第五十三話 それぞれの決着
「ふっ、やあっ!」
ユウが去ったあと、フラムは怪物相手に一人で立ち回っていた。フラムが槍を叩き込む間にも、怪物は息も切らさずに殴りかかってくる。囮の役割をしていたユウがいなくなったため、怪物の意識が全てフラムに向いているのだ。
「≪フレイムブレイク≫!」
「――――!」
フラムが槍で技を放つが、怪物は片手で止めた。何度も技を使っているうちに、見極められてしまったのだろう。怪物はそのまま槍を掴み、フラムごと投げた。フラムは弧を描いて宙を舞い、地を転がった。
「ぐうっ……」
「――――!」
怪物の拳をなんとか躱し、フラムは落とした槍を拾う。怪物の一瞬の隙をついて、槍を叩き込んだ。
「――――!?」
「はあっ!」
フラムは一歩踏み込み、拳で殴り飛ばす。かなりの力を込めたその一撃は、怪物を怯ませるのに十分だった。怪物はその場を転がり、倒れ込んだ。身体に力が入らないのか、怪物は起き上がることなくその場を這いずり、フラムの方へと向かってくる。しかし、速度が遅いため、なかなかたどり着かない。
「……しぶといわね。こっちはもう限界なのに……」
フラムは腕を押さえながら、片手で槍を構える。先程の攻撃の反動で、片腕が動かなくなっていた。その姿はいつもより弱々しく、見ていて心配になるほどだった。そんなフラムの耳に、聞き覚えのある声が聞こえる。それはいつもの、彼の声だった。
「フラムー!待たせたな!」
遠くから走ってくるユウの姿。彼の周りには何人かの魔族がついており、表情からはかなり焦っている様子が伺えた。きっとフラムが倒れないように、急いで来たのだろう。ユウは手に持っている何かを投げ、怪物にぶつけた。すると、怪物は動きを止めた。
「よし、命中!フラム、大丈夫か!魔法使いさんが回復してくれるから、怪我してたら言えよ!」
「え、ええ……ありがとう」
ユウの言葉にフラムは顔を赤くしながら返す。ユウが連れてきた魔法使いに回復魔法をかけてもらい、フラムの片腕が動くようになった。
「よし、あとは任せろ。あいつは魔族の皆とどうにかするから、フラムは少し休んでてくれ」
ユウはそう言うと、連れてきた魔族を怪物の元へ向かわせる。ユウもそれについていく。その直前で、彼はフラムの方を振り返り、こう言った。
「ありがとな、フラム。お前が耐えてくれたから、なんとか出来そうだわ」
その言葉に、フラムはさらに顔を赤くした。
魔族の集落の中で、シオンとアルジュナは鍔迫り合う。シオンの剣撃をアルジュナの剣が防ぎ、アルジュナの剣はシオンに軽々と躱される。そんな状況がずっと繰り返されていた。
「なかなかやるね。それが君の、本来の姿なのかな?」
「……≪スラッシュ≫」
シオンは剣を横に振るい、アルジュナの身体を横に切り裂く。アルジュナの身体から血が流れ、辺りに血が飛び散る。アルジュナは顔をしかめながら飛び退いた。
「ちっ、鬱陶しいな。……けど、息が上がっているよ?」
「はぁ……はぁ……」
アルジュナの指摘通り、シオンは荒い息を吐きながら、疲れた様子でアルジュナを睨む。
(普段運動していないツケじゃな。昔よりかは剣も鈍っておるし……早く決着をつけねば)
シオンは重く感じる身体に鞭を打ち、剣を構える。そして、一気に距離を詰めると、剣に魔力を込める。
「≪マジカルブレイク≫!」
シオンの渾身の一撃が、アルジュナの身体を切り裂く。それはデーモンであるアルジュナでも、致命傷に近いものだった。
「ぐはっ……」
アルジュナは剣を取り落とし、膝をつく。身体からは大量の血が流れ、力が失われていく。
(まずいな。魔物を造って囮に出来たら、回復が出来るんだけど……)
魔物の材料になる魔族達は、シオンが皆逃がしてしまった。これでは融合魔法で魔物を作ることが出来ない。転移魔法を使おうにも、先程シオンに妨害されたことで魔力だけが消費され、今は殆ど魔力が無い状態だ。万事休す、とアルジュナが思った時には、シオンの剣が眼前に迫っていた。シオンはアルジュナの目の前に剣を向ける。アルジュナは悔しげな声をあげた。
「ぐっ……」
「……さぁ、これで終わりじゃ。貴様は地下牢で幽閉し、母上に尋問をしてもらう。せめてもの情けじゃ。殺しはせん」
「……ねぇ、僕と取り引きしない?」
最後の最後に、アルジュナが行ったのは交渉だった。圧倒的不利な状況で強気に出れるのは、無謀と言うべきか、それとも勇気があると言うべきか。アルジュナはシオンに向かって声をあげる。
「僕の身体を研究させてあげよう。確か魔物研究者の間では、デーモンの身体というのは珍しいものなのだろう?君は魔物好きな研究者と聞いたし、損は無いはずだ」
シオンは冷たい表情のまま、アルジュナを見つめる。それを見て、アルジュナは焦ったように話を続ける。
「そうだ、僕と一緒に融合魔法の研究をしよう!君も魔物研究者なら、最強の魔物の作り方に興味があるだろう?僕ならそれを手伝うこともでき」
「いらん」
アルジュナの話を遮り、シオンはそう言った。アルジュナはえっ、と言って固まる。シオンは剣をアルジュナに向けたまま、顔を近づけた。
「……貴様は勘違いをしておる。確かに儂は魔物が好きじゃが、あんなまがい物に興味はない。……知っとるか?あの融合魔法は、時間が経てば元に戻らなくなり、一生あの姿のままになるんじゃ」
「え、あの……」
シオンは殺気を放ちながら、アルジュナに詰め寄る。アルジュナは余裕そうな表情を崩し、しどろもどろになる。
「分かるか?貴様は、儂の好きな魔物を利用しただけでなく、集落の皆まで危険なことに巻き込んだ。そんな許しがたい事をする奴と、儂が研究したいと思うか?」
「い、いえ……」
剣がアルジュナの頬に触れた。アルジュナはほぼ涙目だった。シオンはアルジュナの肩に触れると、圧のある笑顔でこういった。
「抵抗するなよ?今から貴様を最上級の拘束魔法で縛り付ける。そのまま牢行きじゃ。よいな?」
「はい……」
アルジュナは真っ青な顔で頷いた。
「すまなかった!」
俺達がマルベリーの家に戻ると、マルベリーの謝罪を受けた。シオンに自分が催眠を受けていた事、無理やり娘を里に呼んだ事を教えられてから、マルベリーは見事な土下座をした。彼女の前には、拘束された白髪の女性――名はアルジュナというらしい――の首根っこを掴んでいるシオンが立っていた。
「顔を上げてくれ、母上。別に儂は気にしとらんよ。全ては此奴の仕業じゃ」
そう言ってシオンは、アルジュナを睨む。シオンによると、一連の騒動は全てこいつが仕組んだことらしい。魔族と魔物を混ぜて最強の魔物を造る実験を行い、さらには過去に似たような事もしていたとか。そんなマッドな彼女は、今や顔面を白くして怯えていた。
「ご、ごめんなさ……」
「母上。此奴を地下牢に入れても良いか?後、個人的に聞きたいことがあるから、母上に尋問をしてほしいのじゃ」
控えめなアルジュナの謝罪は、シオンの言葉によって打ち消された。先程からシオンは氷のように冷たい表情になっていて、正直とても怖い。マルベリーも同じ気持ちだったのか、シオンの言葉に何度も頷いていた。シオンはマルベリーの部下らしき魔族にアルジュナを引き渡すと、アルジュナは部屋の奥に連れられていった。それと同時に、シオンの表情が柔らかくなり、いつも通りの雰囲気に戻った。マルベリーは俺とフラムの方に向き直ると、再び頭を下げる。
「ユウ殿、フラム殿。この度は妾達の問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」
「大丈夫ですよ、フラムのメイドさんも無事だったんですし」
「……はい、私も特に気にしていません」
あの時フラムに足止めしてもらった怪物は、アルジュナが姿を真似したフラムのメイドだった。幸い、魔族達と同じ魔法をかけられていたので、魔法の使える魔族を呼び、シオンに教わった方法を施して治療することが出来た。今は療養のため医師の元に運ばれ、身体が完全に治り次第フラムの屋敷に送ってくれるそうだ。
「このままでは妾の示しがつかん。きっちりとした報酬を払わせてもらおう。それと、何かあったらいつでも妾の家を訪れるといい。何かしらの力にはなれるはずじゃ」
マルベリーはそう言うと、突如指を鳴らした。すると、奥から大きな袋を持った魔族達が現れ、俺達の前にその袋を置いた。袋の中には、金貨やら銀貨やらが……!?
「今回の報酬じゃ。ちと足りぬかもしれぬが……」
「い、いやいや!十分ですって!」
「金貨がこんなに……?これだけあったら、三年は暮らせるわよ……?」
慌てて声をあげる俺と、袋の中身を呆然と見るフラム。マルベリーはそんな俺達を見ながら、笑みを浮かべてこう言った。
「ユウ殿とフラム殿には本当に感謝しておる。集落の危機を娘と共に救ってくれただけでなく、友達の少ない娘と仲良くしてくれているからの。親としては嬉しい限りじゃ」
「ちょっ、母上!?まだその話を蒸し返すか!儂は別にぼっちではないと言っておるじゃろうが!」
「そうか?妾に送ってくる手紙には、初めて友達が出来て嬉しい、今度母上にも紹介したいと……」
「うわああああぁぁ!?」
シオンは顔を真っ赤にしてマルベリーの口を塞いだ。そして俺達の方を向き、しどろもどろな様子で喋りだす。
「ち、違うのじゃ!確かに儂は母上に二人を紹介したいと言ったが、別に初めてというわけでは……!」
「ああうん、分かってる分かってる」
「ええ、私はシオンを信じるわ」
「なんじゃその顔は!どう見ても信じていないではないか!」
俺とフラムはシオンに温かい視線を向けながら、必死に誤解を解こうとするシオンを見ていた。




