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第四十六話 妹の思い



屋敷の広間の中で、レーヴィは触手を伸ばし、眼前の姉を見据えて宙を舞う。既に意識は朦朧としていて、正常な判断能力は奪われていた。

(何?何が起こっているの?何故わたしは姉さまと……)

レーヴィの意志に関係なく、身体中をめぐる何かが触手を操る。相対する姉――フラムは、触手を槍で防ぎ、あちこちを走り回る。

「レーヴィ!私の声が聞こえる!?」

レーヴィから一切目を離さず、フラムはそう叫ぶ。光の灯った瞳は、かつてレーヴィが見ていたものそのものだった。見るたびに弱い自分が嫌になったあの目。

(ううっ、痛……!)

突如、身体に痛みが走った。それと同時に触手が鋭くなり、フラムを切り刻もうと襲いかかる。しかし、黒髪の少女――エイカがそれを殴り飛ばし、フラムを守った。

「フラムさん!レーヴィちゃんについている心臓を破壊してください!そうすればレーヴィちゃんは助かるはずです!」

「分かったわ、エイカ!」

フラムはエイカと連携を取りながら、触手を弾き、レーヴィに近づいていく。レーヴィはそれを見ながら、ふと、視線をそらした。……そこには、いつもレーヴィの事に無関心だった父――グレイドがいた。グレイドは槍を構え、全体の戦況を確認しているようである。

(お父様は、こんなときでもわたしを見てくれないのね)

再び身体に痛みが走る。触手は後方にいるグレイドの方へと伸びた。グレイドはそれを切り刻み、細切れとする。それを皮切りに触手の相手を初め、次々と触手を切り裂いていった。そんな中、黒髪の少年――ユウは、特に何をするでもなく、剣を持ってレーヴィの方を見ていた。

(……あれは、姉さまのパーティーメンバー……だったかしら。その場から動かないということは……強化魔法でもかけているのかしら)

気にする必要もないとばかりに、レーヴィは目をそらした。すると、意識がさらにぼんやりとして、正気を保っていられなくなる。

(……ああ、きっとわたしはもう……)

思えば惨めな人生だった。弱い身体であるがゆえに卑屈な性格になり、全ての人間が憎くなった。頭の良さでは優秀な姉に勝っているであろうと思い、自尊心を満たした。父と母からは愛されず、使用人からも蔑まれ、レーヴィの居場所は自らの部屋だけとなっていた。

(でも、もうそんな事を気にすることもないのね)

どうせ自分はもう少しで死ぬのだ。なら、もう何も気にする必要もない。そう思うと、全てがどうでもよく感じた。

(…………姉さま)

意識を手放す瞬間、脳裏に浮かんだのは憎いはずの姉の姿であった。


グレイドさんが触手を切りに行って、俺は剣を構えて佇んでいた。協力させてと言ったものの、俺の力ではせいぜい触手を弱める程度だ。レーヴィの方に煙を放つと皆が巻き込まれるし、周りの触手に対応することしか出来ない。まぁ、囮にはなっているのか。

「それにしても、きりがないな……!」

切っても切っても触手が現れ、辺りを埋め尽くしていく。唯一の入り口もほとんど防がれている状況だ。レーヴィをどうにかしないと、部屋から出ることが出来ない。――俺はフラム達の方を見る。フラムと小原はレーヴィのすぐ近くまで迫り、心臓の部分を破壊しようと立ち回っている。グレイドさんは触手を何度も切り刻み、徐々にレーヴィの近くに来ていた。

「……あれなら大丈夫そうだな」

フラムも小原も、戦いは得意だ。グレイドさんも強そうだし、すぐに心臓は破壊されるだろう。……しかし、何か引っかかる。俺はもう一度、レーヴィの方を見た。――レーヴィには、紫色の球体のようなものが身体についている。外についている、という感じではなく、中から生えてきた、という感じだ。

(このまま破壊して、大丈夫なのか?)

なんというか、嫌な予感がするのだ。上手く言えないが、取り返しのつかない事が起きてしまうような……

(いや、考え過ぎか……)

そう思ったとき、俺の脳裏に何かが浮かんだ。俺の眼前に車が迫り、吹き飛ばされた時の記憶。フラムにオーガの拳が迫ったとき、小原にカラドボルグの腕が迫ったとき……その瞬間、俺は動いていた。

「うおおおお!≪ランダムスチーム≫!≪ランダムスチーム≫!」

触手に煙を放ちながら、俺はレーヴィの元に走る。何をするかは何も考えてないが、走らずにはいられなかった。グレイドさんを追い抜き、小原の近くを通り過ぎる。

「ちょっ、ユーさん!?」

小原の静止も聞かず、向かってくる触手をなんとか躱し、俺はフラムのすぐ近くまで来た。

「ユウ!?あなた、どうして……!」

フラムが心配したように言ってくるが、いきなり走ったせいで息が苦しく、答えることはできなかった。ほとんど無意識に、俺はレーヴィに向かって剣を掲げ、紫色の球体をじっと見つめた。――すると、視界が揺らめいた。意識が遠くなり、目の前の景色が朧気になっていく。やがて、二人の声を聞きながら俺は意識を失った。


「……うん?……」

目を覚ますと、そこは先程までいた屋敷だった。しだが、触手もレーヴィの姿もなく、色もなんだか白黒だ。何処だここ。

「……す……て」

「ん?」

なんだ今の声。思わず声のした方を見ると、そこにはレーヴィがいた。レーヴィは膝を抱えながら、ぼんやりとどこかを眺めている。ゆっくり近づいて見ると、レーヴィの向いている方向に、何かが映し出された。そこにはフラムやレーヴィの姿が映っている。それは何度か切り替わり、グレイドさんや、使用人の人達の姿も映っていた。映っている人は誰もが笑顔で、幸せそうな雰囲気を醸し出していた。――レーヴィを除いて。

「……最初は、わたしだって笑っていた」

目の前のレーヴィが喋りだした。しかしそれは俺に向けてのものではなく、独り言のような寂しさをまとっていた。レーヴィはポツリポツリと呟いていく。

「優しい姉が好きだった。尊敬する父や母の役に立ちたかった。でも、わたしには無理だった。この、弱い身体のせいで」

レーヴィの呟きはひたすらに無感情で、どこか悲しそうなものであった。

「最初に使用人が言っていた。妹の方は貧弱で、姉とは違い引きこもってばかりの劣等生だと。……悔しかった。父や姉はあれだけ称えられているというのに、わたしは寝てばかりいるせいで馬鹿にされている」

レーヴィの言葉に、俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。優秀な人と比べられ、蔑まれる辛さを俺は知っている。俺を引き取った両親はそんな人だったし。

「だから、わたしは本を読んだ。力では勝てないから、少しでも賢くなろうと思った。最初に本棚にあった本を読んだときは難しくて何が書いてあるか分からなかったけど、何度も読んで次第に理解できるようになった。嬉しくなった」

映し出されている風景が変わり、レーヴィの感情を表すように少し光を放った。そこにはかつてのレーヴィらしき姿が映っていた。

「この調子で行けば、わたしも家族に並ぶことが出来る。そうしたら、もう貧弱な劣等生なんて呼ばれない……そう思っていた」

また風景が変わり、辺りから触手が現れた。触手は風景が映っている所に集まり、絵画の枠組みを作るように固まっていく。風景は打って変わって、悲しさを表現しているようなものになった。

「……でも、それでも陰口をいう人は消えなかった。次第にわたしは人が嫌いになり、家族も遠ざけるようになった。どうせわたしを馬鹿にしてるのだと、そう思うようになった」

触手の一部が枠組みから離れ、レーヴィの元へ近づいていく。それと同時に、映っている風景が変わる。それは怒りの感情が表されているような、荒々しいものだった。

「わたしは自分が憎くなった。生きるのも辛いと思った。でもわたしは誰かを頼る事も、助けてもらう事も出来ない。だってわたしを好きな人なんて、誰も……」

俺はレーヴィに迫る触手を切った。上手く切ることが出来たのか、触手の一部が地面に落ちた。触手は枠組みの方へと戻り、動かなくなった。

「……そんなことない」

思わず出た俺の言葉に、俯いていたレーヴィが顔を上げた。湧き上がってくる感情のままに、言葉を紡ぐ。

「……フラムも、グレイドさんも、あんたを救うのに必死だった。嫌ってるんだったら、そんなことはないはずだ」

「…………」

レーヴィは無言で、じっと俺の方を見ている。その瞳は不安そうに揺れていた。俺は彼女の方を見ずに、言葉を続けた。

「思い返してみろよ。忘れてるだけで、いい家族の記憶だってあるんじゃないのか?」

――俺と同じように。俺を道具のように扱った両親との記憶の中に、大切な弟と妹の記憶があるように。レーヴィはハッとしたような表情になると、目に光が灯る。

「……わたしは、愛されていたの?」

レーヴィは俺に向かって、そんな事を聞いてくる。……でもそれは、俺が答えられることではない。代わりに俺は、手を差し伸べた。

「……フラムに聞いてみようぜ。話はそれからだ」

「……そんなこと、出来るわけ……」

「知りたいんだろ?だったら自分で聞いてみろ」

俺がそう言うと、レーヴィは光の灯った目をこちらに向けた。――そして、震える手で俺の手を取った。

 







 

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