第七十七話 深淵の奥底へ
イヴリプス達の元に辿り着いたスレイプニールは目の前の光景に言葉を失っていた。
「これは……!」
町中の建物があちらこちら崩れており、大量のミラードが辺りを徘徊していた。その中心には、イヴリプスとオリーリヤの姿と……青い甲冑に身を包んだ、禍々しい雰囲気を放つ戦士の姿があった。
「≪深淵の神剣≫……!」
戦士――≪深淵の神剣≫は白銀の剣を振るい、オリーリヤと鍔迫り合う。イヴリプスはオリーリヤと自分が攻撃を受ける前に障壁を生み出し、オリーリヤを支援していた。
「……ベリルは何処だ?」
「あのバカ悪魔は、ミラードの相手をしています。スレイプニール様の指示通り、魔法は使わずに身一つで戦っていることでしょう」
「分かった。ならば計画の通りに動くぞ。ベリルには君から指示をするんだ」
「はい、承知しました!」
銀髪の女性――フェリスはスレイプニールの元を離れ、ミラードが徘徊している所へ向かう。スレイプニールはおもむろにハルバードを取り出すと、≪深淵の神剣≫の元に向かっていった。
「イヴリプス、オリーリヤ!無事か!」
「おやおや、ようやく来たのかい?」
「カッカッカ!遅いぞスレイプニール!もう少しで俺様の左腕がなくなる所だったわ!」
イヴリプスはスレイプニールを見て雰囲気を和らげ、オリーリヤは高笑いをあげながらこれ見よがしに傷だらけの左腕を見せつけた。
「我が神を見つけた。次の計画に移るぞ」
「了解だ!イヴリプス!あそこまで撤退するぞ!」
「はいはい、じゃあ転移魔法を使おうかねぇ」
イヴリプスの手が一瞬光を放つと、オリーリヤとイヴリプスはその場から消えた。後には相手を失った≪深淵の神剣≫と、スレイプニールだけが残る。スレイプニールは手にしているハルバードを構え、≪深淵の神剣≫と対峙する。
「久しいな。こうして君と刃を交えるのは始めてだ」
「――――!」
スレイプニールは旧知の友であるかのように語りかけるが、≪深淵の神剣≫は言葉にならない叫びを上げるだけである。長い封印の中で、彼は既に自我を失っていた。
「一騎当千の実力を持ち、我が神の側近として貢献していた君には、とうとう会えなかったな」
「――――!」
「……今の君と俺は敵同士だ。俺は君を超える……≪深淵の神剣≫!」
広い戦場の中で、二人の戦士の戦いは始まった。
「――――!」
「ぐっ……≪聖魔の一撃≫!」
スレイプニールは≪深淵の神剣≫の攻撃をハルバードで受け流し、魔力を込めた一撃を放つ。深淵の神剣の甲冑が一部崩れ、そしてすぐに元に戻る。
(やはり、俺の力は効かないか。……だが、足を止めることは出来る!)
「≪天馬螺旋≫!」
スレイプニールはハルバードを高速で回転させ、その場に竜巻を起こす。あまりの衝撃に、≪深淵の神剣≫は身動きが取れなくなってしまう。その隙を逃さず、スレイプニールは追撃する。
「≪光鎖≫!」
スレイプニールの魔力で生み出された鎖が≪深淵の神剣≫を拘束する。完全に身動きの取れなくなった彼は、白銀の剣を取り落とした。剣を拾おうと屈もうとするが、それを光の鎖が阻む。
「――――!」
「悪いが、動きは止めさせて貰った」
身動きのとれない≪深淵の神剣≫に、スレイプニールはハルバードで何度も斬りつける。しかし、≪深淵の神剣≫に出来た傷は何度でも塞がり、スレイプニールの体力は奪われていく。
「はぁっ……はぁっ……まだだ、我が神のために、少しでも傷をつけなければ……!」
「――――!」
「何っ、鎖が……!」
スレイプニールの攻撃の途中で、激昂したかのように咆哮した≪深淵の神剣≫が鎖を無理やり引きちぎる。そして素早く剣を拾い、スレイプニールの身体に一閃する。
「ぐあああっ!」
身体に激痛が走り、スレイプニールは斬られた箇所を抑える。身体から流れる血が、地面を赤く染め上げた。≪深淵の神剣≫は虚ろな様子で血で染まった剣を引きずりながら、近づいてくる。
「ぐっ……≪天馬螺旋≫!」
「――――」
スレイプニールは再び竜巻を発生させるが、≪深淵の神剣≫は先程と違って軽々と躱す。そして剣から魔力で出来た斬撃を放ち、竜巻を消した。
「なっ……馬鹿な……!」
「――――!」
≪深淵の神剣≫は再びスレイプニールに近づいていく。白銀の剣が妖しく輝き、おびただしい殺気が彼に向けられる。
「まだ……まだだ……」
スレイプニールは何とか倒れないように身体を支え、≪深淵の神剣≫を鋭く睨む。取り落としそうなハルバードを強く握り、矛先を≪深淵の神剣≫に向ける。
「俺は死ぬわけには行かない……!貴様をここで足止めする役割があるのだからな!」
「――――!」
≪深淵の神剣≫は剣を振るい、あちこちに斬撃を飛ばす。その全てが弧を描き、スレイプニール目掛けて飛んでくる。
「……っ」
スレイプニールは死を覚悟した。世界が酷くゆっくりになり、血を失った影響で身体がふらつき、視界が歪む。スレイプニールは歯を食いしばりながら、力なくハルバードを構えた。斬撃が眼前に迫る。
「ここまで、か……!」
斬撃がスレイプニールの命を刈り取ろうとしたその時――全ての斬撃が消え失せた。
≪無事か、スレイプニール≫
突然聞こえてきた声に振り返る。……そこには、あの剣を持った一人の少年の姿があった。彼の側には自らの神と思われる異形の影が宙に浮いており、スレイプニールを冷静に見据えていた。
「ちょっ、あんた大怪我じゃねえか!おい神、なんとかしろよ!」
≪貴様は回復魔法を習得出来るだろう。それでも使って放っておけ≫
「わ、分かった。えーと、ここをこうして……」
スレイプニールは呆然と少年を見る。……先程協力を拒まれ、逃げたと思われた彼が、何故ここにいるのだろう。
「ほれ、≪ヒーリング≫」
少年の放った回復魔法は、スレイプニールの傷をほんの少しだけ塞いだ。魔力が足りないのか、重傷である傷を癒すには物足りなかったようだ。
「おい、全然回復してるように見えないんだけど。これって大丈夫なのか?」
≪其奴は人間とは違うのだ。これ以上損傷せずに放っておけば勝手に回復する≫
「……お前、なんか冷たくない?」
目の前で繰り広げられる呑気な会話に、スレイプニールは言葉を失った。神が自分の事を冷たくあしらっていることさえ、気にする暇もなかった。
「君が、何故ここに……」
「ん?いや、あんたが言ったんだろ?俺に協力して欲しいって。俺は協力する方を選んだんだから、感謝しろよ?」
≪そういうわけだ。もう貴様は下がっておけ。あとは我らに任せよ≫
スレイプニールはふと、少年の持つ剣に視線を向ける。光沢のある黒をしていた剣が、いつの間にか美しい銀色へと変わっていた。それを見て、スレイプニールは驚愕の表情を浮かべた。
「それは……!まさか、君は既に……!」
「なぁ、あんた。あいつを倒すには、何処を狙えば良いんだ?」
少年はスレイプニールの言葉には答えず、こちらの様子を伺っている≪深淵の神剣≫の方を見ている。それを見て、スレイプニールは追求するのをやめ、代わりに少年の問いに答えた。
「……君のその剣で、奴を斬り続けるだけでいい。しばらくすると、俺の仲間が奴の動きを封じ、弱体化させる。最初は厳しい戦いになるだろうが、とにかく死なないように立ち回るんだ」
「オッケー、分かった」
少年は剣を握り、≪深淵の神剣≫の方へ歩いていく。少年は一度立ち止まってスレイプニールの方を振り向き……笑みを浮かべてみせた。
「なぁ、これから文字通り命を懸けるんだ。それなりの見返り、期待してるぞ?」
スレイプニールは一瞬驚き……少年に笑みを返した。
「……ああ、約束しよう」
その言葉を聞くと、少年はスレイプニールに背を向けて、≪深淵の神剣≫の元へ向かっていった。




