第七十四話 真実は
「……それで、あいつはどこにいるんだ?」
「すぐに見つかるさ。この裏世界は割と狭いからな」
ベリルの問いに答え、俺は辺りを見渡す。俺達が管理している世界と瓜二つの世界――裏世界。天界を離れた俺達は、計画を実行するメンバーでこの場所に来ていた。
「それにしても、無理やりあの剣を持ったやつをここに呼ぶとはなぁ?管理者が規則を破って良いのかよ?」
「ベリル、今は緊急事態ですよ。それに無理やりではありません。スレイプニール様があの剣だけをここに呼び寄せただけのことです。……どういうわけか、持ち主も呼んでしまったようですが」
「ちっ、へぇへぇわかりました。流石大天使様だなー」
「……褒めるなら素直に褒めたらどうです?バカ悪魔」
ベリルとフェリスが睨み合い、視線の間に火花を散らす。俺は二人から目を逸らし、他のメンバーの方を見る。
「久しぶりに裏世界に来たねぇ……最後に来たのはいつだったかねぇ」
「カッカッカ!いつも通りここは辛気臭い所だな!せめて争いの一つでも起これば良いんだがなぁ!」
辺りを薄目で見渡しているイヴリプスの横に、橙色の髪を左側に纏めた少女――オリーリヤがいる。オリーリヤは刃のようになっている左腕を振り回しながら、血走った目で笑い声をあげていた。
「アルジュナがおらんのが残念だ!おったら俺様が喧嘩してやったのになぁ!?」
「おやおや、オリーリヤちゃんは元気だねぇ。お菓子でも食べるかい?」
「カッカッカ!頂くぞイヴリプスよ!」
イヴリプスから受け取った菓子を口の中に放り込み、左腕を振り回すオリーリヤ。――彼女は神の使徒の一人で、この中で一番の若輩者でもある。豪快が服を着て歩いているような性格で、特に戦闘を好んでいる。
「オリーリヤ、菓子を食うのは良いが、計画が始まったら言うことをしっかり聞けよ?」
「了解だスレイプニール!しかし俺様の左腕が疼いてとまらんのだ!少し暴れてもいいか!?」
「駄目だ。何かの間違いで≪深淵の神剣≫が目覚めたらどうする」
「俺様が潰してやる!カッカッカ!」
「はぁ……フェリス、済まないがアレを頼む」
「了解です。オリーリヤさん……大人しくしてくださいっ!」
「ぐはっ!?」
フェリスはオリーリヤの首元に手刀を叩き込んだ。すると彼女は白目を向いて倒れ、気を失う。少し時間が立つと、彼女はゆっくりと起き上がった。
「気分はどうかな、オリーリヤ」
「は、はひ!すみませんスレイプニール様!先程はあたしがご迷惑を……!」
先程とは違い、ビクビクとした様子で謝罪をしてくるオリーリヤ。……彼女は少し特殊な体質で、一つの身体に二つの人格を持っている。一人は豪快な性格のオリーリヤ。もう一人は控えめな性格のオリーリヤ。彼女らは首を強く叩くことで人格が切り替わる。基本は豪快なオリーリヤなので、大人しくさせたい時はよくフェリスやアルジュナに頼んだものだ。
「気にしないでくれ。それより、イヴリプスを見ておいてくれるか?彼女はすぐに何処かに行くからな」
「は、はい!」
オリーリヤはイヴリプスに目を向け、なりを潜める。俺は安心したように息を吐き、辺りを見渡す。
(……ミラードの気配が増えているな。やはり封印が解けかけているのか……しかし、やつの気配は薄い)
≪深淵の神剣≫……それは、かつて我が神に仕えていた騎士に与えられた名前。信仰深く、腕も確かだった彼は、我が神の側近として責務を全うしていた。俺達≪神の使徒≫も彼を信頼し、尊敬もしていた。これから我が神に降り掛かる火の粉を、彼は全て振り払ってくれるのだと……そう信じていた。しかし、彼はある日を境に変わってしまった。我が神に刃を向け、単騎で我が神を封印したのだ。そして神の使徒の大半を殺し、挙句の果てにはこの世界そのものを破壊しようとしていた。……彼が持っていた混沌剣の禍々しい輝きが、今でも忘れられない。同胞を切り裂き、殺し、そして奪ったその剣で、彼はひたすらに同胞殺しをしていたのだ。生き残った俺達はそいつをなんとかして封印し……今に至る。
(今でもやつの目的は分からない。しかし、目覚めてしまえば、今度こそこの世界は終わりだ)
そうなる前に、止めなければならない。神に任されたこの世界を、俺は滅ぼされるわけには行かないのだ。
「皆、今から≪深淵の神剣≫が眠る場所に向かってくれ。俺は剣の持ち主の元へ向かう。道中にミラードが出てくるかもしれないが、魔法は一切使うな」
「マジかよ。じゃあ俺は役立たずだな。道中はお前らに任せるわ」
「いい方法がありますよ。その醜い身体をミラードにぶつければよいのです」
「出来るか!あと醜いとか言うんじゃねぇこのクソ天使が!」
「おやおや、また歩くのかい?体力が持つかねぇ……」
「だ、大丈夫ですよイヴリプス。いざとなったらあたしが運ぶので……」
喧嘩を始めるベリルとフェリス。どこまでも呑気なイヴリプスとおどおどとしたオリーリヤ。昔と変わらない風景に、俺は少しだけ笑みをこぼした。
サオリが幼児退行した。何を言っているのか分からないと思うが俺も何を言っているのか分からない。
「うーん……」
「おにいちゃん、なでて」
「はいはい……あの、サオリ。動けないからちょっとどいてくんない?」
「わかった。ミドラちゃんだきまくらにする」
「ひゃわっ……」
サオリはミドラに抱きつき、胸に顔を埋める。ミドラは戸惑いながらもサオリを撫でる。くすぐったいのか少し顔が赤いが、どうやらさっきので抱きつかれるのは慣れたようだ。
「やわらかい……よくねれそう」
驚くことなかれ、これでサオリはさっきよりマシになったのだ。さっきまでは所構わず突進してくる活発少女だったが、ちょっと冷静になったのか今のサオリに少し近づいた感じになっていた。
≪それで、いつまでここにいるつもりだ?ここにいては、いつミラードに襲われるか分からんぞ≫
「お前がヒビとやらに案内してくれればいいだろ?それに今のサオリを連れて歩くのは難しいし」
≪我がヒビを通すことが出来るのは一人だけだ。そこのミラードは自力で戻る事が出来るだろうが、貴様か小娘のどちらかは取り残される。そうすると自力で戻るのは不可能だ≫
神に先程聞いた、≪ヒビ≫の存在。この世界の出入り口みたいなもので、それが見つかれば、神が元の世界に戻してくれるのだとか。ただし、ヒビを通ることが出来るのは神が宿った依り代……つまり俺の剣を持つ必要があるらしい。それなら二人で剣を持てば良いのではないかと言ってみたが、所持者に与える加護とやらが半減するから危険だと却下された。
「そっか……じゃあやっぱ待機だな。なんか考えつくまでのんびりしてようぜ」
≪その言葉はさっきも言っていたぞ≫
「お前だってさっき同じこと言ったじゃん」
そう、俺と神はもう何度もこの会話を繰り返している。そろそろ打開策の一つくらい思いついたら良いのにとは思っているのだが、全く考えつかない。だからもう堂々巡りの会話を繰り返すしかないのだ。
「何かないか……?」
「……ミドラちゃん、せがたかい。どうやったらそんなにおおきくなれるの?」
「ええと、そうね…………いめちぇん、とか……?」
「いめちぇんにそこまでのかのうせいはない」
「ええっ……!?」
ミドラがショックを受けたような表情になり、しょぼんと頭を下げる。サオリはミドラに抱き着いたまま、あちこちを触っていく。なんだこの光景。
「はぁ……」
俺は力なく、ため息を吐くしかなかった。




