第八十話 ###
魔物の討伐を終えた私達は、ギルドに戻ってちょっとした祝勝会を開いていた。酒場はたくさんの冒険者で溢れ、あちこちに賑やかな雰囲気が広がっていた。
「いやー、なんとかなって良かったな!」
「あの白い魔物が現れた時はどうなるかと思ったが……あの少年のおかげで助かった!」
冒険者達が話題にしているのは、あの白髪の少年の話だった。突然現れて魔物を倒して消えた彼は、瞬く間に冒険者の間で話題になっていた。
「フラムとエイカは、あの魔物を倒した少年とやらをみたんじゃろ?どのような奴だったんじゃ?」
「えっと、綺麗な白髪で青い角が生えてましたよ。私より一回り小さいのに、軽々と魔物を相手してました」
「ふむ、魔族にそのような奴がいたかのぅ……他の冒険者が言っていた紫色の爪というのも気になる所じゃ」
「かっこいいですよね!何だか闇の戦士って感じで!」
シオンとエイカも例に漏れず、あの少年に関する話をしていた。……レーヴィ?あの子は帰ってすぐに私から離れて何処かに行ったけど?やっぱりまだ嫌われているのかしら……
(……いえ、そうじゃなくて。もっと考えることがあるでしょうフラム)
私は思考を切り替え、少年やレーヴィの話を頭から消す。私が考えるべきなのは――あの時感じた違和感についてだ。
(……私が彼の事を知っているのは確か。名前は思い出せないけど……確かに彼は、私と関わりがあった)
記憶の中に突然浮かんできた、とある人物の記憶。最初は何のことだろうと疑問に思ったが、思い出そうとするにつれて、それが私の記憶だということが分かった。
(……そうよ、レーヴィを助けたのも、ミドラを連れてきたのも、全部あの人が……!)
次第に思い出されていく、彼に関する記憶。それの正体を掴めないまま、記憶は徐々に戻っていく。
(あとちょっと……あとちょっとで、何かが……)
私が何かを思い出せそうだったその時――頭に痛みが走った。それと同時に彼への記憶が薄くなり、私は寸前まで思い出した彼への記憶が抜け落ちていくのを感じた。
(どうして……?まるで、何かに邪魔されているみたい……)
私はぼんやりとそんな事を考えながら、次第に違和感を忘れ、急に襲ってきた眠気で微睡みの中に飲まれていった。
目が覚めたのは、それからしばらくしてのことだった。どうやら私は結構寝ていたらしく、辺りの冒険者がほとんどいなくなっていた。
「起きたかの、フラム」
「……シオン?」
テーブルの上から顔を上げると、隣にシオンが座っているのが見えた。もしかしたら私が起きるまで待っていたのかもしれない。
「……ごめんなさい、急に眠くなって……」
「気にしとらんよ。……まぁ、疲れていたのではないか?今回の討伐で、フラムは走りっぱなしじゃったからの」
「そうだったかしら……」
「あ、エイカとミドラは帰ってしまったが、今からでも宴の続きをするか?儂は大歓迎じゃぞ」
「……そうね。じゃあ、もう少し付き合ってもらえる?」
私はシオンと一緒に、しばらく美味しい料理などを堪能した。――彼の記憶を失っていることに気づかずに。
翌日。いつも通りギルドに来た私は、何かクエストを受けようと掲示板を見つめていた。私のレベルは今50を超えており、並大抵のクエストなら簡単に受けることが出来る。シオンやエイカもそれくらいになったそうだし、いっそのこと皆でより高難度のクエストを受けていいかもしれない。
「あの……すみません」
そんな事を考えていると、後ろから声を掛けられた。なんだろうと思い振り返ると、そこには黒髪の少年の姿があった。前髪で顔が隠れており、よく表情は見えないが、何処か困ってそうだというのは感じ取れた。
「何か用かしら」
「俺、さっき冒険者になったばかりの者なんですけど……初心者でも出来そうなクエストって知りませんかね?」
「初心者でも出来そうなクエスト……うーん、最初は採取系のクエストがいいと思うわ。もしくは、ちょっと腕が立つならゴブリンの討伐とか」
「ありがとうございます。参考になります」
私が少年の問いに答えると、少年は礼儀正しく一礼した。その時に、何か首から下げているのが見えた。それは綺麗な青い石で、よく磨かれているのか、淡く光を放っているように見えた。何処か見覚えのあるそれに、私は思わず目を奪われてしまう。
「……その首飾りって……」
「あ、これですか?これ、俺の弟と妹から貰ったプレゼントなんですよ。綺麗でしょう?」
弟と妹。少年の口からその言葉が発せられた時、私の脳裏にとある人物が浮かんだ。それは間違いなく彼の姿で、私が昨日考えていた人物そのものだった。
「……あの、どうかしました?」
「い、いえ、なんでも。――綺麗だと思うわ、その首飾り」
「ありがとうございます。自分の事のように嬉しいですよ」
少年が口を開くたびに、私の脳が活性化されていく。昨日まで綺麗さっぱり忘れてしまっていた記憶を、徐々に思い出していく。気づけば、私は少年にこう言っていた。
「……そういえば、貴方の名前は?」
「えっ、俺の名前ですか?なんでいきなり……」
「これも何かの縁だし、貴方の名前を知っておきたいと思ってね」
「わ、わかりました。ええと、俺の名前はですね……」
――少年の口からその名を聞いた時、私は自身の片目から涙が流れるのを感じた。一筋の涙が頬を伝い、雨雫のように地面に落ちた。嬉しいのか悲しいのかは分からない。ただぐちゃぐちゃになった感情が、私の胸中を支配していた。少年は私が泣いているのを見て狼狽する。
「ど、どうしたんですか!?」
「だ、大丈夫。気にしないで。目にゴミが入っただけだから」
私は涙を拭い、冷静を装いながら少年にそう言った。少年は未だ戸惑ったような様子で、私の顔を見上げていた。私は咳払いをして、少年に向かって名乗る。
「私はフラム。フラム・ランス。この町で活動している高レベル冒険者よ」
「高レベル冒険者……?」
「同じ冒険者仲間として、これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
私は手を差し出し、少年と握手をする。……前髪の奥から覗く顔が、どうも彼にそっくりで、私は思わず小さく笑ってしまった。
「ねぇ、クエストを受けるって言ってたわよね。貴方さえ良ければ、私が協力しましょうか?」
「え、良いんですか?」
「丁度暇だったし、大丈夫よ。それに私が口で受けやすいクエストを教えるより、実際に見たほうがわかりやすいわ」
「なるほど……正直ありがたいですが、本当に良いんですか?俺とあなたは初対面ですよね?」
「人を助けるのに、理由が必要かしら?」
「……あなたは良い人ですね。なら、是非お願いします。フラムさん」
「ええ、任せて――###くん」
彼――ユウが言っていた本名と同じ名をした、黒髪の少年。彼は私に笑いかけ、私ともう一度握手をする。他人のそら似かもしれないが、私は彼とユウ――###を重ねずにはいられなかった。私の胸中には、まだ彼に対する疑問が渦巻いている。でも、もし彼――###がいたとしても、きっと答えてはくれないだろう。いつものようにはぐらかし、何でもないように過ごすのだろう。だから私は手を差し伸ばし、彼の助けになろうとする。深い闇を抱えた彼を、闇から引きずり出そうとする。
「それじゃあ、早速クエストに行きましょうか」
「はい、フラムさん」
あの時、貴方が私の道を指し示してくれたように。――今度は、私が貴方を導く番だ。
窓から差す光が、私の進む先を明るく照らしていた。




