第五十二話 魔族の怒り
「な、何だあの怪物!?」
「あっ、私の家が壊されてる!建てるのに時間かかったのにー!」
魔族達の近くで怪物が暴れ回り、建物を破壊していく。魔族達は巻き込まれないようにその場から逃げだし、それに反応した怪物が追いかけていく。
「ハハハハ、その調子だよ実験体君!もっと僕にその力を見せてくれ!」
怪物に乗っている女性は高笑いを浮かべる。この状況を生み出した元凶である彼女は、この状況を楽しんでいるようだ。そんな彼女の元に、いち早く辿り着いた者が一人いた。族長の一人娘、シオンである。彼女は普段見せないような冷たい表情で女性を見据える。女性はシオンに気づくと、首だけをシオンに向け、馬を宥めるように怪物の動きを停止した。
「おや?まさかそっちから来てくれるとは。ここらへんを破壊して、その後に君を連れて行こうと思ったんだけど……手間が省けたよ」
「黙れ。……マゼンタをこちらに渡してもらおう。貴様がどんな企みを持っているか知らんが、集落の皆に手は出させん」
シオンは片手に持つ細身の剣を両手で構え、斬りかかるような姿勢になる。それに対して女性は、怖がる素振りも見せず、ただ呑気にシオンを見つめる。
「んー……もしこの子を渡さなかったら?」
「切り捨てる。ああ、勿論貴様だけじゃ。マゼンタは儂らの同胞じゃからな」
「おー怖い怖い。か弱い僕じゃ君には叶わないだろうね。……いいよ、この子は返してあげる」
呆気なくそう言った女性は、マゼンタの方に手をかざす。すると、怪物は元のマゼンタの姿へ戻った。シオンはマゼンタの元に駆け寄り、身体を抱える。
「……随分と物分かりがよいな。おい、そこの者!こいつを医師の所へ連れて行け!」
「お、俺か?分かったぜシオン!」
近くにいた魔族の男がマゼンタを抱え、医師の元へ連れて行く。シオンは女性に向き直り、剣を目の前に突き立てた。
「……さて、お主は地下牢にでも入れてやろうか。儂の家の地下には広い牢があっての。お主を入れておくには十分……」
そこまで言って、シオンの言葉は遮られた。……正確に言えば、言葉を発せなくなった。背中に鈍い痛みを感じ、吹き飛ばされたのだ。シオンが振り返ると、そこには先程のマゼンタに似た怪物が立っていた。人間の身体に山羊の頭、そして異様に大きい腕を持った怪物だった。
「驚いた?そいつはこの姿の元になったメイドさ。一、二年前に実験で造ったんだけど、よく動いてるでしょ?」
見ると、その怪物は人間の身体にメイド服を身に着けている。女性が操っているのか、動きは虚ろで意志を感じさせないものだった。女性は倒れたシオンにゆっくりと歩みを進めていく。やがてシオンの元に辿り着くと、その胸倉を掴んだ。
「貴様は、何者じゃ……」
「僕?僕はアルジュナ。研究者だよ。今よりうーんと昔のね」
「昔じゃと……?」
「そ。僕の年齢は……そうだね、千を超えてからは数えてないや」
アルジュナはそう言いながら、呪文のようなものを唱える。それは、シオンがここに来るのに使った転移魔法と同じものだった。それを察したシオンは、身体を動かして抵抗する。
「逃げられないよ?君は僕の研究所で、実験体の一人になるんだ。そこのメイドと同じ、強力な魔物を作るためのね」
アルジュナは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。シオンはそれを見ながら、悔しそうに顔を歪める。やがて、アルジュナの魔法の準備が終わり、転移魔法が使われる……その瞬間。
「……っ!?」
アルジュナの身体に、細身の剣が突き刺さった。シオンが手に持っていた剣を突き刺したのだ。
「はぁっ!」
シオンが素早く剣を引き抜き、その場から離れた。アルジュナは刺された箇所を押さえながら、シオンを見る。
「……何だ、その剣は。僕の身体に傷をつけるなんて、よっぽどの業物だね」
「答える義理はない。デーモンにわざわざ情報を与える馬鹿はおらん」
シオンの言葉に、アルジュナは顔をしかめる。
「……やはり鋭いね、君は。僕の正体に勘づいた者は今までいなかったのに」
「儂は魔物には詳しいんじゃ。それに、人型で腹に剣を刺して無事な魔物など、デーモンだけじゃ」
シオンは再び剣を構え、アルジュナを見据える。それを見て、アルジュナは笑みを浮かべた。
「……余裕そうだね。こっちは二人いるんだよ?」
「あの山羊メイドか。あんなものは儂の敵にならぬ」
シオンは不敵な笑みを浮かべ、アルジュナにこう宣言した。
「儂の敵は貴様じゃ。儂を狙ったこと、この集落を襲ったこと、後悔させてやろう」
シオンの近くに辿り着いたら、なんかマゼンタが消えていた。近くにいた魔族によると、元の姿に戻ったとのことで、医者の所に連れて行かれたらしい。戦うつもりで来たのに、拍子抜けである。シオンの方を見ると、さっきの女性と戦っているのが見えた。
「なんだありゃ……」
シオンは魔法を使うのではなく、あの剣を使って女性の周りを飛び回り、剣で斬り掛かっている。しかも動きが滑らかで、普段運動不足で引きこもっている人物とは思えない。
「凄いわね、シオンにあんな力があったなんて」
横に立っているフラムが、驚愕の表情を浮かべながらそう呟く。加勢に来たはずなのだが、いつの間にかギャラリーと化していた。
「これ、俺達いらなくね?」
「……そういうわけにもいかないわ。……ほら」
フラムが指差した方を見ると、メイド服を来た珍妙な怪物が、シオン達の方向に迫っていた。……何あれ。
「あのままだと二体一になるわ。私達で引きつけましょう!」
言うやいなや、フラムは怪物の元へと走っていく。すると、足音に感づいたのか、怪物はフラムの方を向くと、凄い勢いで走ってきた。えっ。
「おい、フラム!気を付け……」
「≪フレイムブレイク≫!」
「――――!」
フラムが槍を怪物に叩き込むと、怪物は絶叫した。山羊の頭が血走った目になり、フラムに殴りかかる。フラムはそれをひらりと躱した。
「なかなか手強いわね……!」
「…………」
……うん、そういえばこいつはこんな奴だった。俺はちょっと複雑な気持ちになりながら、フラムの加勢に行った。
「――――!」
怪物の咆哮を聞きながら、俺は走り回る。
「≪フレイム≫!≪発射≫!」
火の玉や矢を放つと、怪物の注意がこちらに向く。その隙をついて、フラムが槍を叩き込む。
「≪フレイムブレイク≫!」
「――――!」
怪物が絶叫し、耳をつんざくような声が響く。めちゃくちゃうるさい。軽い騒音レベルだ。
「……かなり硬いわね。私の技を何発も耐えられるなんて……」
フラムが悔しそうにそう言うと、再び槍で斬り掛かっていく。しかし怪物は異様に大きな腕でそれを受け止め、叫び声をあげるだけだ。このままではジリ貧である。
(くそっ、なんだよこいつは……なんか対抗手段は……)
そう思った時、俺の脳裏にあるものが浮かんだ。先程見た、魔物が混ざった魔族。こいつはもしかして、あの人達と似たようなものなのだろうか。どう見ても人の身体に何かくっつけたみたいになってるし。
(それなら、さっきシオンに習った方法で行けるんじゃないか!?)
それを思いつくと同時に、俺は走り出した。一応フラムの方を向いて、思いきり叫ぶ。
「フラムー!ちょっとそいつ頼むわ!」
「えっ、ユウ!?い、いきなりそんなこと言われても……!」
「持ち堪えといてくれ!もしかしたら、そいつを無力化出来るかもしれん!」
俺はフラムにそう言うと、ある方向に走り出した。




