第四十五話 貪欲な植物
「……おや、呪いが弱まっているようだ」
彼女はそう呟くと、何か呪文のようなものをブツブツ唱え、手をかざした。彼女の周りに微量の魔力が漂い、辺りの空気が重くなる。
「せっかく実験が成功しているんだ。ここで止めるわけにはいかないからね」
彼女はそう呟くと、何事もなかったかのように歩き出す。すると、先程浮かべていた邪悪な笑みは消え、彼女は感情を一切感じさせない無表情となる。
(……魔物を人間と混ぜる実験……我が神は変わった術を残したものだ)
彼女はそんな事を考えながら、その場を後にした。
レーヴィの部屋の前まで来たフラムとエイカは、ノックをして部屋の主が出てくるのを待っていた。そのまま入っても構わないのだが、フラムがレーヴィに嫌われているということを考慮しての事だった。ちなみにユウは庭園に置いていかれた。
「……出てこないわね。返事もないし、部屋にいないのかしら」
「そうですね。やっぱり、もう入っちゃった方がいいんじゃないですか?グラスイーターも大きくなってましたし」
エイカの言葉に頭を悩ませるフラム。……確かに、庭のグラスイーターは今や最初の二倍くらいの大きさになっている。このままでは瘴気が生まれ、庭園が使えなくなってしまう。しかし、フラムには躊躇いがあった。自分が嫌っている相手が、部屋に勝手に入られたらどう思うか、と。
「……もう少し待ちましょう。私が勝手に入ったら、レーヴィが怒ってしまうわ」
「……フラムさん」
「も、もちろんいざとなったら突入するし、何より他の所に心臓があるかもしれないし……」
「……中から、辛そうな声が聞こえます」
「……え?」
エイカの言葉に、フラムは言い訳じみた言葉を止める。
「誰かが倒れているかもしれません。今すぐ突入しましょう!」
「えっ、ちょっと待って!?声って……」
フラムの静止を無視し、エイカはドアを開けようと手をかける。しかし、ドアの取っ手を捻っても、ドアが開く様子はない。
「ふんっ……!おりゃあ……!……駄目です、開きません!」
エイカがそう声をあげると、ドアから見覚えのある触手が伸びてくる。触手はエイカを通り過ぎ、フラムの方へと向かう。フラムはそれを槍で押しのけた。
「っ、何よこれ!?」
「フラムさん!ドアに隙間が出来ました!こじ開けても大丈夫ですか!?」
「〜っ!……ええ、ドアを開けましょう!」
葛藤した末、捻り出したフラムの言葉に、エイカは腕力でドアを無理やりこじ開ける。その先には無数の触手が蠢き、部屋中を埋め尽くしていた。
「「気持ち悪っ!」」
フラムとエイカの言葉が重なった。触手はフラム達の方に伸び、締め付けようとしてくる。二人はそれを難なく躱し、部屋の中に入った。
「きっと、この中に心臓が……!」
フラムがそう呟いて辺りを見渡すと、衝撃の光景を目にした。
「レーヴィ……!?」
そこには、身体から触手が生えているレーヴィの姿があったのだ。先程自分の部屋や庭園で見たグラスイーターの姿が、脳内でレーヴィに重なった。
「レーヴィが、心臓……!?」
レーヴィはその言葉が正解だと言うように、尖った触手を伸ばしてきた。
庭園で二人を待っていると、とんでもないことが起きた。それまで静止していたグラスイーターが、触手みたいなのを伸ばして襲いかかってきた。
「ちょっ、危な!」
俺はすぐにグラスイーターから離れ、様子を伺う。
「フシュルルルル」
グラスイーターは触手を動かし、辺りの柱などに巻き付けていく。はっきり言ってとてもグロいが、そんな事を気にしている場合ではない。
(とにかく、フラム達に知らせねぇと!)
俺は迫ってくるグラスイーターの触手を避けながら、フラム達の元へ向かった。
(屋敷の中も触手が……!?これは本格的にやばそうだぞ!)
あちこちが塞がれてて、フラム達の元に向かうことが出来ない。というかそもそも、屋敷の中がどうなっているのかよく分かっていないので目指す所も分からない。そんな俺の元に、触手が襲いかかってくる。
「≪ランダムスチーム≫!」
久しぶりの煙を放つと、触手は怯んだように動きを止めた。しかし触手の量は尋常ではなく、所詮焼け石に水。煙から逃れた触手が俺の元に来る。
「やばっ……!」
「ぬぅん!」
俺が頭を抱えてしゃがむと同時に、何かが吹き飛んだ音がした。顔をあげてみると、見覚えのある人がそこにいた。
「グレイドさん!」
「大丈夫かい、少年?無事で良かったよ」
槍を構えたグレイドさんが、爽やかに笑いかけてくる。よく見ると周りには引き裂かれたような触手が転がっており、さっきのはこの人がやったのだと思われる。……さすがフラムの親父さんだ、腕力えげつない。
「フラムともう一人の少女は一緒じゃないのかい?触手が暴れ回っていると使用人達に聞いて、君たちを助けに来たのだが……」
「……すみません、丁度別行動をしてまして。……あ、怪我人とは出てないですか?」
「大丈夫だ。既に避難させている。それにしても、フラムがいないとは……これは、かなり危険かもしれないな」
グレイドさんが神妙な表情となり、辺りを見渡す。
「……危険って、どういうことですか?」
「……グラスイーターはたまに、心臓が触手を操る個体がいるんだ。触手は剣のように鋭く、量も多い。あとしばらくすれば、庭園どころかこの屋敷が危険地帯となる」
なんて厄介な植物だ。直接倒せない上に戦闘力まで持ってるとかチートすぎん?今度グラスイーターと戦うのは絶対にやめておこう。俺がそんな事を考えていると、グレイドさんは俺の方を見て言った。
「一刻も早く心臓を破壊しなければならない。触手が多くなっているところを探そう。そこに心臓がいるはずだ」
「分かりました、行きましょう」
俺は素直に頷くと、グレイドさんと一緒に走り出した。
触手を追っていくと、開けた場所に出た。リビングのような場所で、他の部屋より断然広い。しかし、あちこちが触手に飲まれ、崩れそうになっている場所もある。そんな中に、フラム達の姿があった。
「フラム!小原!」
「あっ、ユーさん!待ってたよ!」
「二人も心臓を見つけたのか?でも、どこに……」
「あれだよ」
小原がとある方向を指差すと、そこには、触手を生やした金髪少女……レーヴィの姿があった。背中のあたりから無数の触手が生え、感情を失ったような無表情で触手を操っている。
「なんだありゃ……」
「レーヴィちゃんが心臓になっているみたい。フラムさんがそう言ってた」
フラムが……?……よく見るとレーヴィの身体の一部に紫色の球体のようなものがついている。あれが心臓だろうか。グレイドさんの方を見ると、青い顔をしてレーヴィさんを見ていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「……あまり大丈夫じゃないかもね。まさかレーヴィに心臓が混ざっているとは……こんな事を見るのは初めてだよ」
グレイドさんは悲痛な表情を浮かべている。……自分の娘があんなことになっているんだ。そりゃ心配だろう。
「なんとかできるんすか?」
「……あそこに見えている心臓だけを破壊すれば、触手は消えるはずだ。でも、レーヴィを誤って攻撃すれば……死ぬ可能性が高い。レーヴィは身体が弱いからね」
グレイドさんはそう言うと、槍を構える。戦う覚悟を決めたのだろう。しかしそれでも心配が勝っているのか 少し手が震えていた。……それを見て、俺も覚悟を決めた。
「グレイドさん、俺も協力しますよ」
「……ありがたい。是非頼らせてもらうよ」
俺は剣を構えて、レーヴィの方に向き直った。




