間幕 それぞれの思惑
気がついたら、私は自分の部屋で寝ていた。ユウに起こされ、寝ぼけ眼の私はぼんやりと辺りを見渡す。
「……おはよう、ユウ」
「おはよう、サオリ。やっと起きたんだね」
安心したように息を吐いたユウに、私は首を傾げる。ユウの話を聞くと、私は玄関で寝ていて、しばらく目が覚めなかったのだとか。心配になったユウが必死の思いで私を運び、部屋に連れてきたのだという。……何故玄関で寝ていたのだろう。確か私は部屋でお兄ちゃんの事について調べていたはずなのだが。
「……しばらく見てなかったけど、サオリの部屋凄いことになってるね」
ユウが部屋を見渡しながらそう呟く。……?ユウはこの前私の部屋に入ったはずなのに……しばらく見てなかったとはどういう事だろう。私も部屋を見渡してみると、お兄ちゃんグッズが部屋のあちこちにあった。お兄ちゃんの人形もベッドの横にある。……まずい、片付けないと母さんに捨てられてしまう。
「ユウ、これ直すの手伝って。母さんに捨てられる」
「うん、いいけど……これって何の人形なの?」
「……?お兄ちゃんの人形だけど。よく出来てるでしょ?」
「お兄、ちゃん……?」
私の言葉に、ユウは首を傾げる。何故そこで首を傾げるのだろう。もしかして出来が良くなかったのだろうか。確かに輪郭が少し歪んでいるかもしれない。私が思わず人形を眺めていると、ユウは頬をかきながら苦笑いを浮かべた。
「……えっと、お兄ちゃんって何?サオリが見てるラノベのキャラ?」
「えっ?」
何を言っているのだろう。お兄ちゃんといえばお兄ちゃんしかいないと思うのだが。確かに私の読んでいるラノベには兄キャラがよく出てくるが、流石にそれのグッズを作ったりはしない。だって一番の推しはお兄ちゃんだし。
「お兄ちゃんはお兄ちゃん。私達の兄」
「……ええ?何言ってるのサオリ?」
「……ユウこそ何言ってるの?私をからかおうとしているなら、もっと精進したほうがいい」
私が少し強い口調でそう言うと、ユウはさらに困ったような表情を浮かべる。……ユウが私をからかうなんて珍しい。超がつくほどの聖人なのに。
「……からかってるわけじゃないけど……おかしいのはサオリじゃない?急にお兄ちゃんとか言い出すし」
「なにもおかしくない。私は前から言ってる」
私は堂々と胸を張って言った。ユウは納得がいかないという表情を浮かべている。何で、そんな顔するの……?まるで自分には兄などいないというような反応だ。確かにお兄ちゃんはもうこの世界にいないが、流石にそんな冗談はあんまりだと思う。私が少し顔をしかめていると、ユウは困った様子でこう言った。
「……だって、僕達は二人の兄妹じゃないか。上に兄がいるなんて聞いたことないよ?」
「…………っ」
イラッとした。いくらユウでも、言っていいことと悪いことがある。まるでお兄ちゃんが最初からいなかったように言うなんて、酷すぎる。私はユウに反論しようと、ベッドから起き上がり――
「……?」
そこで動くのを止めた。私の目に、何やら気になるものが映ったからだ。視線の先を見てみると、そこには写真立てが棚の上に置かれているのが見えた。確かあれはお兄ちゃんとユウと撮った昔の写真だ。私達が中学生の頃にお兄ちゃんとこっそり撮ったものである。私の宝物の一つだ。私はユウを素通りしてその宝物を手に取り、まじまじと眺めた。……そして、写真立てを取り落とした。
「あ、ああ……」
「……サオリ?どうしたの?」
私は声が震え、次いで身体が震えだす。全身に怖気がして、目の前の光景を受け入れることが出来なかった。ユウは写真立てを拾い、私の元へ持ってきた。
「落としたよ、これ」
「……っ!!」
ユウが持ってきた写真――――その写真は、私とユウだけが写っている、ツーショット写真だった。お兄ちゃんがいたはずの場所は違和感なく背景と化しており、まるで最初からこんな写真だったかのようである。
(写真立てが違う……?いや、間違いなくこの写真立てにあの写真を入れたはずだけど……はっ!)
私は我に返ると、他の写真がしまってあるアルバムを取り出し、おもむろにそれを開いた。――すると、全ての写真からお兄ちゃんが消えていた。
「そんな……まさか……」
あり得ない。認めるわけにはいかない。しかし、これならユウの様子がおかしいのも説明がつくし、写真がこうなったのも分かる。しかし、これを認めてしまうことは、私にとってとても辛い事だった。
(お兄ちゃんが、いなかったことになってる……?)
胸中の呟きは冷たく、私の心に深く突き刺さった。
「……よくもやってくれやがったなぁ、スレイプニール」
「何をだ?俺はただ自分の責務を全うしただけだぞ」
スレイプニールは、目の前にいる異形の怪物に向かってそう言うと、その首元を掴んだ。
「そもそも、お前が≪監獄≫から出なければ済んだ話だ。未熟な召喚術に好奇心で突っ込んだお前が悪い」
「ぐっ……」
異形の怪物は言葉に詰まり、手と足を拘束している器具をやけくそに引っ張った。
「ベリル。お前は腐っても我が神の配下だろう。今後勝手に抜け出したら、次はその程度では済まないぞ」
「うるせぇ!わかってるつーの!」
ベリルと呼ばれた怪物は、スレイプニールに向かって叫ぶ。スレイプニールはため息を吐いた。
「……全く、今は忙しい時期だと言うのに」
「……忙しい時期だと?」
ベリルは首を傾げる。――この世界を管理する存在であるスレイプニールは、基本的に多忙である。わざわざ「忙しい時期」と言わずとも彼はずっと仕事をしているのだ。
「そうだ。神の使徒の捜索にあの剣の所持者の動向、加えて罰の執行……それ以外に色々とな」
「ふーん、なかなか大変だな」
「……その中の一つは、お前も関わっているんだぞ?」
スレイプニールはこめかみに青筋を立ててベリルを睨む。ベリルは両手両足を拘束されながらも、器用に視線を逸らした。
「……はぁ、もういい。もうすぐお前の担当天使が迎えに来る。それまで大人しくしていろ」
「なっ!?担当天使ってまさか……」
「せいぜい上手い言い訳でも考えるんだな」
顔を青くして頭を抱えるベリルを見ながら、スレイプニールはその辺に腰掛ける。
(さて、これからどうするかな……せっかく剣の所持者に接触出来たと言うのに)
あの異世界人に会う事は、スレイプニールの目的でもあった。しかし、罰の執行という最悪のタイミングで彼に接触してしまった。これでは次に会うときに警戒されてしまうだろう。
(神の使徒も残り二人……見つかるのは時間の問題だが、彼がいなければ鍵は揃わない)
ふと、スレイプニールはベリルの方を見た。自らと同じ神の配下である彼。そしてもう一人の彼の担当天使。彼らの力なくして、自分の目的を果たすことは出来ない。
(仕方ない、少し強引な手段を取ろうか)
スレイプニールはベリルから目を逸らすと、ゆっくりと立ち上がり、その場を後にした。その後、彼がここに戻ってくることはなかった。




