第四十四話 高飛車な妹
「……違う。……違う。ほんとにあるのか?花の心臓なんて」
その後、グレイドさんにグラスイーターを任された俺は、庭園を探索していた。グレイドさん曰く、
「グラスイーターを消すには、この屋敷のどこかにある心臓を破壊するしかない。心臓はこの屋敷の何かに化けて、ひっそりと潜んでいるんだ。君達には、それを探すのを手伝ってほしい」
だそうだ。というわけで、片っ端から屋敷の中を探しているのだが……
「全然見つからない。……シオンを連れてくれば良かったな」
魔物に関するクエストとわかっていたなら、シオンを連れてきたのだが……シオンは研究があると言ってクエストに行くのを断った。この前カラドボルグの右腕を手に入れてから、シオンの好奇心はそれにばかり向いている。でもあいつ、フラムの家に行くって言ったらすぐ来ただろうなぁ……
「ユーさん、屋敷の中を探してきたけど、怪しいものはなかったよ」
そんな事を考えていると、小原が屋敷の中から戻ってきた。俺は探索をやめて、小原の方を向く。
「俺も同じだ。あちこち探したりしてみたんだが、変わった反応はなかったな」
噴水や像とかには異変もなく、花を触っても変化はなかった。あ、ちゃんと許可取りましたよ?……しかし、この調子だと、大分時間がかかりそうだな。
「あと探してない所はあるか?」
「んー……もうないと思うな。あとはフラムさんの部屋とか……?」
なるほど。……でも、さすがに人の部屋漁るのはちょっと……何か躊躇いがあるというか。怒られそう。
「もう一度探してみるか。小原、手伝って――」
「あら、こんな時間に誰かしら?」
俺が小原に声をかけようとすると、突如聞こえてきた声に遮られた。声のした方を見ると、金髪碧眼の少女がこちらを向いて立っていた。長い金髪に青く輝く目。俺より背丈は低いが、所作は優雅な感じで、少し高圧的な雰囲気を纏っている。……というか、誰かに似ているような……
「姉さまが久しぶりに帰ってきたかと思えば……平民がここにいるなんて驚きね」
「姉さま?」
「フラム姉さまよ。あなた達は姉さまに連れてこられたのでしょう?」
えっ。
「フラム姉さま?ってことは、あなたはフラムさんの妹なの?」
小原の言葉に嫌そうに顔をしかめる金髪少女。彼女はこちらに向かって蔑むような表情を向けながら、カーテシーをしてみせた。
「わたしの名はレーヴィ。レーヴィ・ランス。由緒正しい騎士の家の娘。せいぜい会う機会もないでしょうから、覚えなくても結構よ」
なんかイラッとするな。……出会った頃のフラムもこんな感じだったな。そこだけ似てる姉妹とか嫌すぎる。レーヴィは庭園の方を見ると、驚きの表情を浮かべた。
「ちょっ、庭園に魔物がいるじゃない!あなた達、なんとかしなさいよ!」
「大丈夫だよ。グラスイーターは人に襲いかかったりしないってグレイドさんが言ってたもん」
急に蔑んだ笑みを崩したレーヴィは小原の身体を揺らす。小原は揺られながら呑気に答えた。
「お父様が……?そ、それなら大丈夫そうね」
レーヴィが安堵の息を吐く。そして庭園に向き直ったのを見て、俺は小原にひっそりと囁いた。
「小原、こいつの部屋は調べたのか?」
「ううん、調べてないと思うよ」
「よし、じゃあ調べに行こうぜ。あいつの部屋に心臓があるかもしれないだろ」
「……ユーさん、女の子の部屋を漁るのはさすがに……」
引かれてしまった。まぁ確かに、男の俺が行くのは変態みたいに思われるかもしれん。いや、変態か。じゃあ、小原に頼めばいいか。……思考を繰り広げていると、別の所を探索していたフラムが戻ってきた。
「ユウ、こっちには無かったわよ」
「マジかよ」
これだけ探してもないとか、グラスイーターの心臓というのはどれだけ厄介なものなのだろう。……しかし、これで場所が絞れそうだ。
「フラム、あとは何処が残ってるんだ?」
「お父様とお母様の部屋だけど、そこはお父様が探しているわ。あとは、私と……妹の部屋ね」
フラムが一瞬だけ暗い顔をしたが、すぐに元の調子に戻してそう言った。……そういや、こいつは妹と仲良くないって言ってたな。妹の事を話題に出すのは気まずいのだろうか。
「よし、決まりだな。そこを調べよう」
「……ユウはここで待っておいて」
「あ、はい」
調査を宣言したら、少し睨まれた。そりゃそうですよね。
庭園で暇を潰していると、フラム達が戻ってきた。
「心臓を見つけたわ。一応破壊したけど、グラスイーターは消えた?」
言われて庭園を見てみるが、グラスイーターが消える様子はない。それどころか先程より大きくなり、触手が花壇をはみ出していた。
「……いや、全然だな。心臓は何処で見つけたんだ?」
「私の部屋よ。ベッドの近くの花に化けていたわ」
「心臓は一つだと思って、妹さんの部屋は探さずにすぐに戻ってきたんだけど……まだ心臓があるのかな?」
小原が首を傾げ、グラスイーターの方を見る。うーん、もしかしたらレーヴィの部屋にも何かあるのかもしれない。――そんなふうに俺が頭を働かせていると、どこからか驚いたような声が聞こえてきた。声のした方を見ると、そこには見覚えのある金髪少女の姿が。
「……姉さまじゃない。久しぶりね」
「レーヴィ!?……あなた、外に出れるようになったの?」
「少し、ね。ちょっとはわたしも成長しているのよ」
レーヴィは蔑むような笑みを浮かべながら、フラムの元へ歩いていく。……なんだかフラフラしていて危なかっしく見えるのは気の所為だろうか。
「お父様から聞いたわよ?庭園にいるあの魔物を退治しようとしているんですって?」
「…………ええ」
「随分と時間がかかっているようだけど。優秀な姉さまでも、倒せない魔物がいるのね」
レーヴィは煽るようにそう言って、フラムを見上げる。どこか人を馬鹿にするような言葉から、彼女らの関係性が見て取れるようだった。
「まぁ、せいぜい頑張ったら?そこの平民達もね」
「っ、レーヴィ!」
フラムの叫びを背にして、レーヴィはこの場を去った。……なんだか空気が重い。
「……妹がごめんなさい」
「い、いや、別にいいって」
「そうですよ。小さい子の言う事ですから」
俺と小原はフラムを慰めるようにそう言った。フラムは申し訳なさそうにしながら、どこか思い詰めたような表情になっていた。
「……レーヴィは、昔はあんな感じの子では無かったの」
「そうなのか?」
「昔のレーヴィは、心優しく穏やかで、誰かを馬鹿にするような言葉なんて言わなかったわ。身体も今より弱くて、ほとんど外に出れずに部屋に籠もっていたの」
フラムは昔を思い出すように、遠い目をしながら話を続ける。
「でも、レーヴィが九歳になってから、彼女は私達を避けるようになった。お父様の声に耳を貸さず、何かと私を目の敵にしていたの」
……九歳になってからか。確かに、いろいろ気難しそうな年頃だ。俺の場合はサオリが冷たくなったが、ここまで険悪な感じではなかった。(ユウはそもそも態度が変わらなかった)……レーヴィに何があったのだろう。
「……少し話し過ぎたわね。さぁ、心臓を探しに行きましょうか。次はレーヴィの部屋ね」
フラムは取り繕ったような笑みを浮かべながら、俺達にそう言った。
「はぁ……はぁ……!」
自室に戻ってきたわたしは、体調が悪くなったのでベッドに寝転んだ。身体が燃えるように熱い。最近は減ってきたと思ったのだが、やはり無理に外に出たのが行けなかったのだろう。
「……滑稽ね。あんな事をしても、惨めになるだけなのに」
姉が帰ってきたと聞いて、姉の非を責めようとしたのだが……それをやっても得られるのは虚無感だけだった。認めたくないが、やはりわたしは姉より優秀ではないらしい。
「頭が良くても、こんなさまじゃ、笑われてしまうわ……」
ああ、憂鬱だ。何故わたしはこんな身体なのだろう。何故姉はわたしより優秀なのだろう。――何故、皆はわたしを――
「っ……ゴホッゴホッ」
身体の底から、何が湧いてくるような感覚がする。それの正体が分からぬまま、わたしは眠りについた。




