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第七十八話 欲望と虚無


数刻前――

必死に走り続けていると、途中で神に止められた。何事かと聞くと、≪奴を殺すための準備を忘れていた≫とのことだった。

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

≪この剣を持っていろ。我が貴様の記憶をその剣に注ぎ込む。それが終わるまで何もするな≫

「えっ、ってことは俺記憶無くすの?」

≪問題ない。貴様がその剣を持っている限り、記憶は失われない。貴様が記憶を失うのは、全てが終わった後だ≫

俺の問いに、神はわざわざ律儀に答えてくれる。とても恐ろしい事を聞いたはずなのだが、俺は意外と落ち着いていた。

≪さて、始めるぞ。その剣を決して落とすなよ≫

俺は重い剣を抱え、神の方を見る。異形の影は、動くことはなく、ただこちらを見つめている。

「えっと……何?」

≪……貴様は、何故この選択をした?≫

「何故って……ああ、言ってなかったっけ。俺、あのスレイプニールって奴に会ったことあるんだよ」

≪……何?≫

俺は剣を持ちながら、その理由を話し始めた。

「ちょっと前に、何故かサオリがこの世界に来てさ。その時に黒い変な奴に襲われてたんだけど、それが()()だったんだ」

≪……貴様の弟か≫

「そうだよ。その時にスレイプニールに会ったんだ。そいつは()()に飲まれたらしいユウを止めて、勝手に異世界に来た罰としてユウから俺の記憶を消した」

≪……悪魔、か……確かに悪魔なら異世界を渡ることが出来る。記憶を消すというのも、スレイプニールなら可能であろう。……もしや貴様は、その罰とやらを取り消してもらうつもりか≫

「まぁ、そんな感じだ。あいつに恩を売っておけば、ユウの罰を取り消してくれるかなって」

≪愚かな。記憶というのは人の存在そのものだ。例え貴様の弟の記憶が戻ろうと、貴様が消えてしまえば意味がないだろう≫

神は鋭い口調でそんな事を言ってくる。……そっか、やっぱそうなるよな。何もかもが上手くいくわけじゃないよな……

「まぁ、それでもいいよ。一応この世界を守りたいってのもあるし。俺なんかが役に立つなら、願ったり叶ったりだ」

≪……死ぬのが怖くはないのか?≫

「怖い。けどお前はさっき言ってただろ。いざとなったらお前がなんかしてくれるって」

≪それは我だけで奴に立ち向かった時の話だ。貴様がどうなるかは分からないのだぞ≫

「……なんだよ、心配してくれてるのか?」

≪そういうわけではない。見知った顔が死ぬのは寝覚めが悪いというだけだ≫

「その身体で寝れんの?」

軽口を叩くと、神は睨んでいるかのように殺気を放つ。いつもなら怖くて口を噤む所だが、不思議と何も感じなかった。

「まぁ、俺はそれを思い出したからお前に協力することを選んだんだよ。じゃないとこんなことやるわけないだろ?」

≪……はっ、貴様はやはり愚か者だな≫

「愚かじゃねえし。愚かって言った方が愚かなんだぞ」

≪ははっ、我にそんな事を言ったのは貴様が始めてだ。面白い、面白いぞユウよ≫

神はその時、始めて笑い声を上げた。それと同時に、俺の持っている剣が光を放ち、綺麗な銀色に変わった。

≪よし、これでいい。それを使って、我に見せてみよ。――貴様の生き様を≫

「やってやるよ、神様」

俺は銀色に輝く混沌剣を手にして、再び先程の方向へ走り出した。


いつもの町中のような景色の中、俺は≪深淵の神剣≫と対峙する。目の前にいる青い甲冑みたいな奴は、右手に白銀に輝く剣を構え、殺気を放っている。

「なぁ、一応聞くけど、お前もサポートしてくれるんだよな?俺が剣を振っても当たりそうにないんだけど」

≪当然だ。いざとなれば我が身体を動かす。貴様は何も考えずに剣を振るえばよい≫

神はそんな頼もしい事を言ってくれる。俺はそれを聞いて、すっきりとした気分で剣を構えた。

「行くぞ!」

「――――!」

俺が走り出すと同時に、≪深淵の神剣≫もこちらに向かってくる。そいつは剣に妖しい光を灯し、素早くそれを振るった。先程目にした斬撃が、今度は俺目掛けて襲ってくる。

≪右に動け!≫

「よし。よっ、と」

言われた通りに右に動くと、斬撃は俺の横を通り過ぎていった。俺はそのままの勢いで走り、≪深淵の神剣≫目掛けて剣を振るう。

「そりゃあ!」

「――――!」

≪深淵の神剣≫の身体に傷がつき、素早くその場を離れる。彼(または彼女)は体勢を立て直しながら、こちらを警戒しているようだった。

「まだまだ!おい神!」

≪任せろ。≪混沌式十六剣術……「虚無」≫!≫

神が俺の身体を操作し、魔力を込めた刃で斬りかかっていく。≪深淵の神剣≫の身体にさらに傷が増え、彼は必死に傷を防ごうとする。

「なぁ、あいつ固くないか!?」

≪もう少しの辛抱だ。スレイプニールの()とやらが始まるまで耐えろ≫

「それいつだよ!ああもう、≪ランダムスチーム≫!」

おなじみの煙を放つと、≪深淵の神剣≫の動きが鈍くなる。どうやら攻撃だけでなく煙も効くようになっているようだ。

「――――!」

≪深淵の神剣≫は苛立っているのか、俺に向かって叫び声を上げた。だらりと下げた剣をこちらに向け、斬りかかろうと歩いてくる。

「……なんかやばそうだな」

≪油断するな。奴はまだ戦う意志があるようだぞ≫

「分かってるって。≪発射≫!」

「――――!?」

奴に向かって矢を放つと、矢が≪深淵の神剣≫の身体に突き刺さる。彼の身体にヒビが入り、甲冑の一部が剥がれる。

「よし、この調子で――」

「――――」

「ん?」

ふと、≪深淵の神剣≫が動きを止めた。彼は虚ろな様子で剣を構え、殺気を放つ。

「煙の効果が切れたか?」

≪……いや、違う。下がれ!≫

突然神がそう言ってきたので、俺はその場から距離を置く。すると、≪深淵の神剣≫の身体が禍々しい何かに包まれ、それに合わせて彼の形が変化していく。甲冑のような姿がより殺意の高い形状になり――頭の部分に黒く大きな瞳が現れた。

「なんだ、あれ……」

≪来るぞ、ユウ!構えろ!≫

神に言われた通り、俺は剣を目の前に構える。――すると目前に≪深淵の神剣≫が現れ、俺目掛けて剣を振るってきた。

「うおっ、やばっ……!」

≪――≪神の守護≫!≫

間一髪。奴の剣を神が代わりに俺の剣で防いだ。≪深淵の神剣≫は素早く飛び退き、こちらの様子を伺っている。

「あっぶな……ありがとな神様」

≪油断するなよ、ユウ。あれが奴の本当の姿だ≫

「てことは、こっからが本番だな……よし!」

俺は剣を構え直し、奴に剣先を向ける。そして剣に魔力を込め――俺は腹の底から叫んだ。

「覚悟しろや、この甲冑野郎ー!」

「――――!」

≪深淵の神剣≫は叫び声に触発されたのか、凄まじいスピードでこちらに向かってくる。俺は神の力を借りながら、奴の攻撃を防いでいった。

「≪ガード≫!≪ガード≫!」

さっき神に覚えさせられた防御魔法を使いながら、≪深淵の神剣≫の攻撃を受け流していく。奴の攻撃スピードはとんでもなく早く、気を抜いてしまえばすぐに斬られてしまいそうである。

≪貴様、何故挑発するようなことを……!≫

「うるせぇ!いつ襲われようが関係ないんだよ!それにこれくらい緊張感があったほうがやる気が出るだろ!?なぁ、≪深淵の神剣≫さんよぉ!」

「――――!」

チンピラみたいな事を言っていると、≪深淵の神剣≫の攻撃がどんどん激しくなっていく。しかし単調な動きになっているため、神の力で簡単に防ぐことができる。そうやって何度か鍔迫り合いを繰り返していると、俺の耳に誰かの声が聞こえてきた。

「少年!準備完了だ!今から≪深淵の神剣≫を弱体化させるぞ!」

声のした方をチラリと見ると、スレイプニールと何人かの人影が建物の上に立っているのが見えた。スレイプニールは≪深淵の神剣≫に手をかざすと、手のひらに魔力を結集させる。それは綺麗な虹色をしていた。

「行くぞ、皆……!≪虹鎖≫!」

スレイプニールの手のひらから虹色の鎖が放たれ、≪深淵の神剣≫に巻き付いていく。それは奴の剣を消滅させ、四肢を拘束し、自由を奪った。≪深淵の神剣≫はうめき声のようなものを上げ、鎖を解こうと暴れ回っている。

「今だ、少年!」

「わ、分かった!行くぞ、神様!」

≪わかっておるわ。その身を我に委ねろ≫

言われた通りに少し力を抜き、神が操作するのを待つ。少し経って、俺の身体にどんどん力が満ちていくのを感じた。

≪よし、ユウよ。準備が出来たぞ≫

「おう、人思いにやっちゃってくれ!」

≪言われなくとも……くらえ、≪深淵の神剣≫よ!≪混沌式十六剣術……「無現」≫!≫

「――――!?」

神の放った一撃が、完全に≪深淵の神剣≫を捉えた。奴の身体に大きな傷跡が生まれ、あちこちが崩壊していく。彼はこちらを見ながら、その禍々しい瞳を忙しなく動かし、叫び声を上げた。

「縺ゅ?√≠縺や?ヲ縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠繝シ!?」

最期の断末魔は言葉にならず、≪深淵の神剣≫は虚空に手を伸ばしたまま消滅した。




 






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