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第七十三話 天才的な妹


――小さい頃、私の世界はお兄ちゃんで満たされていた。ユウと一緒に習い事を受けて、本を読んで、なんかのコンテストに受けたりして……正直辛い日々もあったけど、お兄ちゃんとユウがいたから元気で過ごせた。私が泣いた時は、お兄ちゃんが慰めてくれた。私とユウが何か表彰された時は、自分のことのように喜んでくれた。……でも、私達はお兄ちゃんに何も与えられてない(誕生日に贈り物をすることはあったが)。お兄ちゃんはいつも弱みを見せなかった。私達の前で泣くことはなく、怒ることもなく。お兄ちゃんはいつも笑顔だった。ずっとこの三人でいようと、明るい調子で言うような人だった。……私は、その裏に隠されているものには気づかず――知ろうともしなかった。


「ふぇ、ふえええぇぇん」

「困ったな……」

サオリはもう三十分くらい涙を流している。全く泣き止む様子もなく、ただひたすらに俺に抱きついている。……泣き止ませてあげたいが、どうも話を聞いてくれないみたいだしなぁ……お兄ちゃんもなんか悲しくなってきたよ。

≪……やっとギルドについたか……ここまで連れて来るのは骨が折れたぞ……≫

「え、誰……?」

いきなり聞こえてきた謎の声に、ミドラが戸惑ったように辺りを見渡す。俺も辺りを見渡し、ある一点で視線を止めた。

「サオリ、それって……」

サオリの首元に、俺があげたお守りがあった。それは淡い光を放ち、俺とサオリの間を照らしている。

≪……ん?我が依り代の持ち主ではないか。久しぶりだな。会うのは数カ月ぶりか≫

またもや聞こえた謎の声。それと同時に、お守りの光が強くなる。まさか、今の声って……

「お守りが、喋ってるのか……?」

≪お守り……ああ、そうだった。願いも叶えたことだし、そろそろ貴様の剣に戻らせてもらおう≫

お守りの光が一層強くなり、その光はお守りの元を離れる。それは流れ星のような軌道で、俺の剣に入っていった。

≪ふう、やっと戻る事が出来た。そこの小娘には感謝せねばなるまい≫

「剣に戻った…………あれ、お前もしかして……」

≪我は欲望と虚無の神。こうして貴様と現実で会うのは始めてだな≫

マジかよ、まさか俺の剣に入っているあの神様だったとは。そう言えば最近声聞いてなかったよな。おかしいとは思っていたが、そもそも剣の中にいなかったのか?

「欲望と虚無の神……?」

ミドラが首を傾げながらこちらを見てくる。うん、普通はそんな反応になるよな。俺も始めて喋った時は「どういうこと?」ってなったわ。

≪貴様、ミラードか?……ふむ、さっきのやつとは少し違うようだが……もしやそこの小僧も、ミラードが化けているのか?≫

「いや本物だわ」

≪ふむ、なら、貴様はミラードを手懐けたということか……なかなか面白い事をしているではないか≫

剣は光を放ちながら、べらべらと喋りかけてくる。それに気を取られていると、いつの間にかサオリの泣き声が聞こえなくなっていることに気がついた。抱きついてるサオリを見ると、何故かぐっすりと眠っていた。

「すぅ……すぅ……」

「あれ、いつの間に寝たんだ?」

≪我が眠らせた。あのままでは心を壊してしまっていたからな≫

この剣で本調子に戻ったから出来る芸当だ、と神は付け足す。……心を壊す?サオリが?

「おい、どういうことだよ」

≪この小娘はミラードの精神攻撃を受けた。それがどうも駄目だったようでな。先程までは歩くことも出来なくなっていたのだ≫

「え、精神攻撃?」

神の言葉を聞いて、思い出す。ミラードは心の闇を写す魔物。おそらくサオリは、それに闇を写し取られて、利用されたのだろう。……しかし、サオリに闇なんてあるのだろうか。俺があっちの世界にいた時は、いつも元気にしていたけどな……

≪人は心に闇を抱えるものだ。貴様も、そこの小娘も……例外ではない≫

「……そうなのか」

そう言われて、俺はサオリの方を見る。寝顔はいつもと変わらなかったが、泣き腫らした目と涙の痕が、彼女の心境を物語っていた。……でも、そこまで弱ってしまうようなものがサオリに?

「……わからん」

俺は苦虫を噛み潰したような表情になり、しばらくサオリを見つめていた。


「裏世界?」

≪そうだ。ここは貴様がいた世界の裏側。欲望によって構成された虚無なる世界……まぁともかく、ここは貴様のいた世界ではないということだ≫

サオリが寝ている間、俺は神にこの場所について詳細を尋ねていた。すると、この世界が俺のいたあの世界ではないということが分かった。ちなみにサオリは俺に抱き着くのを止め、今はミドラの膝枕で眠っている。体勢が辛くないか聞いたら、「ユウの妹というなら、私は守る義務があるわ……それに、こんなに可愛らしい子を、地面で寝かせるわけにはいかないもの……」

と言って、嬉々として膝枕をしていた。あ、俺が頼んだわけじゃないですよ?ミドラが勝手にやってたんだ。

「……じゃあ、この世界から早く出ないとな。いつ命の危険が迫ってくるか分からないし」

どうやらさっきのミラードも、ここに生息している魔物らしい。つまりここは奴らの狩場になっているということだ。今いるこのギルドもいつ襲われるか分からない。

≪そうだな。……そういえば貴様は、どうやってこの場所に来た?ここは常人が来れる場所ではないぞ?≫

そこのミラードは例外だが、と神は付け加える。確かに、俺はなんでこの世界にいるのだろうか。何か特別なことをした記憶はないし……

「うーん……ミドラはどうやってここに来たのか分かるか?」

「分からないわ……」

ミドラは首を傾げる。嘘をついてるようにも見えないし、本当に分からないのだろう。なら、お手上げである。

「……んぅ……んぇ?おにいちゃん……?」

思考を繰り広げていると、ミドラの膝枕で寝ていたサオリが目を覚ました。甘えるようにミドラに身体を預けながら、腰回りに器用に抱き着く。

「おにいちゃん、あたたかい……」

「え、ええと……私は、お兄ちゃんじゃないわ……」

「え……?おにいちゃんが、おねぇちゃんになった……?きれい……うつくしい……」

「サオリちゃん、寝ぼけてるとこすまんがお兄ちゃんはこっちだ。そっちはミドラちゃんだよ」

サオリはあろうことかミドラを性転換した俺だと思っているようだ。俺、綺麗とか美しいとか言われたことないんだけど。というかミドラがちょっと羨ましい。

「ミドラちゃん……?あれ、おにいちゃん……どこ?」

「ようやく正気に戻ったか……ほら、お兄ちゃんはこっちだよー」

「おにいちゃん!」

「ぐおっ」

サオリは凄い速さでこっちに向かって来て、抱き着いた。凄まじい速度で俺は胃を圧迫され、変な声が出てしまう。

「おにいちゃん、いっしょにどろだんごつくろ?そしてユウにわたしがかくうえだってしょうめいするの!」

「おお、泥団子か……懐かしいな。でもこのあたりには使えそうな土はないな――」

そこまで言って、俺は会話の違和感に気づいた。サオリが、泥団子……?いや、年齢をどうこうとかは言うつもりはないが、今のサオリがそんな子供っぽい遊びに俺を誘うとは思えない。だってサオリは「運動は出来るけどそれより本読んでたい」とかいうような文学少女だぞ?しかし目の前のサオリは活発な雰囲気を纏っており、目がいつもよりキラキラしている。……少し気になった俺は一つの仮説を立て、サオリに呼びかけてみた。

「サオリは、今何歳なんだ?」

「よんさい」

「…………」

なんとなく予想通りの回答が返ってきて、俺は無言で思考を巡らせる。間違いない、今のサオリは……!

(精神が幼児退行してる!?)

仮説が証明され、俺は頭を抱えることになった。

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