間幕 危ない妹、止める弟
……少し前、僕、ユウと妹のサオリは、不思議な出来事に出会った。こことは違う世界に行き、死んだはずの兄さんと再会したのだ。そして兄さんの想いを受け取り、天使の人に元の世界に戻してもらい……今に至る。僕は、以前と変わらない日々を送っていた。いつも通り学校に行き、親の期待と愛を受けながら生活する日々。こうしていると、あの事が夢のように思え、なんだか寂しい気持ちになる。……だが、それを全て消してしまうような光景が目の前にあった。
「……ふふふ、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
「…………」
目の前の妹……サオリは、とあるものを抱えて怪しげな笑みを浮かべていた。ぱっと見は寝転んでるだけのように見えるが、怪しい言動と様子が不気味さを増していた。
「サオリ、おじゃましてるよ」
「……はっ。ユウ、いらっしゃい……ふへへ」
サオリの顔が笑みで崩れた。僕は思わず、兄さんに似ている人形を抱きしめているサオリをじっと見ていた。
「……ユウ、そんなに見ても、これはあげられない」
「いらないよ!サオリ、どうしちゃったの!?前より駄目な感じになってない!?」
僕は思わず絶叫した。――この前兄さんに会ったことで、サオリのブラコンに歯止めが効かなくなった。兄さんのグッズを作ったり、兄さんの服をこっそり自分の棚にしまったりしていた。そして、極めつけは――
「お兄ちゃん♪お兄ちゃん♪」
兄さんに似た人形を作って、ずっと抱きしめている。ちょっと怖い。
「……サオリ、お守り潰れちゃうよ」
僕は、サオリの首から下げられている、ボロボロのお守りを見た。僕達が本当に兄さんに会ったという唯一の証拠だ。これは僕達が兄さんにあげたものだが、いろいろあって兄さんから託された。母さんや父さんに見られたら捨てられてしまうので、サオリが部屋の中で預かっているのだ。
「日に日にグッズが増えていくなぁ……母さんが知ったらどうなることやら」
「大丈夫。私は母さんの行動パターンを把握している。その上で絶対見つからない場所に隠してる」
……僕達の両親は、どういうわけか兄さんに厳しかった。兄さんの一挙手一投足を良く思わず、何かと小言を言っていた。僕達の前では優しい両親なのだが……お守りが兄さんから託されたものだと知られたら、捨てられるかもしれない。
「ユウはどう?父さんと仲良くやってる?」
「まぁ、それなりに。最近はよく出張に出てるよ」
「ミツキさんとは?」
「……まぁ、仲良くやってるよ」
最近、サオリが僕と名田さんの仲を確認してくる。カイトの話をする時はふーんで済ますのに、どうして名田さんの時だけ食いついて来るのだろう。今も仲良くやってると言ったのに、不満そうにしているし。
「……ユウの根性なし」
「急に罵倒してきた!?」
「もっと仲良くなって」
どういうことだろう。それに根性なしって……泣いていい奴だろうかこれは。……って、そうじゃない。今日はサオリに呼ばれてきたのだ。罵倒されに来たわけではない。僕は疲れた様子で、サオリを見つめる。
「……それで、今日はなんで僕を呼んだの?まさかその人形を見せるためとかじゃないよね?」
「違う。お兄ちゃんのこと」
……またか。兄さんに会ってからというもの、サオリはもう一度兄さんに会う方法をずっと探しているのだ。まぁ、兄さんが何処かで生きているのなら、会いに行きたいという気持ちも分かる。……というか、僕だって会いにいけるのなら会いに行きたい。
「今回は異世界に関するネット記事や本の話を、原稿用紙に纏めた。ここから何か手がかりを探す」
「いや多っ」
百枚は軽く超えているであろう原稿用紙の束が目の前に置かれた。少し目を通してみると、「異世界」とか、「黒魔術」とか書かれているのが見える。う、胡散臭い……!ほんとにこんなので大丈夫なの……?
「時間はたっぷりある。今日は母さん帰ってこないし、今夜は寝かせない」
「別にいいけどさ……サオリ、この原稿用紙纏めるのにどれくらい時間かかったの?」
「二徹」
「いや寝ようよ!」
サオリはしばらく昼寝をした。
どれだけの時間が経っただろう。外を見てみると、もう夕方になっている事が分かった。ひたすらに原稿用紙を読んでいるが、特に役に立つものは無かった。ちなみに、言い出しっぺのサオリは十枚くらい読んで寝た。というわけで、今は僕だけが情報を探している。……まぁサオリの事だから、調べている間にこれらの内容を覚えている可能性もある。
「……疲れた……」
気づけばそう呟いていた。ずっと原稿用紙を読んでいたからなのか、目がしょぼしょぼする。僕は手に持っていた原稿用紙を置いて、地面に寝転がった。白い天井が目に入る。倦怠感を身体中から感じ、気を抜けば寝てしまいそうだ。こんな時、兄さんがいたら布団を掛けて寝かせてくれるか、ベッドまで運んでくれるだろうなぁ……と思いながら寝返りをうつ。ふと、サオリの方を見た。――兄さんと別れサオリの家に帰ってきた時、僕とサオリはしばらく泣いていた。しかしサオリはすぐに泣き止み、「お兄ちゃんとまた会えるように、私、頑張る」と言って部屋に戻った。僕は落ち着くまで涙を流し、自分の家に帰った。力無くベッドの上に寝転がり、兄さんの事を思い浮かべた。でも、不思議と寂しさは無かった。むしろ、ちゃんとお別れが出来てよかった……と思った。事故にあった時は、ちゃんと言葉を交わせていなかったから。でも、そう思っていながらも、僕は心残りがあった。異世界で再会した時、あんまり話せていなかったなぁ……もっと話したい事があった。聞きたい事があった。しかし、出会いと同じように、別れも突然やってきた。未練が残ってしまうのも当然のように思えた。だから、サオリにずっと協力しているのかもしれない。
「……もうちょっと読んでみよう」
僕は身体を起こし、別の原稿用紙を手に取って読み始めた。ぼんやりする頭を動かしながら、淡々と読み進めていく。――そして、僕はとあるものを見つけた。
「≪異世界の魔神≫……?」
それは、一つの物語だった。――遥か昔、異形の神が数多の世界に現れ、配下と共にそれらを支配した。各世界の人々は欲望を奪われ、虚無感を与えられた。次々と人が虚無になっていく中、ある異界の剣士が魔神に反旗を翻した。魔神は剣士の命と引き換えに剣に封印され、剣は空の島へと隠された。以来、人々の間にはこのような話が囁かれている……魔神の封じられた剣に触れると、異世界に渡る力を手に入れられると。……僕はそれを読み終わると、ひっそりと呟いた。
「異世界に渡れる剣、かぁ……そんな剣があったら、兄さんにも会いに行けるだろうな」
僕はその原稿用紙をその場に置くと、再び寝転がった。すると、疲れがたまっていたのか眠気が襲ってきて、僕はすぐに眠ってしまった。




