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第七十二話 深淵


漆黒の中で、()は目覚めた。彼の周りには生物どころか光もあらず、彼の姿を明確にするものは何もなかった。彼の中では憎悪が駆け巡り、破壊衝動が奥底から溢れ出てくる。それは、止めることの出来ない彼の()でもあった。やがて、彼は衝動のままに禍々しい剣を振るい始め、ひたすらに空間を切り裂いていった。――それが何をもたらすのか。彼は全く理解せずに剣を振るう。自分が既に壊れていることには気づかずに。


クエストから帰ってきた俺は、フラム達と分かれて一足先に宿屋に戻り、疲れていたのでそのままベットで寝た。ちなみにミドラがついてこようとしたのだが、フラムに止められた上に連れて行かれてしまった。

「ふぁぁ……」

そして翌朝。目が覚めた俺は欠伸をしながら身体を起こす。そのままベットから出て、いつも通り顔を洗おうとして……躓いて転んだ。

「痛っ……うん?」

打った箇所を押さえながら、躓いた場所に目を向ける。そこには、俺の剣が無造作に置いてあった。……おかしいな、昨日ベットの近くに立てかけてたはずなんだが。

(まぁいいや、顔洗いに行こう)

取り敢えず剣を無視し、水を溜めた桶の前に移動する。軽く顔を洗って布で拭き、鏡を使って身だしなみを整える。そして服を着替えて剣とナイフを持ち、お菓子などを懐にしまう。これで朝のルーティン完了。

(さて、ギルドに行くか)

俺はそのまま部屋を出た。


町に出た俺は、ギルドに向かって歩いていた。

(……あれ?人気なさすぎない?)

ふと、違和感を感じた俺は辺りをキョロキョロと見渡す。人一人歩いておらず、不自然な程に物音がしない。普段なら聞こえないはずの自分の足音が、やけに耳に入ってくる。

「なんだこれ、新手のドッキリか?」

「どっきり……?」

「うおっ!?」

背後から聞こえた声に、慌てて振り向く。そこには見覚えのある黒髪少女の姿があった。

「なんだ……ミドラか」

「うん……おはよう、ユウ……」

「いや、おはようなんだけどさ……後ろからいきなり声掛けないでくれる?」

背後にいたのはミドラだった。背丈が俺より高いから、より威圧感があって怖さが増している。なんで俺の周りの奴らは揃いも揃って俺の死角から来るんだ。

「ごめんなさい……気をつけるわ……」

「そうしてくれ。……というか、いつから後ろにいたんだよ」

「ユウが、宿を出た時から……たまたま見かけたから、何をしてるのか気になって……」

そういえば、こいつはフラムと同じ部屋に住むことになったんだよな。ってことは俺を見かけてついてきてもおかしくはないか……いや、普通に声掛けて欲しいんだけど。

「なるほどな。そういや、フラムは一緒にいるのか?」

「え……?ユウは、フラムと一緒じゃないの……?」

「え?いや、俺一人だけど……」

ミドラの言葉に、俺は呆気に取られたような気分になる。……今日はまだフラムに会ってないんだが。

「そうなの……?部屋にいなかったから、出掛けてると思ったのだけれど……」

「一人でクエストにでも行ってるんじゃないか?あいつ朝早いし」

「そうね……多分、そうだと思うわ……」

「よし、じゃあ一緒にギルドに行くか。フラムに会えるかもしれないしな」

「ええ……」

俺達は二人で、再びギルドに向かって歩き出した。


「……おかしい」

ギルドに着いた俺は、思わずそう呟いた。きちんと整えられ、冒険者の一人もいない併設されている酒場。そして受付嬢やギルドの職員がいない受付。あり得ない。基本的にここは誰か人がいるはずなのに。

「これが、ギルド……?」

「いや、違う。ここはもっと活気があったはずだ」

ミドラの言葉を否定し、俺は取り敢えずあちらこちらを探してみる。しかし人の姿はなく、物音一つもしない。

「……!ユウ、何かいるわ……!」

「何か?何かって一体……」

「――生体反応、確認」

警戒したようなミドラの様子に戸惑っていると、俺の目の前に何者かが現れた。そいつは黒い鎧と仮面を身に着けており、不気味な雰囲気を放っている。一目見ただけで、そいつがやばい奴だということが分かった。

()()()の住民ではないと断定。直ちに排除する」

男とも女ともとれない声でそう言うと、そいつは剣を構えてこちらに向かってきた。

「ユウ、危ない……!」

「ミドラ!?」

「≪フレイム……ブレイク≫!」

ミドラが俺の前に立ち、槍で剣を受け止める。ミドラはそのまま力業で剣を弾き、黒い鎧の某は怯んだ様子を見せた。

「≪フレイムバスター≫……!」

ミドラは一歩踏み込み、炎を纏った槍を突き刺す。すると黒い鎧の某は苦悶の声をあげ、崩れ落ちる。ミドラが槍を引き抜くと、そいつは砂のようになって消えていった。

「ふう、なんとかなったわね……」

「助かったよ、ミドラ。もうちょっとで殺される所だった」

「……え、ええ……私にはこれくらいしか出来ないけれど……」

ミドラは顔を赤くし、そっぽを向く。……そういえば、ミドラってフラムをコピーしたんだっけ。今の技はどう見てもフラムのものだし、思ったよりこいつは強いのかもしれない。……性格は正反対だが。

「それにしても、なんだったんだ今のは。あんなの見たことないぞ?」

「あれは……多分ミラードよ……」

「え、ミラード?あいつが?」

さっきのってミラードだったのか。でも誰かに化けてる感じはしなかったよな?喋り方もなんか変だったし……

「私と同じように、本体と一体化した個体だと思うわ……あんな姿は見たことないけれど、あのミラードは斬られてすぐに消えたし……倒して砂になるのはミラードだけだもの……」

ミドラは俺達の仲間になった時、本体と一体化したとか言っていた。本人いわく、ミラードは住処を移す時に分身と一体化し、遠くの距離を密かに移動するのだという。そしてその一体化した個体というのは、通常のミラードより強力なものらしい。分身だけでは、移動出来る距離に制限があるのだとか。

「なるほどつまり……同士討ちさせちまったってことか……」

「別に気にしなくても良いわ……特に思い入れもないもの……それに、私にはユウがいるから……」

ちょっと申し訳なくなったが、それは要らない気遣いだったようだ。だって本人が本当に気にしてなさそうなんだもの。

「……よし、場所を移そう。またミラードに襲われるかもしれん」

「私は、別にここに二人でいても……」

何故かこちらをちらちらと見てくるミドラ。なんでそんなに顔を赤くしてこっちを見ているんだい、お嬢さん。

「そういうわけにもいかないだろ。さっきはどうにかなったが、次は俺が戦うことになるかもしれないだろ?」

さっきの戦いを見て、俺が敵いそうにない敵と言うことが理解できた。神出鬼没かつ人間が目に終えない程のスピード(ミドラは例外)で襲いかかってきたらどうしようもない。ここは場所を移して、体勢を立て直すべきだろう。

「……分かったわ……じゃあ、ユウは私が護衛するわね……」

「そうしてくれると助かるよ」

言うやいなや、ミドラが俺の腕にくっついてきた。あの、腕が締め付けられて痛いんですけど。自分がフラム並の怪力だということを理解しているのかこいつは。

「ミドラ?ちょっと力弱めてくれない?」

「あ、ごめんなさい……こうかしら……」

そうそう、これで程よい感じに……違うそうじゃない。

「俺の腕を掴んだままでどうするんだ。槍使えないだろ?」

「安心して……片手でも、あなたを守ることは出来るわ……」

いや俺が動きにくいんですが。でも、無理やり突っぱねるのもなんか可哀想だな……どうしたもんか。俺がそんな風に思考を巡らせていると――ギルドのドアが開いた。

「え?」

思わず顔を向けてしまう。横目で見ると、ミドラも俺と同じ方向を見ているのが見えた。ドアの所には人影が一つ見えるが、光が差しているのか逆光になっていて顔が見えない。俺達はどちらからともなく足を動かし、人影の元へ向かっていく。近づくにつれ、それが少女であるということが分かってきた。ミラードかもしれないので、俺は警戒しながら声をかける。

「お、おい」

「…………」

声を掛けても少女は無反応。俺はミラードかどうかを判断するためにミドラの方を見る。俺の意志を汲み取ってくれたのか、ミドラは首を横に振って少女がミラードでないことを教えてくれた。警戒心を少し解き、もう一度近づいて声をかける。

「あんたは一体――――え?」

「…………?おにい、ちゃん?」

俺は喋るのを止めた。何故なら目の前にいたのは、長く綺麗な黒髪を後ろに結んだ、見覚えのありすぎる美少女……サオリだったのだから。

「えっ、サオリ!?なんでここに……あれ、ていうか今お兄ちゃんって……」

「おにいちゃん、なの?」

「ああ、お兄ちゃんだ。元気にしてたか――」

俺は少し嬉しくなり、サオリの顔を見て……()()()()()()。……サオリはいつも通り無表情で感情の起伏が少ない。……しかし、瞳が……()()()()()()()()()()()

「おにいちゃん……あえて、うれしい」

サオリは抑揚のない声でそう言って、俺に抱き着いてきた。抱き着く力は弱々しく、今にも倒れてしまいそうな程に、荒い息を吐いている。

「サオリ、どうしたんだ……?病気か?それとも怪我でもしたのか!?」

「うぐっ、ぐすっ……おにい……ちゃん……」

サオリの涙が俺の服を濡らす。俺の声など耳も貸さず、俺に抱きついて離れない。サオリの表情を覗き込むと、泣いているはずなのに、不気味な程に無表情だった。

「おにいちゃん……ごめんなさい……わたし、おにいちゃんを……う、ううっ」

「お、落ち着けサオリ。何を謝ってるんだ、俺は何もされてないぞ」

「ふうぅ……うえぇぇぇぇぇん」

「サオリ……」

ひたすら泣き続けるサオリに、俺は声を掛けることも出来なくなった。

 



  








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