間幕 ##、復活
「うーん……」
部屋のベッドの上で、私は唸り声をあげていた。――理由は、数日前のあの出来事である。
(ユウは……お兄ちゃんの事を忘れている)
私の同い年の兄、ユウは、十数年を共にした義理の兄の事を忘れていた。それだけではなく、お兄ちゃんに関わるものの全てがなかったものとされていた。最初は信じることが出来なかったが、月日を重ねることに、その信憑性は増していった。例えば、ユウの友達のミツキさんは、ユウから聞いているはずの兄の存在を忘れていた。母さんは……兄を話題に出すことはなく、時々癇癪を起こすことも少なくなった。父さんはどうか分からないが、ユウの様子を見るに、ほぼ同じようになっていると推測している。お兄ちゃんの学校は……流石に調べられなかった。
「サオリちゃん、ぼーっとしてどうしたの?何か悩み事?」
「……何でもない」
「サオリ、何でさっきから僕のベッドで寝てるのさ。せっかく名田さんとカイトが来てるんだからこっちで遊ぼうよ」
ユウにそう言われて、私は首だけをそっちの方に向ける。今私がいるのはユウの部屋。ユウが家でミツキさん達と遊ぶらしいので、せっかくだからとユウに呼ばれたのだ。
「……さっきから私が勝ってばっかりで、面白くない」
「そんな事言わないの。ほら、もうちょっとでババ抜き終わるから」
「……ユウ、それは俺が負けるってことか?」
ユウの向かい側から、整った顔立ちの男……暁カイトが複雑そうな表情を浮かべている。先程からこの二人は、ババ抜きの三位を巡ってカードを引いたり引かれたりしている。多分もう二十分くらいやってる。
「ミツキさん、一緒に寝る?」
「ええ!?そ、そこってユウ君のベッドじゃ……」
「問題ない。ユウは今カイトさんの方を見ている。ちょっとくらいバレない」
「全然ちょっとじゃないよ!?」
そうやってミツキさんと小声で話していると、ユウの嬉しそうな声が聞こえた。
「やった!勝った!」
「くそ、また俺の負けか……」
さっきからカイトさんはずっとトランプで負けてばかりだ。ちなみに私は全ゲーム一抜けである。どやっ。
「じゃあ次は何する?」
「取り敢えずトランプは無しだな。お前がいたら絶対負けるから」
「そう?じゃあ…………あれ、名田さん?顔赤いけどどうしたの?」
「だ、大丈夫大丈夫!次のゲームやろっか!」
ミツキさんが顔を赤くしながらユウにそう促すと、ユウはカイトと一緒に次のゲームを選び出した。……なんだろう、ミツキさんの心の内を知っている私から見ると、ユウってやっぱり鈍感系なのだろうか。……ミツキさんには、是非頑張って欲しい。
「カイト、テレビゲームとかどう?皆で遊べるやつあるし」
「うーん、多分何でもいいんじゃね?……それよりお前、さっきのはないだろ。そんなだからサオリちゃんに飽きられるんだぞ」
「いきなり酷くない!?さっきのって何さ!?」
……もしかして、カイトさんもミツキさんの気持ちを知っているのだろうか。これだけのお膳立てがされてるのに、ユウはまだ攻略出来ていないようだ……ちょっとミツキさんが可哀想になってくる。
「……ミツキさん、なんでも相談して。力になる」
「え?あ、ありがとう……」
私の横になりながらの言葉に、ミツキさんは困惑気味に頷いた。
帰り道。ユウに見送られて家を出た私は、ミツキさんと二人歩いていた。
「楽しかったね、サオリちゃん」
「うん。友達と遊ぶなんて初めて。ゲームでも圧勝出来た」
「サオリちゃんってゲーム上手いんだね。私もそれくらい上手になりたいな」
ミツキさんはそう言いながら笑いかける。……綺麗な笑顔。ユウにもこの笑顔を見せれば、イチコロだと思う。
「ミツキさんも上手。自信を持って」
「ありがとう。それにしても、ユウ君の家にお邪魔する時が来るなんて思わなかったよ……わ、私何処か変じゃなかった?」
「大丈夫。いつも通り」
「良かったぁ……正直結構緊張してたんだよね……」
ミツキさんは胸をなで下ろした。意外だ。いつも落ち着いている様子なのに。やっぱりユウの前だと緊張してしまうのだろう。なんだか可愛らしい印象を受けた。
「……あれ?サオリちゃん、それは何?」
「……?ああ、これの事?」
私はミツキさんが指を指したもの……首から下げたお守りを見る。上着で隠れていたと思うのだが、どうやらお守りの紐が見えていたようだ。
「これは私の宝物。命と同じくらい大切なもの」
「そうなんだ。とっても綺麗だね……」
「流石ミツキさん。よく分かってる」
ミツキさんは優しい表情でそう言った。お兄ちゃんから貰ったお守り。異世界に転生したお兄ちゃんに私達が上げた、私達の宝物。
「…………」
「……サオリちゃん?どうかしたの?」
「はっ……何でもない」
いけない。ついお兄ちゃんの事を思い出してしまった。やっぱりお兄ちゃんがいなかった事になっているというのは……寂しい。つい表情にも出てしまう。
「よしよし……」
「え、ミツキさん……?」
突然、ミツキさんが頭を撫でてきた。何事かと思って彼女を見てみると、彼女は先程の優しい表情のままだった。
「あ、ごめんね?親戚の従姉妹が落ち込んでる時に似てたから……つい」
「いや、大丈夫……」
……驚いた。どれだけ良い人なんだろうこの人は。一体どんな環境で育ったら、こんな聖人が生まれるのか。
「……お姉、ちゃん……」
「え、サオリちゃん!?」
思わず口から出た言葉に、ミツキさんが目を丸くして驚いていた。
「ふぅ……ただいま」
私が家に帰った時、既に空は赤く染まっていた。……なんとか日暮れ前に帰ってこれたようだ。母さんが今日は帰ってこないとはいえ、警戒するに越したことはない。いつ部屋に入られるか分からない。その時にお兄ちゃんグッズが見つかったら大変だ。父さんの方ならともかく、母さんはそういうのに厳しいから捨ててしまう。
「……お腹すいた」
時刻はそろそろ夕飯時だろうか。空腹を感じ始めた私は、部屋に戻って鞄を置くと、そのまま台所へ。冷蔵庫を開けると惣菜やら何やらが入っていたので適当に取る。それらをレンジで温め、食卓に座って食べた。母さんは父さんと同じく働いているため、よく惣菜などを買って冷蔵庫に入れてくれる。ちなみに料理は出来ないらしく、父さんの方が上手なのだとか。
「……ごちそうさま」
食事を終え、ゴミを片付ける。そのままの勢いで部屋に向かい、自分のベッドに寝転んだ。
「疲れた……」
……二人が離婚する前は、こんな生活ではなかったのだが。一人寂しくご飯を食べ、家で暇を潰して過ごすような事もなかった。だってお兄ちゃんとユウが家にいてくれたから。
「…………」
こうして考えると、お兄ちゃんがいなくなったということを実感する。離婚と同時に起きた、お兄ちゃんの死。それは私達の生活を百八十度変えるものだった。ユウは塞ぎ込み、両親はお兄ちゃんの事で揉めた。葬儀だって簡単なものだった。
「……会いたいなぁ」
もう一度、お兄ちゃんに会いたい。異世界で会えたことが奇跡だということは分かっている。分かっているが、今の状況を飲み込めるほど私は強くなかった。お兄ちゃんの事を覚えているのは私だけで、お兄ちゃんの痕跡は私の記憶と僅かなグッズだけ。まるで私だけ、妄想の世界に迷い込んだようである。
「お兄ちゃん……」
思わずそう呟いて、お守りを握りしめたその時――お守りが光を放った。
「え?」
≪……か≫
何か聞こえてきた。お守りの光は消えることなく、私の事を照らしている。何が起こったのかと私は慌ててお守りから手を離した。
≪……強き欲望を抱くのは、貴様か?≫
「え……!?お守りが、喋った……?」
≪お守り、だと……?な、なんだこの依り代は!?それにここは……あの世界ではないというのか!?≫
お守りは焦ったようによく分からない事を言いながら、私の首元で激しく揺れる。
「あなたは……誰?」
≪む、我を呼んだのは貴様か?おい、ここは一体何処だ。我をこのような器に閉じ込めるとはそれ相応の覚悟が…………おや?≫
お守りは私に何かを言いかけ……揺れるのを止めた。数秒の沈黙の後、お守りは驚いたようにこう言った。
≪貴様は……あの時の少女か。久しぶりではないか。一緒にいた少年はいないようだが……≫
「……あの時?」
≪うむ。貴様は――――というやつの妹であろう?≫
「……!?」
驚いた。何故なら、お守りが口にしたのは兄の名前だったからだ。何故知っているのだろう。私にはお守りの知り合いがいたのだろうか。そんな私の様子を見て、お守りは呟く。
≪……ふむ。この姿では分かりにくいか。ならば……≫
お守りはその言葉の後に、強い光を放った。すると、壁に何処かで見たような異形の怪物が映し出された。
「これは……夢で見た怪物?」
≪怪物とは失礼な。我は神。名も知られぬ、かつて存在していた神である≫
「神……」
この前夢で見た、異形の怪物。何故かお兄ちゃんの事を知っていたあの怪物は、どうやら神らしい。……いや、どういう事?
≪我を眠りから覚ました事、褒めてやろう。貴様の欲望を我が叶えてやる≫
「……欲望?」
≪そうだ。我は欲望を糧とする。欲望は願い。それを叶える事によって、我はより多くの欲望を得ることが出来るということだ≫
「……なるほど」
どうやら、この神とやらは私の願いを叶えてくれるようだ。与太話にも聞こえるが、他に頼るツテもない。私は、再びお守りを握り、願いを言った。
「私を……お兄ちゃんに会わせて」




