第三十八話 少女の闇
俺の前世の学校生活は、控えめに言って最悪だった。小学校の時はいろんなやつから避けられ、いじめ紛いの事をされていた。そのせいか中学校の時はいろいろと拗らせ、シンプルなぼっちとなっていた。……あれ?これって自業自得では?ちなみに、学校での友達は小原だけだった。ユウとサオリに関しては別の学校だったため、交流の機会は結構少なかったのもある。そもそもきょうだいだし。……小原との出会いは、小学校の頃だった。当時いじめられていた彼女をなんとなく助け、気付いたら仲良くなっていた。結果として、いじめの対象は俺になってしまったが、友達を作れたので悔いはない。
「――――さん!これ見て!」
「おお、なにそれ。見たことないな」
「えっ、――――さんヨーヨー知らないの……?」
「しらない。ヨーヨーなんてやったことないし」
「へー、そうなんだ……」
小原は最初はおどおどして俺に接していたが、次第に彼女本来の明るさが出たのか、とても元気で活発になっていた。
「……小原は、なんで俺をさん付けでよぶんだ?」
「え、えっと……おとなっぽいから?」
「なにそれ。せめてあだ名っぽくよんでくれよ。さん付けはなんか変な感じがするからやめてくれ」
「うん、わかった。じゃあ…………ソーさんでいいかな?」
「うん、それでいいよ」
こんな感じで、俺は小原と仲良くなった。偶然にも中学も同じで、俺はそこで少しマシな学校生活を送れていた。
「ソーさん!この前進められたラノベ、読んだよ!」
「お、どうだった?」
「凄い面白かった!特に、ヒロインのあのシーンが――」
この頃から俺はラノベにハマり、それに影響されたのか小原もハマった。今や俺以上のオタクである。思えば俺は、弟や妹、そして、小原に支えられたからこそ生きる希望を失わなかったのかもしれない。
私がソーさんの訃報を知ったのは、ソーさんが死んでから数日後のことだった。ソーさんはどうやら事故に巻き込まれたらしく、即死だったらしい。これは、ソーさんの家族――弟さんから教えられた。私はソーさんと定期的に連絡を取っていたため、彼の携帯に何度もメッセージが送られるのを見かねてか、弟さんからその連絡が送られて来たのだ。それを聞いた時は、頭が真っ白になるのを感じた。受け入れたくなくて、信じたくなくて、私はソーさんの家を訪れた。もちろん、弟さんから住所を聞いて。私はインターホンを押し、反応を待つ。暫くすると、インターホンから低い声が聞こえてきた。
≪……誰だ?≫
「こ、小原といいます。――――さんの友達で……」
≪帰れ。あの男はもういない≫
「――!」
胸が抉られたような感覚がした。ぽっかりとあいた心の穴に、黒い真実が流し込められたような、苦しい気分になった。
「……そ、それで、弟さんに話を聞こうと……」
≪……お前も私の子供目当てか。帰れ!何度も言わせるな!≫
それきり、インターホンからは声が聞こえなくなった。あとで弟さんに聞いてみると、それはソーさんの父親だったらしい。父親はソーさんをたいそう嫌っていたと教えてくれた。更に、兄の関係者に弟が悪影響を与えられないように追い払うためにあんな態度を取ったのだとか。
「酷い、酷すぎる……こんなのって……」
私は帰路について、ひたすらにソーさんの事を思い出していた。私を助けてくれたあの笑顔。初めての友達。それが永遠に……失われた。
「ソーさん……ううっ」
私は周りの人の目も気にせず、うずくまって涙を流した。
泣き止んだ私は、涙のあとを滲ませながら、電車に乗るために駅に向かっていた。空は丁度夕暮れ模様で、日差しで涙のあとを誤魔化す事ができた。心が折れていたのか、ぼーっとしながら歩いていたのを覚えている。
「……はぁ」
気分が晴れない。思わず俯いてしまう。私は、この苦しみを一生抱えて生きていくのだろうか。そう思うと余計に気分が沈む。
「――っ!駄目駄目、こんなんじゃ……」
ソーさんはもっと辛かったはずなのだ。私が元気でいなくてどうする。私は軽く深呼吸をして、ぐっと胸を張る。……少しだけ楽になった気がした。
「……私、何にも知らなかった」
ソーさんが親に嫌われている事。弟がいた事。……あのとき、彼が言った言葉の意味も。
≪……おまえも、きらわれものなの?≫
あれは、自分への自嘲も込められていた。誰からも好かれず、煙たがられて、居場所の無くなった私を自分に重ねたのだろう。彼は、私を介して自分を見ていたのだ。
「…………」
ソーさんは私に優しくしてくれた。彼のお陰で趣味が増えたし、彼のお陰で友達もたくさんできた。小学校の頃の私からは考えられない程の成長を遂げた。でも、ソーさんは――?彼はずっと嫌われ者で、両親にも煙たがられて、それでも生きて。そんな彼の一生は、みんなから嫌われたまま幕を閉じた。こんなふざけた話があるか。こんな……酷い話があるもんか。
「私はまだ……何も返せてない」
私の心の中に、黒い何かが広がった。それを感じるより早く、誰かの声が聞こえた。
「危ない!」
「えっ?」
いつの間にか道路に出ていたのか、目の前に車が迫っている事に気がついた。呆気に取られた私はそのまま車を眺め――強い衝撃を受けて意識を失った。
「………………痛っ」
あれ、おかしいな。身体中が痛い。目が覚めた俺が感じたのは寝汗より不快な感触だった。なんか頭が痛くて、動かせるような感じがしない。何でこんな事になってるんだったか……あ。
「そうだ、確かあの黒いやつに……」
まさか、あいつに殴られて気絶していたのだろうか?そうだとしたら今は戦闘中?そう思って辺りを見渡すが、目に映るのは岩の壁のみだった。
「あっ、目を覚ましたんだね。ソーさん」
「小原?」
気づけば、隣に小原が立っていた。身体のあちこちに傷がついているが、どうやら無事だったようだ。
「びっくりしたよ。ソーさんが殴り飛ばされて気絶して、必死で近くの洞穴に駆け込んだんだからね」
「え、そうなのか?ありがとう。……ところで、フラムとシオンは?」
どうやらこの洞穴に二人はいないようだ。あの黒いやつの件もあるので、安否だけでも確認したい。小原は安心させるように微笑んで、
「大丈夫だよ。二人ならあの黒い魔物を引き付けたあと、町に食べ物を買いに行ったよ」
呑気か。もうちょっと心配してくれよ。
「そうか、良かった。うっ……」
「ソーさん!?」
「大丈夫、頭が痛いだけだ」
「あー……確かに、ソーさん頭強く打ってたもんね。吹っ飛ばされた後とか、凄い体勢になってたよ」
おい、どうなってたんだよ。どっか折れたりしてないだろうな。……そう言えば、さっきから身体動かないんだけど。
「なぁ、ちょっと手を貸してくれないか?起き上がれないんだ」
「うん、いいよ」
そう言って、小原は手を差し出してくれた。俺はその手を掴もうと手を伸ばし……途中で手が止まった。
「あれ?」
ガシャ。不穏な音がして手が上げられなくなった。何事かと思い手元に視線を向ける。……黒い鎖がキラキラと光っていた。
「えっ」
「あ、そっか。ソーさんは動けないんだっけ。ごめんね」
そう呟いた小原は手を更に下げて俺の腕を引っ張る。……黒い鎖が俺の腕を締め付けた。身体の痛みと相まって思わず「痛っ」と声を上げた。
「小原……これはなんだよ」
「ソーさんを守るためだよ」
答えになっていない。試しに足を動かして見ると、同じように鎖の音がして足を上げられなくなった。……どうなってる?何が起きている?
「……おい!ちゃんと答えろ!お前はこんな事をするやつじゃないだろ!?」
俺が叫ぶと、小原は光の籠もっていない瞳でクスッと微笑む。
「私は、ソーさんに何度も助けてもらった。感謝してる。恩返ししたいって思った。……でも、ソーさんは死んじゃった」
「……!」
こいつ、俺が事故で死んだの知ってたのか。でも、それとこの拘束に何の関係が?
「さっきソーさんが私を庇って……また死んだのかと思っちゃった。……でもソーさんが無事だってわかったとき、私決めたの」
小原は手につけている腕輪を光らせて、俺の手を取る。なんだろう、このおぞましい寒気は。と、戦慄する俺を余所に小原は、
「ソーさんは私が守らなくちゃって」
一切光の灯ってない目で、そう告げるのだった。




