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第五十八話 失われた存在



「そ、そうは言ってもじゃな……気恥ずかしいというか……」

「…………」

気がついたら、赤い顔をした二人がそこにいた。シオンは少し狼狽えており、フラムはそっぽを向いている。見覚えのある光景に、俺は本当に()が実行されたことを実感した。確かサオリ達に出会う前、ここで二人がカップルみたいな事をしていた気がする。

「……お前ら、元気だな」

「?」

「う、うむ……?」

俺がそう言うと、二人は揃って首を傾げた。……本当に記憶が消えているか確かめたくもあるが、それをする気力がもうない。

「……どうしたの、ユウ?顔が真っ青よ?」

フラムがこちらの顔色を伺ってくる。……理由を説明するわけにも行かないので、適当に濁す。

「何でもない。……そうだ、疲れも溜まっているだろうし、今日はもう解散するか?」

「う、うむ」

「じゃあ俺、先に宿屋に戻ってるから」

俺は二人と別れて、一目散に宿屋に向かった。


「……なんだか、様子が変じゃなかった?」

ユウと別れた私達は、シオンと二人並んで歩いていた。正直さっきの今で気まずさも少しあったが、それよりもユウの様子に違和感を覚えたのだ。

「そうじゃな。……もしかして、さっき馬車で話した内容かの?」

「……それはないと思うけれど。気にした様子も無かったし」

……馬車で話した、私達の両親の話。昔から両親のいなかった彼は、弟君とサオリの両親に引き取られ、そしてその両親からは虐げられていた。そんな過去を持つ彼を見て、私達は両親の話を止めた。その時の彼は少し気まずそうだったが、落ち込んだりする様子は無かった。

「さっきまでは元気そうだったのに……」

「まぁ、疲れが溜まってたんじゃろ。馬車の時間も長かったからの」

「…………そうね」

シオンの言葉に頷き、私達は宿屋に向かって歩き出す。――しかし、私の頭の中では、元気のないユウの様子がずっと写し出されていた。


夜になり、部屋に戻った私は、ベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。なんとなく眠る気になれず、柔らかな枕に頭を乗せながら、窓の方に目を向ける。

(前にも、こんな事があったわね……)

あの時も、()()()()考えていた。今更ながら、彼の事をずっと考えているという事実に顔が熱くなる。

(って、駄目駄目……今はそんな事考えている場合じゃ……)

気を取り直して、先程のユウの様子を思い返す。表面上はいつも通りだったが、その瞳は何処か思い詰めているように見えた。まぁ、勝手な推測なのだけれど。

(思えば、ユウはほとんど私達に相談したりしない)

彼は楽観的に振る舞い、気さくに話しかけてくる。……しかし、彼はその本心をひたむきに隠している。唯一明かしているのは、彼の本当の名前と、彼が異世界から来た人物ということくらいだ。……後は、両親の事くらいかしら。彼は慕ってくれる弟や妹がいるが、彼が両親の話をしたことはほとんどない。聞いた話は、暴力を受けたり、無理やり家事をさせられたり、など耳を疑うような話ばかりだ。

「……もっと、頼ってくれたらいいのに」

私は彼より一歳年上だ。甘えて欲しい訳では無いが、同じパーティーメンバーとして話くらいは聞いてあげたい。それが私の本心だった。

「…………」

私は身体を起こして、なんとなく窓の外を眺めた。――すると、そこには見覚えのある人影があった。

「……ユウ?こんな時間に何を……」

遠目から見ても、それがユウだということが分かった。特長的な服装をしている彼は、地面に腰掛けて空を見上げているようだった。

「……会いに行ってみましょうか」

そうしたら、このモヤモヤも晴れるかもしれない。


宿屋から出てすぐの所に、彼はいた。無表情で空を眺め、だらんと態勢を崩して地面に座っている。ただ空を眺めているだけなのに、その姿は酷く寂しく見えた。

「……ユウ」

「…………」

「……ねぇ、ユウってば」

「……ん?なんだ、フラムじゃないか。どうした、こんな時間に」

ユウはいつもの様子でこちらを向き、笑いかける。さっきの表情との違いが、彼が何かを隠しているということをわかりやすく表していた。

「ちょっと、散歩に行こうと思って」

「そうか。最近寒いし、風邪引くなよ」

「……あなたこそ、こんな所で何してるのよ」

私がそう聞くと、ユウは再び空に目を向ける。釣られて目を向けると、そこには星で覆われた空があった。

「ちょっと眠れなくてな。暇だし星でも眺めようと思って」

ユウはそう言って、星空の真ん中にある赤い星……魔王の星を指差した。一度彼と見たその星は、心なしか光が曇っているように見えた。

「……ねぇ、何かあったの?」

「?何かって?」

直球に尋ねてみると、彼は首を傾げる。……まぁ、今の流れで聞いても不自然だったわね。仕方ない、話を切り出してみましょう。

「……今日、元気がないように見えたから。何か悩みでもあるんじゃないかって」

「……そうか?俺はいつも通りだぞ?」

わずかに、彼は目を逸らした。私はそれを見て、疑念を確信に変える。

「……嘘ね」

「…………!」

ボソリと呟くと、彼は一瞬だけ表情を変えた。彼が言葉を止めた隙に言葉を紡ぐ。

「何か悩みがあるなら、私に相談してみない?私達は、パーティーメンバーだし、その……友達じゃない」

「……フラム」

ユウは何処か寂しそうな表情でこちらを見て、そして俯いた。まるで「観念した」とでもいうように。

「……まぁ、隠しきれなかったか。どの道指摘されるとは思ってたんだけど……」

ユウは私の方を見た。その表情はいつもとは違う真剣なものだった。その表情のまま、彼は話を始めた。

「……なぁ、フラム」

その声は何処か消えてしまいそうなものだった。聞き逃さないように彼の隣に座り、彼の方を向く。ユウは私から目を逸らすと、再び空に目を向けた。

「もし、俺がユウとサオリに出会ってなかったら……俺はどんなやつになってたのかな」


「……え?」

間の抜けたフラムの返事が聞こえるが、俺はそれを指摘することはしない。話を聞いてくれていると信じて、俺は話を続ける。

「俺の過去の話はしただろ?両親に捨てられて、ユウとサオリの両親に拾われたって」

「……ええ、覚えているわ」

「実は、俺が拾われたのは……両親が二人の世話係にするためだったんだ」

「え……」

拾われてからしばらくして、両親に言われた言葉。それは、こういうようなものだった。

――お前は二人の使用人として、二人の手助けをしろ。

五歳になったばかりの俺には、何を言っているのか理解できなかった。それを聞いた次の瞬間、俺は勉強の参考書や家事についての本を何冊も渡された。俺はそれを読むように言われ、部屋に閉じ込められた。それが三ヶ月続いた。わけも分からず、俺は泣きじゃくりながらとにかく本を読んだ。分からない言葉を自分なりに理解し、俺はなんとか「知識」を手に入れた。二人に怪しまれないようにと、風呂やトイレでの外出が許可されていたのは幸運だった。

「俺の両親からの扱いはこんなもんだった」

フラムは真面目な顔で話を聞いていた。どこか悲しそうな表情で、少し俯いている。……いかん、少し暗い話をしすぎているかもしれん。

「えっと、大丈夫か?」

「……ええ、大丈夫。気にしないで続けて?」

その声はとても穏やかなものだった。じゃあ僭越ながら、と話を続けさせてもらう。

「三ヶ月たったその日、俺は二人と再び会うことを許された。二人は不思議そうにしていたが、何か聞かれることはなかった」

……そこからの()の生活は最悪だった。二人のいない時に、養父は俺の近況報告を尋ね、養母は俺に家事やらなんやらを命令し、気に食わないことがあれば怒鳴って暴力を振るった。当然、俺は精神を摩耗し、それがトラウマになることもあった。そんな中で、支えになってくれたのが二人だ。疲れを表に出すことはしなかったが、二人はいつも俺に構ってくれたり、心配したりしてくれた。きっと二人がいなかったら、俺は心を壊していただろう。……しかし、そんな中で、考えた事がある。

「――もしユウとサオリに出会わなかったら、俺はどうなっていたんだろうなって」

それはずっと考えていた事。あの日、二人に出会わなかったら、俺は二人の両親に拾われる事も無かったし、三人でいる楽しさを知ることもなかった。……もしかしたら、あのまま施設で死んでいたかもしれない。それか全く別の人間として、あの世界で生きていたのかもしれない。それを考えるたびに胸が苦しくなり、同時に自分が空虚な人間だと感じた。

(それがまさか、本当に起こるとは思わなかったが……)

最後の言葉は口に出さず、俺はそこで話を止めた。フラムは真剣な表情のまま、何も言わずに黙っていた。

「……だからさ。俺から≪二人≫を取ったら、何が残るのかって思ってな」

つまりはそう言う事だった。――あの時、スレイプニールから告げられた罰。それを聞いた時、怖気がした。ああ、自分が消えてしまう、と。今までの人生を全て否定されたような気がした。

「……ユウ」

「悪い、変な話をして。聞いてくれてありがとう」

なんだか情けなくなり、俺はその場から立ち去ろうと立ち上がった。これ以上誰かに弱みを見せたくなかった。俺は身を翻し、そのまま歩き出そうと――――する所で、腕が掴まれた。

「……?」

「…………」

振り返ってみると、いつの間にか立ち上がったフラムが、俺の腕を掴んでいた。俯いていて表情は見えないが、俺を引き止めたい、ということは分かった。

「……なんだよ」

「……よ」

「?」

「じゃあ、あなたは誰なのよ!」

フラムは俯いたまま叫んだ。強い声が俺の耳を揺らし、フラムの激情がそのまま伝わってくる。初めての経験に、俺は唖然としていた。フラムは俺の腕を掴んだまま、詰め寄ってくる。その顔は怒りの表情だった。

「私はあなたのおかげで変われた。あなたがいなければ、パーティーメンバーが出来ることも無かったし、レーヴィと仲直りすることも出来なかった」

「……フラム」

「あなたにはちゃんと、自分の意思がある。弟や妹がいなくたって、あなたは優しいし、何かと助けてくれる。私はいつも感謝しているの」

フラムは俺の腕を掴むのを止めて、俺の右手を両手で包んだ。

「もしあなたから弟君とサオリちゃんをとって、何も残らないなら……私は、あなたにとっての何だったの?あなたは、一体誰として生きているの?」

その言葉は酷く悲しそうな、辛そうな声で紡がれた。なんだか俺まで悲しくなって来て、思わず俯いてしまう。胸の中が、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「……ごめん、フラム」

「謝らないで。それより、私の質問に答えてちょうだい」

「あ……」

……そうだよな。俺は、俺じゃないか。俺はユウとサオリの兄で、フラムやシオンの友達で、――――という名を持った一人の人間だ。……最初から分かってたじゃないか。ただ目の前の出来事に踊らされて、大切なものを落とした事に気付かなかっただけなんだ。

「……そうだな。俺はユウで、フラムは大切な――友達だ」

「…………」

「あれっ」

あれ……?なんか間違えた?フラムが睨んできてるんだけど。目を細めてるんだけど。

「……はぁ。まぁ、それでいいわよ」

「え、ええ……?」

何故か不満げにしていたが、フラムは俺の手を包んだまま、笑みを浮かべる。いつもの様子に戻ったフラムに内心ほっと息を吐き、俺はフラムに礼を言う。

「……ありがとう。フラムのおかげで元気が出たよ」

「……そう。それは良かったわ」

「まぁ、その……これからもよろしく」

「ええ、こちらこそ」

――まだまだ、俺には考えるべきことがある。ユウ達に対する罰の事や、俺はこれからどう生きるべきか。悩みは尽きそうもないが、それでも。

「……そろそろ、宿屋に戻りましょうか」

「ああ」

目の前にいる友人くらいは、何があっても大切にしたいと思った。



















 

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