第六十五話 超人姉弟の弟
アオイさんが魔法を使った後、俺達は四人で馬車に乗っていた。
「先輩、本当にナギは隣町にいるんですか?」
「間違いありません。馬車が進むにつれて、魔法の反応が強くなっていますから」
アオイさんの魔法が示したのは、この前に行った隣町だった。正直、もっと遠出するのを覚悟していたのだが、案外近かったので拍子抜けである。ちなみにアオイさん曰く、魔法を使った対象に近づくとあの線が濃く見えるのだとか。ガルムさん、よくそんな魔法から逃げれてるよな。今度どうやって逃げてるのか聞いてみよう。俺はアオイさんから目を逸らし、隣にいるレーヴィの方を見る。
「……なぁ、レーヴィ」
「なんでしょうか、ユウ様」
「その……なんか近くない?」
馬車は四人乗りで、席の片側に二人、もう片方に二人座れるようになっている。俺はレーヴィに隣に座って欲しいと言われて、隣に座っているのだが……レーヴィがめっちゃ近い。なんかじっと見てくるし。
「そうでしょうか?そんな事はないと思いますけれど……」
「おい、今身体寄せただろ」
身体が触れ合うくらいの距離になり、俺の足にレーヴィの足が当たっている感触がある。この絵面、非常に危うい気がするんだけど。一歩間違えたら不審者として通報されちゃうんだけど。
「あの、アオイさん」
「…………リエさん、弟さんってどんな人なんですか?」
「え?え、ええと……顔が可愛くて、ちょっと小柄で……」
アオイさんに助けを求めようとしたら、なんか無視された。あからさまに目逸らしてるし。
「あ、見てください、ユウ様。マンティコアの番ですよ」
「ちょっ、レーヴィ」
レーヴィはとうとう腕を組んできた。流石に手を退けようとするが、びくともしない。これはやばい。俺を見ているリエの視線が痛い。あれは不審者をみる目だ。
「どうかしましたか、ユウ様?」
「……いや、何でもない」
俺は無心になることにした。俺は木。だからリエの視線など気にならない……はずだ。
それからなんやかんやあって、俺達は隣町に着いた。レーヴィは流石に大衆の前で腕を組むのは恥ずかしいのか、手を離してくれた。とても名残惜しそうにしていたのが印象的であった。
「……一つ、気になるんだが」
ナギを探しに歩いていると、隣を歩いているリエから声をかけられた。相変わらずの冷徹な視線と口調だが、コミュニケーションくらいはしてくれるようだ。
「レーヴィは何故、ユウをそんなに慕っているんだ?」
「なんでだろうな……」
「……分からないのか?」
「逆になんでだと思う?」
「質問を質問で返すな」
怒られてしまった。……確かにな。今まで若干触れないようにしてたけど、何故レーヴィは俺を慕ってくれるのだろう。俺にはああなる前のレーヴィの記憶しかないんだが……と、俺が考えていると、俺の隣を歩いていたレーヴィが会話に入ってきた。
「リエ様、それはですね…………愛です」
「「え?」」
俺とリエの声が重なる。一体何を言い出すんだこの子は?
「かつてわたしは、グラスイーターの心臓になったことがあります。魔物にされ、望まぬ戦いを強いられたわたしは、あのまま死ぬと思っていました」
……あったな、そんな事も。あの時の事は結構印象に残っているので覚えている。確かあの後、グラスイーターの心臓になったレーヴィをなんとか助け出し、フラムと仲直りしたんだよな。
「しかし、ユウ様はそんなわたしを救ってくださったのです。わたしに生きる意味を与え、元の姿に戻るきっかけになったユウ様の言葉。一言一句覚えていますわ」
……そんな事あったか?全く記憶にないんだけど。でも、レーヴィが嘘をついている様子はないしなぁ……
「そして、わたしは決めたのです。残りの人生は、全てこの人に捧げようと。あ、もちろん私の愛情も」
「「…………」」
俺とリエは互いに無言になった。なんだこの年不相応すぎる十一歳は。こんな堂々と告白じみた行動が出来るものだろうか。俺なら出来ない。……というか、こうも真っ直ぐ愛だのなんだのと言われると、少し照れるな。真正面からの好意には慣れてないんだよ。
「その……なんというか……立派な志だな」
「ありがとうございます。褒めていただき光栄ですわ」
リエが気まずそうに視線を逸らしている。わかるぞ、眩しすぎて直視出来ないよな。うん。
「あら。ユウ様、少し顔が赤いですよ?どうか致しましたか?」
「い、いや!?何も!?」
やだ何この美少女。なんかもう凛々しく見えるんだけど。声が上擦ったんだけど。俺は少し話題を逸らそうと、アオイさんに話を振る。
「アオイさん!ナギは何処にいるんですかね!?」
「んー……もう少しだと思うんですけど……おや、どうしたんですか、ユウさん?顔がリンゴみたいになってますよ?」
そこまで赤くなってない。……ないよな?多分。
「今はそれはいいんです。ほら、リエ?お前もナギの場所が気になるよな?」
「……まぁ、そうだな」
なんだろう、とても気を遣われている気がする。おい、哀れみの視線を向けるんじゃない。こっちはさっきので手一杯なんだぞ。
「……うーん、大分近いんですけど……なんか阻害されているような感じがします」
「え?どういう事ですか、アオイさん?」
「魔法が歪められているというか……凄く近づいてはいるんですけど、あと一歩足りないってところですね」
急に分かりやすくなった。
「あ、こっちですこっち!皆さんついてきてください!」
いきなり走り出したアオイさんに、俺達はついて行った。
やがて、俺達はある場所に辿り着いた。
「ここって……」
「シェリィちゃんの鍛冶屋ですね。どうやら弟さんはここにいるみたいです」
俺の目の前にあるのは、この前にアオイさんとシオンと行った鍛冶屋だった。見ると、魔法でできた線が見事にここに繋がっている。
「……ナギ!」
俺達が鍛冶屋の前で足を止めていると、リエが焦ったように扉に手を掛けた。すんなりと開いた扉から、リエは中に入っていく。
「お、おい!リエ!」
それに続いて、俺達も素早く鍛冶屋の中へ。中に入ると、そこには件の人物がいた。
「あれ、リエだ〜なんでここにいるの〜?」
ゆったりとした喋り方に、一際目立つ桃色の髪。俺達が探していた川崎ナギの姿だ。
「ナギを探しに来たんだ。急にあんな書き置きを残して消えるなんて……不安になるだろう」
「え〜、でもリエなら大丈夫かなって思って〜」
「そういう問題じゃない!久しぶりに宿屋に戻ったら、ナギがいなくて……そこから一週間一人寂しく過ごしていたんだぞ!」
……気の毒に。自業自得と言えばそうなのだが、流石に少し可哀想になってきた。
「そっか〜……でも僕もずっと一人だったんだよ〜?」
「……っ!」
「嘘つけ。お前ちょっと前まで俺に付き纏ってたじゃねぇか」
「!?」
俺の言葉に、リエがぐるりと首をこっちに向けた。ちょっと目が怖い。……リエが捕まったあの日から、ナギは何度も食堂で絡んできたのだ。俺の剣を調べさせてだのおすすめのパンケーキを教えろだの、うざいくらいに絡んできた。しばらくすると、飽きてしまったのか全く来なくなったが。
「……君、それ今言うかな〜?」
「おい、どういうことだ……?」
やだ怖いこいつら。俺を見る目が完全に人を殺す目をしている。変なことに巻き込まれた意趣返しに少しからかってやろうとしたのだが、早まった気がする。
「お、俺は変なことはしてないぞ!ナギが勝手に絡んできただけだ!」
「ほう……?本当か、ナギ?」
「うん、そうだよ〜。まぁ、変なことはしてないから〜」
「……なら、別にいい」
良かった、どうやら矛を収めてくれたようだ。……リエめっちゃ睨んでくるじゃん。後でボコボコにされそうだな。
「あ、君。商品詰め終わったわよ……あら、アオイじゃない。それにユウまで。あとそっちの子は……」
「レーヴィと申しますわ」
「レーヴィね。わたしはシェリィよ。……それで、あなた達はどうしてわたしの店に来たの?」
「えっと……こちらのリエさんの弟さんを探しに来たんです。私の探知魔法がこの場所を示したので」
「アオイ、まだあの魔法使ってるの?あれはアカギに禁止されてたじゃない」
「うっ……ま、まぁ良いじゃないですかそんな事!」
……あの魔法、アカギさんに禁止されてたのか。理由はなんとなく想像がつくが、アオイさんはそこまでしてリエの力になりたかったのだろう。かっこいいとは思うが、動機が同族を救いたかったからというのを考えると、そこまでかっこよくはない。閑話休題。
「おっと、商品を渡すのを忘れてたわね。はい、どうぞ」
「ありがとうございます〜」
「じゃあわたしはこれで。これからもご贔屓にしてね」
シェリィさんはナギに箱のようなものを渡すと、店の奥の方に戻っていった。そのやりとりを見ていたリエは、訝しげにナギの方を見る。
「ナギ……?なんだそれは」
「これはね〜……リエへのプレゼントだよ〜」
「えっ」
ナギの言葉に、リエは虚を突かれたような反応をした。ナギは持っている箱をリエに手渡すと、リエは啞然とした顔で箱を見つめる。
「あ。開けるのは店の外でしよっか〜」
ナギは固まって動かなくなったリエの手を掴むと、外に引きずっていった。




