第四十七話 姉妹の縁
目が覚めると、屋敷の天井が目に入った。寝転んだまま辺りを見渡すと、フラムや小原がこちらを心配そうに覗き込んでいた。
「あっ、ユーさん!目が覚めたんだね!」
小原が安心したようにそう言うと、俺の身体を起こしてくれた。ちょっと恥ずかしいが、なんか身体に力が入らないので甘んじて受け入れ、立ち上がる。
「レーヴィ!目を覚ましたのかい!?」
低い声が上がったのでその方を見ると、グレイドさんがレーヴィを抱きかかえていた。レーヴィは意識が朦朧としているのか、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。
「お父、様……?」
「レーヴィ!ああ、よかった……!」
グレイドさんは涙を流し、レーヴィを優しく抱きしめる。彼女をよく見ると、身体から生えていた触手は消え、最初会ったときのような姿に戻っていた。
「わたし、一体……」
「大丈夫、大丈夫だ。もう心配する必要はないよ」
「レーヴィ!」
フラムがレーヴィの元に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。グレイドさんがレーヴィから身体を離すと、フラムは彼女を抱きしめた。
「よかったわ……本当に」
「姉さま……苦しい」
「ご、ごめんなさい」
ちょっと力が強かったのか、レーヴィは少し苦しそうにしていた。慌ててフラムが力を弱めたのか、レーヴィはほっと息を吐く。そしてフラムの方を見ると、不思議そうに首を傾げた。
「……何故、そんなに悲しそうにしているの?」
「当たり前でしょ?あなたは大切な妹なんだから」
「……わたしはあんなに酷い態度を取っていたのに?」
「ええ。むしろ、私の方が酷い態度を取っていたと思うわ。……今まで、構ってあげられなくてごめんなさい」
「……!」
レーヴィは目を見開いた。きっと、こんなしおらしい姉の様子をみるのが初めてだったのだろう。彼女はすぐに元の表情に戻り、フラムから目をそらす。
「わたしは、姉さまが嫌いだった」
「!」
「わたしより元気で、強くて。皆の期待を受けている姉さまが嫌いだった」
「レーヴィ……」
フラムは唖然とした様子で、レーヴィの方を見ていた。レーヴィの独白は続いた。
「……でも、そんなわたしにも、姉さまやお父様は優しくしてくれた。わたしは、それに気づけなかった」
「……!」
今度は、フラムが驚きの表情を浮かべた。レーヴィは視線をフラムの方に戻し、光を灯した目で見つめる。
「ごめんなさい。そして、ありがとう。こんなわたしを気にかけてくれて。まだ……わたしと家族でいてくれる?」
「……っ」
フラムはレーヴィの言葉に頷き、彼女が苦しくならない程度に、強く抱きしめた。すすり泣く声が聞こえ、二人はしばらく抱き合っていた。――その場面に水を差すような無粋な輩は、この場には一人もいなかった。
そんなこんなで、無事クエストも終わり、グレイドさんは多額の報酬を渡してくれた。今までのクエストは何だったのかというほどの大金だ。グラスイーターも無事消えて、レーヴィと家族の仲も良くなり、一件落着である。まぁ、俺はフラムと小原に尋問されたのだが。なんであの時突っ込んだのかだの、急に気絶したのは何だったのか……だの。気絶したって何?俺はなんとなくレーヴィの元に走っただけなのだが。そんな尋問をなんとか回避し、俺達は特に何事もなく帰路についた。……いや、一つだけ変わったことがある。俺はわざわざ見送りに来た、左手に抱きついている金髪少女を見た。
「ふふ、ユウさま、どうかされましたか?そんなに見つめられると照れてしまいます」
誰だお前は。俺は左手に抱きついているレーヴィを胡乱げな瞳で見つめる。レーヴィは頬を赤らめ、照れたような仕草を取った。――あの後、レーヴィの身体に大分変化が起こっていることが判明した。元の貧弱な身体から一転、力強い元気な少女になった。レーヴィに鑑定魔法を使った使用人は、一時期とは言え、魔物と融合とした事が原因ではないかと言っていた。これにはグレイドさんも嬉しそうだった。
「あの、レーヴィさん」
「レーヴィさんなんて寂しいです。どうぞレーヴィとお呼びください」
レーヴィは俺に向かってそんな事を言ってくる。この子十歳だよな……?なんか雰囲気が大人っぽいんだが。――そう、あの騒動の後、何故か俺はレーヴィに懐かれてしまった。今では俺の元にまとわりつき、グレイドさんに「将来はわたしも冒険者になるわ」と言っていた。グレイドさんは笑っていた。いや、なんで?
「レーヴィ、ちょっと離れてくれないか?歩きにくいんだけど」
「嫌です。このお見送りが終わったら、ユウさまとしばらく会えないのですよ?わたし、そんなの耐えられません」
本当に、誰だろうこの子。最初の態度と違い過ぎるだろ。怖いんだけど。……いや、今はそれどころではない。俺の前を歩いているフラムが、とても怖い顔でこちらを見ている。レーヴィとは違うタイプの怖さだ。俺はもう怖すぎてどうにかなりそう。
「……私の知らない間に、随分と仲良くなったようね」
「いやそんなことは……」
「ええ、それはもう!だってユウさまはわたしを救ってくれたのよ?わたしもそれに報いるしかないでしょう?」
「…………っ!」
なんか険悪になってるんですけどこの人達。あれ、仲直りしたよね?感動的なシーン作ってたよね?……俺は横に並んでいる小原に助けを求める視線を送ったが、気まずそうに目を逸らされた。おい。
「……ユウは私のパーティーメンバーなのよ。レーヴィが引っ付いていたらクエストに行けないじゃない」
「あら、それならわたし、冒険者になろうかしら。前の身体ならともかく、今の身体ならお父様の訓練だって受けられるわ。もっと強くなれば私もクエストにいけるでしょう?」
「ぐぅ……!」
「ふふふ……!」
怖い。助けて小原。今なら何でもするから。俺をこの場から解放してくれぇ……!――結局レーヴィの見送りが終わるまで、このカオスな状況は続くのだった。
なんとかレーヴィとフラムに解放され、宿屋に戻ってきた俺は、荷物を置いてベッドに腰掛けた。
「疲れた……」
なんか、とても濃い一日だった。グロい魔物を倒したり、パーティーメンバーの家族仲が深まったり、初対面の少女に懐かれたり。日本にいた時では考えられないくらい忙しい。
「……この花、どこに置こうかな……」
レーヴィと別れる時、「これをわたしだと思って側に置いていただけませんか」と言われて鉢植えの花をもらった。どうやら庭園から採ってきた花のようで、グラスイーターの影響なのか怪しい雰囲気を纏っている。何も鞄は持ってなかったはずなのだが、どこにしまっていたのだろう。俺は色々とツッコミどころのある花をベッドの近くに置き、ベッドに寝転がった。
「……家族、か」
レーヴィとグレイドさんを見て、ふと思った。俺にもあんな感じの親がいたのだろうか。引き取った義理の親はあんな優しい人ではないし、そもそも俺は本当の親の顔も知らない。
「あの庭園にはね、家族で種を植えた花があるんだ。フラムやレーヴィが生まれた時に種を植えた花がね。昔はよく家族で花を眺めていたものだ」
屋敷を出る直前、グレイドさんはそんな事を言っていた。……当然、俺にはそんな思い出はない。ユウとサオリと遊んだりはしていたが、両親にはどこかに遊びに連れて行った記憶もない。……そう思うと、なんだか酷く寂しく感じた。
「……寝るか」
やめやめ。こんな事を考えたって無駄なだけだ。疲れてるし、とっとと用意をして寝るとしよう。――俺はさっさと寝る準備をして、ベッドの上で目を閉じた。しかし、頭の中から寂しさが消えることはなかった。




