 冷たい海風が頬を打ち据える。

 西の大陸へと向かう大型船の甲板で、紬はどんぶらこと揺られていた。

 潮のむせ返るような香りと、古い木材の軋む音が耳に届く。


 一条紬。年齢は十九。

 極東において、妖魔討伐を担う名門一条家に生まれた長女である。

 しかし本来持って生まれるべきだった呪力がないせいで、完全な落ちこぼれ扱いを受けてきた。


 異能を持たない無能と判定され、周囲からは酷く馬鹿にされる日々。

 翌年生まれた妹の附子が天才だったことで、次期当主の座も家族からの期待も全てを奪われた。

 一条家での扱いは酷いもので、居ないものとして扱われ、いじめが横行していた。


 だが誰も助けてはくれなかった。

 それでも紬が膝から崩れ落ちず、決して心が折れることがなかったのは理由がある。


『紬。呪いの子、紬よ』


 脳内に響く、女性の声。


「なぁに、白面?」


 彼女の奥深くには、極東を滅ぼしかけた一匹の大妖魔「白面はくめん」が封じられていた。

 極東の異能力者たちは、体の中に妖魔を飼い、そいつに呪力を渡すことで異能を使っている。

 最初、紬には呪力も妖魔もいないと思われていた。


 しかし実際は、この規格外の大妖魔が彼女の中に巣食っていたのだ。

 だが白面は、紬の呪力が完全にゼロであるせいで、エネルギーを吸えずに暴走することができない。

 呪力ゼロの体が、白面を封じ込める絶対の檻となっていたのである。


 それゆえに二人は、奇妙な共犯関係のように和解していた。

 白面の持つ膨大な知識をもとに、紬は呪具作りを学んできたのだ。


「貴様もつくづく不幸なやつよな」


 脳内に響く低くしゃがれた声に、紬はぷくっと頬を膨らませた。


「でも、考え方によっては良いことかもしれないわ」

「なに……?」


「これからは外で自由に物作りができるから!」


 紬は目を輝かせ、見えない尻尾をパタパタと振るように喜んだ。

 彼女には前世の記憶がある。

 前世では体が弱く、病室のベッドの上で過ごし、外で遊ぶことすらできなかったのだ。


 何も生み出せない体だったゆえに、転生して手に入れた自由な体に歓喜したのだ。

 呪力はないが、この健常な体がある。

 何でも作れるのだ。


 物作りさえ自由にできれば、どこでだって生きていける。

 そんな前向きなメンタルの持ち主であった。


「変わった女だ」


 白面が呆れたように鼻を鳴らす。

 そろそろ大陸が見える頃合いだろうか。

 そう思った矢先、船底から爆発音が響いた。


 ドゴォォォン! と激しい音が鳴る。

 船体が大きく傾き、船乗りたちがパニックに陥る。

 紬の鋭敏な感覚が、ひび割れた船底に張り付けられた起爆の呪符の存在を捉えていた。


(この呪力の波長。附子の呪力だわ)


 そこから強烈な思いを読み取った紬は、激しくのけぞった。

 姉が憎い。

 姉など死んでしまえという、真っ黒でどろどろとした強い殺意である。


「ああ。私、そこまで嫌われていたのね」


 天才である自分の威厳を保つため、真の呪具職人である姉を海の底に沈めて隠滅する気だ。


「ひひっ、どうする」


 白面が面白がるように笑う。

 紬は革製のツールバッグを探り、一つの呪具を取り出した。

 それは海の呪いがぎっしりと詰まった浮き袋である。


 紬はそれを、海に投げ出されそうになっている乗客たちに向かって勢いよく投げつけた。

 浮き袋は瞬時に膨らみ、人々を安全に抱え込んでいく。


「お前、自分の分は……」

「あ……?」


 紬はパチリと瞬きをした。

 自分の身を守る呪具を用意し忘れるという痛恨のミスである。

 次の瞬間、大きく傾いた甲板から足が滑り、紬の体は暗く冷たい海へと飲み込まれた。


 視界が黒く染まり、冷たい海水が肺を焼く。

 意識が遠のいていく中で、脳内に力強い声が響いた。


「代われ」


 ずずず、と泥のような気配が紬の全身を覆う。

 白面が紬の意識を押しのけ、その体を一時的に憑依して操ったのだ。

 白面は自身の持つ生命力を強引に削り、強大な異能を発動させて水流を操作する。


 紬の体は泡に包まれ、弾丸のように海面へと押し上げられた。

 そのまま、西の大陸へとすっ飛んでいく。


「ありがと」

「勘違いするな。貴様が死ねば我も死ぬからな」

「うん。わかってる。でも……ありがと」


「ふん……」


 白面の不器用な優しさに、紬は意識の底でそっと微笑んだ。

 そして彼女は、そのまま深い眠りへと落ちていった。


    ◇


冷たい波の感触で、紬は目を覚ました。

 むせ返るような潮の匂いと、海鳥の鳴き声が耳に届く。

 どうやら無事に陸地へ流れ着いたようだ。


「ここはどこかしら」


『ゲータ・ニィガ王国の【ウォズ】という港町だ』


 脳内にしゃがれた声が響き、紬はのけぞった。

 肉体を持たない白面の五感は、人間を遥かに超越している。

 周囲の音や匂いから、一瞬で現在地の情報を収集してくれたのだ。


『さて、どうする。極東にはもう戻れんぞ』


「とりあえず、本来の目的地に行ってみましょう」


 紬は見えない尻尾をパタパタと振り、立ち上がった。

 目指すは本来の嫁ぎ先である、王都『グランレガリア』だ。


 数日後。

 王都へ到着した紬は目を輝かせた。


「わぁっ、すごっ。剣と魔法のファンタジー世界です」


 石畳の敷かれた大通りには、獣人やエルフなど多種多様な種族がわらわらと行き交っている。

 屋台からは香ばしい肉が焼ける匂いが漂い、活気に満ちた喧騒が鼓膜を揺らした。


「なんだかワクワクしてきちゃいました」


 前世の記憶を持つ紬は、頬を紅潮させて周囲を見渡す。

 そして浮き足立つ心のまま、嫁ぐ予定だった貴族の屋敷へと向かった。


 が、ややあって。

 貴族の屋敷の門前で、紬はガックリと項垂れていた。


「追い返されちゃいました」


 どうやら一条家から、すでに紬は船の事故で死んだものとして手紙が送られていたらしい。

 幽霊か詐欺師の類だと思われ、あっさりと門前払いを受けてしまったのだ。


『相当嫌われていたようだな、紬よ』


「えー、なんでだろ。私何かやっちゃってましたでしょうか」


 紬は不満げにぷくっと頬を膨らませた。


『それよりどうする? 家にも帰れない。嫁ぎ先からも拒まれる。このまま飢えて死ぬか』


「考えはあります。呪具を売るんです」


『どうやって』


 呆れたような白面の声に、紬はえっへんと胸を張った。

 まずは手頃な道具屋を探すのだ。

 活気ある大通りを外れ、路地裏を歩き回ること数時間。


 カランカランと、乾いたベルの音が鳴る。

 古びた鍛冶屋の扉を開けると、むせ返るような熱気と鉄の焦げた匂いが漂ってきた。


「帰ってくれ。うちはもう店じまいだ」


 店の奥で、立派な髭を蓄えたドワーフの老人が膝から崩れ落ちていた。

 すっかり落ち込んでおり、今にも店をたたもうとしているらしい。


 だが紬の視線は、壁に飾られた一本の妖刀に釘付けになった。


「わっ、いい呪具。これを私に売ってほしいです」


 紬は目を輝かせ、カウンターに身を乗り出した。


「やめとけ、それは呪いの刀だ」


「大丈夫です」


 ドワーフの制止を振り切り、紬は妖刀の柄に触れた。

 冷たい鉄の感触とともに、濃密な呪いの思いが声となって流れ込んでくる。


「なるほど。血刀っていうんですね。血液操作、へええ」


 紬が楽しげに刀を振るう。

 ブンッ、という鋭い風切り音と共に、刀身から赤黒い血液がじゅばっと噴き出し、空中で自在に踊り狂った。


「信じられん。呪いが完全に中和されている」


 ドワーフの老人は目ん玉を飛び出さんばかりに見開き、激しくのけぞった。


「おぬし、大丈夫なのか」


「はい、全然。とてもいい刀ですね。どうやって作ったのですか」


「いや、作ってはいない。これは遺物といって、ダンジョンで出土される、この世界では作れぬすごい道具なのだ」


 老人は大きくため息をつき、自嘲気味に言葉を継ぐ。


「わしはそれを超えるすごいアイテムを作ろうとして……できんかった。遺物は作れぬ、手に負えないものだと諦めかけていたのだ。しかし、ぬしは完全に自分の手中におさめていた。それほどまでに、すごい職人ということだな」


 ドワーフは、溜息をつく。


「世の中には、こんなすごい職人がいたのか。恥ずかしい、実に恥ずかしい」


 ドワーフは両手で顔を覆い、ガックリと項垂れる。

 自分の腕が頂点を極め、これ以上向上することはないと思い上がっていた己を恥じているらしい。


 だが次の瞬間、老人の目に燃え盛るような火が点いた。


「ワシは修行に出る。その間、この店は主に任せたい」


「えっ、いいんですか」


 突然のことに戸惑う紬。

 だが自分にとっては、都合の良い展開であった。


「ああ、ここで好きに物を売るといい。君は、とてつもなくすごい職人のようだからな」


 老人は荷物をまとめながら、豪快に笑い飛ばした。


「わたしは一条紬です」


「ワシはガンコジー・クラフトだ。頼んだぞ、紬」


 嵐のように去っていくドワーフを見送り、紬は一人ポツンと残された。

 こうして異国の路地裏で、極東の落ちこぼれ職人による小さな呪具屋がオープンしたのである。


    ◇


開店から数日が経った。

 雨が降る王都の午後、カランコロンとくぐもったドアベルが鳴る。

 ずぶ濡れの外套を羽織った長身の男が入ってきた。


 ひんやりとした雨の匂いと、微かな鉄の香りが店内に流れ込む。

 濡れた銀髪をかき上げたその美貌は彫刻のように整っている。

 しかし凍てつくような無表情が他人を拒絶していた。


 王国騎士団長、ルシアン・フォン・クロムウェル。

 生来、強大すぎる怪力の呪いを持ち、あらゆる武器を粉砕してしまう最強の騎士だ。


『こいつ、ひどく呪われているな』


 脳内に響く白面の声に、紬は視線を向けた。

 ルシアンはカウンターに歩み寄ると、地を這うような低い声で尋ねる。


「店主はいるか」


「いらっしゃいませ。私が店主の紬です」


「こんな路地裏に遺物直しの名人がいると聞いて来たが、子供ではないか。冷やかしだと思ってくれ」


 帰ろうとする背中に、紬は声をかけた。

 ルシアンは立ち止まり、懐からボロボロに砕けた大剣の柄をカウンターに置いた。


「今月に入り三本目だ。俺は力が強すぎるみたいでな。これに合う剣がほしいんだ」


「剣、ですか」


「ああ。国宝級の魔道具も、俺が握ればこの有様だ」


 ルシアンは自嘲気味に吐き捨てた。

 彼は己に宿る強大すぎる怪力の呪いのせいで、ひどく不自由な思いをしてきたのだ。


「この忌々しい呪いのせいで、くそっ」


 普通に触れるだけで物を壊してしまう。

 誰かと握手をすることすら許されない己の体を、ルシアンは深く恨んでいるようだった。

 紬は残骸には目もくれず、カウンターから身を乗り出す。


「失礼します」


 そう言って、ルシアンの大きく無骨な手を両手でぎゅっと包み込んだ。


「なっ、何をするっ。離れろ、怪我をするぞ」


 体温の伝わる柔らかな感触に、ルシアンは激しくのけぞる。

 自分の呪いがこの小さな少女を傷つけてしまうと恐れたのだ。


「少しだけ、耳を澄ませますね」


 紬は目を閉じ、彼の手に宿る呪いの声に意識を集中させた。

 呪力ゼロの指先が、彼の奥底に眠る魔力の痕跡を鮮明に読み取っていく。

 氷のように冷たい彼の体とは裏腹に、そこから聞こえてきたのは、決して禍々しい怨念などではなかった。


 陽だまりのように温かく、悲しいほどに優しい祈りの声である。


「ああ、なるほど。お祖父様ですね」


「なんだと」


「幼い頃、体が弱かったルシアンさんがどうか強く生きていけるようにと、神様に祈った強い思いです」


 紬は静かに言葉を紡ぐ。


「その深すぎる愛情が強大な力となって、あなたを縛っているのですね」


「それをどうして貴方がわかるんだ」


「わたしにはわかるんです。呪具職人ですので」


 紬はぷくっと頬を膨らませて、えっへんと胸を張った。

 ルシアンの脳裏に、幼き日の記憶が蘇る。

 高熱にうなされる自分の小さな手を、しわがれた大きな手で必死に握りしめて涙を流していた祖父の姿。


 自分を苦しめる憎き悪魔の呪いだと思っていたものが、亡き祖父の不器用な愛だったのだ。

 その事実に気づいた瞬間、ルシアンは膝から崩れ落ちた。


「俺は、祖父の願いをずっと恨んでいたのか……。自分の体を呪い、強すぎる力を憎み続けて……」


 彼は己の思い違いを深く反省し、ガックリと項垂れた。

 石畳の床に、ぽたぽたと彼の目から零れ落ちた涙が染みを作っていく。


「ごめんなさい、お祖父様……。俺は、なんて親不孝な孫だ……」


 後悔と悲痛な思いで震える彼の肩に、紬はそっと手を置いた。


「ルシアンさん。怪力に耐えうる武器をつくるより、その呪いを、思いを、武器に変えてみませんか」


「……そんなことが、できるのか」


「はいっ、お任せください」


 紬は目を輝かせ、まっすぐにルシアンを見つめた。

 見えない尻尾をパタパタと振るように嬉しそうに微笑み、彼女は店の奥へ向かう。

 やがて細長く反りを持った一本の刃を取り出してきた。


 極東ヒノコクで使われている、打刀と呼ばれる武具だ。


「これは」


「刀という武器です。さあ、柄を握ってください」


 紬に促され、ルシアンは恐る恐る刀の柄を握った。

 紬はその手の上から自身の両手を重ね、刀に宿る呪力と祖父の思いに優しく語りかける。


「お祖父様。この人はもう立派に成長して、十分一人で歩いて行けます。だからどうか、その強い思いをこの刀に肩代わりしてあげてください」


 ずずずず、と空気が震え、ルシアンの体から強大な魔力が流れ出していく。

 温かな光を帯びた力が、するすると刀身の中へ吸い込まれていった。

 やがて光が収まると、ルシアンの体を縛っていた重苦しい気配が完全に消え去っていた。


「はいっ、これでどうですか」


 ルシアンは自身の両手を見つめ、何度か拳を握り込んだ。

 物を壊してしまうような、あの過剰な怪力が嘘のようになくなっている。


「すごい。普通に動ける」


「鞘から刀を抜いた時だけ、お祖父様の思いが怪力となって発動しますよ」


 ルシアンが試しに刀を少しだけ鞘から抜くと、凄まじい力が全身に漲った。

 鞘に納めれば、再び力は静かに眠りにつく。

 暴走していた怪力は、完全に彼自身のコントロール下に置かれたのだ。


「信じられない。俺は今、己の力を完全に制御できている」


 ルシアンはゆっくりと振り返った。

 その氷のような瞳に、初めて熱い感情の灯がともる。

 彼は大股で紬に歩み寄ると、その手を取った。


「紬。礼を言う。君は俺の救世主だ」


 その日、怪力に悩まされていた最強の騎士が、絶対の相棒を手に入れた。

 異国に流れ着いた落ちこぼれ呪具職人が、伝説のアーティファクト製作者として歴史に名を刻む始まりでもあった。

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― 新着の感想 ―
「想い」と「呪い」は表裏一体。 誰かの「想い」で作られた物は、誰かの「呪い」となる。その「呪い」を「想い」に変えられれば、その「想い」は「呪い」をも上回る力を持つ。 連載すれば、面白そう。
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