間幕 天使の思惑
天界に存在する、厳かな雰囲気の神殿。かつて我が神を祀っていたその場所に今、俺はとある者達を集めていた。
「皆、よく集まってくれた。旧知の仲である君達に会えて嬉しく思う」
「恐縮です、スレイプニール様」
俺の言葉に、恭しく礼をする者が一人。純白の翼と銀髪を持ち、神々しい雰囲気を放つ彼女の名はフェリス。天使の中でも特別な役割を持っている彼女は、俺の招集に真っ先に応じてくれた。
「おい、フェリス!早くこの鎖を解きやがれ!」
そんな彼女の足元でじたばたと暴れるのは、欲望の大悪魔であるベリル。鎖によってその異形の身体を拘束されている彼は、自らを拘束した犯人であるフェリスに解放を訴えていた。
「あなたには、天界の規則を破ったことによりしばらく身柄を拘束すると、私は申したはずですが?」
「ちっ、このクソ天使が!俺もスレイプニールに呼ばれてんだよ!戦いだったらどうすんだよ、身動き取れねぇだろうが!」
「……わかりました、拘束は解きます。ですが首輪はつけたままですよ。何か変なことしたらその首輪で浄化しますからね」
「クソ天使がぁ……!」
「……その言葉、そっくりそのまま返しますよ、バカ悪魔」
フェリスとベリルはひとしきり口論をすると、互いにそっぽを向いて無言になった。……一つ補足をしておくと、フェリスとベリルはただ仲が悪いから口論をしている訳では無い。彼女があそこまでベリルに厳しいのは、彼女がベリルの担当天使だからだ。基本的に、ベリル達悪魔というのは天界の管理する≪監獄≫に収監されており、普通であれば天界に来ることは出来ない。しかし、欲望の大悪魔であるベリルはその強大な力により、≪監獄≫を出て、天界に来ることが可能でなのだ。そのため、その監視役として強力な天使をつけることにした。それがフェリスである。秩序の大天使である彼女は、欲望の大悪魔と同等の力を持ち、その力を相殺することが出来る。彼女が持っている特別な役割というのがそれだ。
「よし、喧嘩したままで良いから聞いてくれ。今日は君達に伝えておきたい事があるんだ」
「おやおや……一体なんでしょうねぇ。美味しいお茶でも淹れてくれるのかねぇ」
俺が真剣な様子で話を切り出すと、目の前で椅子に座っている緑髪の女性が呑気な事を言う。彼女の名はイヴリプス。尖った耳が特徴的な≪エルフ≫で、俺と同じ、≪神の使徒≫でもある存在だ。年は千を越えており、少しボケてしまっているのが玉に瑕だが、やる時はやってくれる頼もしい存在だ。
「違いますよ、イヴリプスさん。お茶だったら私が淹れますので、話を聞いていてください」
「おや、すまないねぇ」
イヴリプスはフェリスからお茶を淹れた湯呑みを渡され、ゆっくりと茶を飲みだした。仲睦まじい同年代の友達が会話しているように見えるが、実際は孫と祖母のような会話をしているだけである。
「話を戻すぞ。今日集まってもらったのは他でもない……≪深淵の神剣≫に関する話だ」
「「!」」
「おやおや」
俺の言った単語に、ベリルとフェリスは驚愕の表情を浮かべ、イヴリプスは呑気な相槌を打つ。俺は話を続ける。
「少し前から、この世界に異変が訪れ始めている。魔物の大量発生、異界への干渉、そしてミラード……裏世界との繋がりが強まってしまっているんだ」
「……ミラードか。あいつら、まだ生きてやがったのかよ」
ベリルは忌々しげに顔を歪める。それも当然だ。……ミラードは、俺達にとって宿敵のような存在だからな。
「そこで、≪深淵の神剣≫が封じてある所を調べてみた結果……やつの封印が、三割ほど解けてしまっていることが判明した」
「裏世界への繋がり……確かに、伝承にもありますね」
フェリスは話を聞きながら、冷静に分析している。……彼女にとって、奴は伝承上の存在だ。実際に奴に会ったことがあるのは、俺達≪神の使徒≫と……我が神だけである。
「封印が解けかけているのなら、また封印を掛けたら良いんじゃないかい?」
「そう簡単にはいかないんだ、イヴリプス。奴を封印するには、我が神の力が必須……そして、俺達、≪神の使徒≫が揃わないと不可能だと知っているだろう?」
「おや、そうだったかねぇ……」
イヴリプスは首を傾げながら、自分の記憶を探り始める。俺はイヴリプスから目を逸らし、三人に呼びかけた。
「もし≪深淵の神剣≫の封印が完全に解けてしまえば……この世界は今度こそ滅んでしまうだろう。そうなる前に、俺達にはやらなくちゃいけないことがある」
俺は脳裏に、あの少年の姿を思い浮かべる。俺の計画の鍵となる彼の事を。緊迫した雰囲気の中、俺は自らの計画を述べた。
「――≪深淵の神剣≫を完全に殺す……そのために、封じられた我が神|を探すのだ」
≪ほぇー、今そっちはそんな事になってるんだね。僕も見に行きたかったな……≫
神殿の中に、高い声が響く。彼女の姿は陽炎のように揺らめいており、目の下には深いクマが出来ている。
「アルジュナさん、なんだかやつれていませんか?というか何故幻影魔法を……」
≪えっと、ちょっとヘマしちゃってさ。今いる場所から出られないっていうか……≫
彼女――アルジュナはフェリスから目を逸らす。
「アルジュナ、≪神の使徒≫である君が一体どうしたんだ?君なら、変装や爆発騒ぎを起こせばどんな所からも抜け出せるはずだろう」
≪あー……うん、ソウダネー……あっ、申し訳ありません、マルベリー様。今大事な会合中でして……え、あと三分で済ませろって……は、はい!承知しました!≫
アルジュナは突然あらぬ方向を向いて、ペコペコと頭を下げる。若干瞳が虚ろになっているような気がするが、誰も指摘はしなかった。
≪というわけで、僕は君達に力を貸すことが出来なくなったから!あとは任せたよ!あ、オリーリヤによろしく言っておいて!≫
アルジュナはそれだけ言うと、そのまま姿を消した。
「……あいつ、なんかあったのか?」
「顔、やつれてましたよね……もしかして体調がよくないんじゃないですか?」
「……まぁ、いざとなったらアルジュナの元に天使を派遣すれば良い。今はオリーリヤの方を何とかしよう」
ベリルとフェリスは、スレイプニールの言葉に頷いた。
時同じくして、魔族の集落では……
「おい新人!いつまで休憩してんだ!今日は宴の準備で忙しいって言ってんだろ!」
「す、すみません!」
「今日の宴は特別なやつだからな!失敗出来ねぇぞ!分かったらとっとと厨房にいけ!」
「はい、ただいま!」
……マルベリーの配下となったアルジュナが、上司の魔族達にこき使われていた。




