第六十七話 写し出される闇
「ねぇ、神様」
≪ん?我のことか?≫
見慣れない町を歩きながら、私は神に話しかけた。お守りが光を放ち、脳内に声が聞こえてくる。
「ここ、本当にお兄ちゃんがいる世界?」
さっきから人を一人も見かけない。場所だって前来た場所とは違う所だし、そもそもお兄ちゃんの気配がない。私の疑問に、神は悩ましげな声をあげる。
≪うーむ、我は正しい世界を繋げたはずなのだが……もしかしたら、裏の世界に来てしまったのかもしれん≫
「裏の世界?」
≪左様。世界は基本的に、二つに分かれている。一つは生命体が存在する世界、もう一つは闇が存在する世界だ。闇が存在する世界は、裏の世界とも呼ばれている≫
「闇……」
≪闇は生命体の裏側。秘められし願いの塊である。それが存在することによって、生命体は存在を維持できるのだ。要するに、欲望から生まれた世界が裏の世界ということになる≫
「つまり、お兄ちゃんはここにいないってこと?」
≪そういうことになるかもしれんな≫
私は思わず地面にへたり込んだ。やっと足がかりが出来たと思ったらこれである。どっと疲れが押し寄せて来た。
≪まぁ落ち込むな。――全てを無駄だと判断するには、まだ早い≫
「え?」
≪顔をあげてみよ≫
言われるがままに顔をあげる。すると、目の前に見覚えのある人影が見えた。ん?あれって……
「お兄ちゃん!?」
それはお兄ちゃんに瓜二つの人影だった。人影はこちらを振り返らず、そのまま進んでいく。
「っ、待って……!」
私はお兄ちゃんらしき人影に向かって走っていった。
「緊急クエストです!腕の立つ冒険者方々は、至急受付付近にお集まりください!」
翌日。ギルドで暇を潰していると、受付嬢さんの呼びかけが耳に入ってきた。いつもとは違う切羽詰まったような雰囲気に、少し緊張感を感じてしまう。……まぁ別に俺には関係ないけど。だって俺弱いし。
「ユウ、何ぼーっとしてるのよ」
「っ!?……なんだ、フラムか」
びっくりした。なんでこいつはいつも急に声を掛けてくるんだ。俺を驚かせる遊びでもしているのだろうか。
「何か用か?俺は忙しいんだが」
「さっきまで上の空で天井見てた人の何が忙しいのよ。ほら、緊急クエストよ?一緒に行きましょう?」
「……お前話聞いてたか?腕の立つ冒険者に集まって欲しいって言ってただろ?俺はまだレベル20台だから無理だと思うぞ」
「この私と一緒にいるんだから大丈夫よ。ほら、こっちに来なさい」
そう言って、フラムは半ば無理やりに俺の腕を掴む。……俺、やることあるんだけどなぁ……
「……ここが、異変が起きたっていう遺跡ね」
無理やり緊急クエストに参加させられた俺は、町の近くにある遺跡に来ていた。周りには他の冒険者が何人かいて、ちらほらと受付嬢の姿も見える。
「何かボロボロだな。こんな所に魔物なんているのか?」
「?お主にはこの魔物の気配が感じ取れんのか?」
俺の隣に立つシオン――偶然クエストに参加していた――がそんな超人じみた事を言う。俺には何にも感じないが、魔物研究者のシオンが言うのだから多分正しいのだろう。
「冒険者の皆さん!クエストの内容を説明するので、私達の近くにお集まりください!」
そんな事を考えていると、受付嬢の一人が他の冒険者達に呼びかけた。それを聞いて、俺達も受付嬢の元へ。
「これで全員ですね。それでは、説明を始めさせて頂きます。今回のクエストは、魔物が大量発生した遺跡での掃討作戦となります。冒険者の皆さんには、パーティーごとに分かれ、それぞれ魔物を討伐してもらいます。魔物がいなくなったかどうかは、こちらの装置で判別し、随時皆さんにお伝えいたしますので」
受付嬢は近くにある大きな機械のようなものを手で示した。他の冒険者達を見てみると、真剣な表情で話を聞いていたり、退屈そうに欠伸をしている人がいたりした。
「それでは、クエストを開始します!準備の出来た方々から、遺跡の方へ向かってください!」
受付嬢の言葉と同時に、冒険者達は準備を始めた。
「おお……思ったより広いな」
遺跡に入った俺達は、件の魔物を探すために辺りを歩いていた。遺跡の中は思ったより広く、思わずあちこち見渡してしまう。ちなみに他の冒険者達は、俺達とは別の方向を歩いている。
「ふわぁ……」
「ちょっと、何欠伸してるのよ。魔物が彷徨いているんだから、もっと気を引き締めなさい」
欠伸をしてるとフラムに怒られた。しょうがないじゃない、寝不足なんだもの。
「うーん、魔物はもっと奥にいるようじゃな。儂らの歩いている所は、ちょうど魔物がいない場所のようじゃ」
先を歩いているシオンが冷静に分析する。なんでもシオンは魔物の気配を感じ取れるようなので、先を歩いてもらっているのだ。……しかし、俺達緊張感無さすぎじゃないか?
「……なんか、獣の咆哮みたいなのが聞こえるんだけど」
「それは他の冒険者が戦っている魔物じゃな。お、今のはフロストヘッジホッグの鳴き声じゃのう」
気配というか、こいつ地獄耳なんじゃないだろうか。あとフロストヘッジホッグってなんだよ。
「……なんだか退屈ね。もっとそこらかしこに魔物がいると思っていたのだけど」
「一カ所に集まっているのかもしれんな。それか儂らが歩いている所にたまたまいないだけなのか……」
「どっちでも良いから、早く終わらせて帰ろうぜ」
考察モードに入ったシオンにそう言うと、シオンはすぐに我に返った。そこからは特に何もなく、俺達は目的地を目指して歩き続けた。――すると、少し開けた場所に出た。
「急に広くなったな」
「何もいないわね。まだ奥の方に進めばいいのかしら」
俺とフラムが呑気に喋っていると、シオンは警戒したように足を止めた。
「いや、目的地はここのようじゃ。二人共、気をつけろ」
シオンがそう言うと、突然、辺りの雰囲気が変わった。殺気のようなものを感じて、俺とフラムは武器に手を掛ける。――次の瞬間、何者かが飛び出してきた。
「≪フレイムバスター≫!」
それに合わせて、フラムが炎を纏った槍を振るう。何かが当たったような音が聞こえると、それはさっと身を引いた。
「いやー、凄いなぁ。俺の攻撃を受けるなんて」
聞こえてきたのは、何処か聞き覚えのある声だった。それに続いて、またも声が聞こえてくる。
「なかなかに手強そうね……私なんかが勝てるかしら」
「…………弱気になるな。勝てぬ道理はない」
さっきとは違う二人の声が聞こえると、目の前に何者かの姿が現れた。――それを見て、俺達は言葉を失った。
「……俺?」
「そう、御名答!俺の名前はユウ!そんで、こっちの暗そうなのはフラムで、剣を持ってる怖い奴がシオンね!」
「「私(儂)!?」」
そう、目の前にいる某……俺達の目の前にいる三人は、俺達に瓜二つの見た目をしていた。
「暗そう……私にはお似合いの言葉だわ」
「……ふん、怖い奴、か。その言葉、お主にそっくりそのまま返してやる」
フラムにそっくりな奴は眉尻を下げながら縮こまり、シオンにそっくりな奴は俺のそっくりさんを睨んでいた。……なんだか変な感じがする。
「お前、本当に俺なのか?」
「正確には違うね。俺は君の心の闇。君が抱えている暗ーい気持ちが、俺を生み出したんだよ」
「心の闇……まさかお主ら、ミラードか!」
俺のそっくりさんの言葉に、シオンが驚いたように声をあげる。ミラードと呼ばれた俺二号は、クスッと笑みを浮かべた。
「詳しいね?流石はシオンのオリジナルだ。こっちのシオンとは大違いだよ」
「……敵の名など、覚えておく必要はない」
俺二号……ミラードは、シオンのそっくりさんを落としながらシオンを褒める。それを見て、シオンのそっくりさんは、そっぽを向いてしまった。
「なぁシオン、ミラードって何だ?」
「ミラードは鏡の形をした魔物じゃ。本体の鏡に映ったものの心の闇を写し出し、そいつに本体を守らせる。また、写し出した人間があまりにも元の人間と、同じような動きをすることから、単独では倒すことが不可能な魔物とも言われておる」
「その通り!ということで、俺達は敵同士だよ!なるべく苦しまないように殺してあげる!」
俺二号……ミラードは、先程とは態度を豹変させ、襲いかかってきた!




