間幕 残された闇
昔、私はいじめられっ子だった。根暗で卑屈な私は、どうしてもまわりに馴染めなかったのだ。周りの子からは物を隠されたり、殴られたり。親に話そうとも思ったが、共働きの両親が家に帰って来ることはほとんどなかったのだ。
「見ろよ、こいつ筆箱かくしただけでこんなになくんだぞ」
「おもしろーい」
「ひっ、ぐすっ……」
あの日も丁度、学校で筆箱を隠されていた所だった。親が入学祝いに買ってくれた大事な物だった。当然私は泣きじゃくり、周りからはからかわれるだけ。地獄だった。
「ううっ、ふでばこ……」
「これ、お前の?」
「えっ……」
そんなとき、私は彼と出会った。彼は私の筆箱を持って目の前に現れ、それを私に見せてきた。散々いじめられていた私は警戒心が強まったのか、悲壮な表情を浮かべて、
「か、返して……!」
半ば強引に筆箱を奪うように受け取ってしまった。そんな私に、彼は何も攻めるようなことは言わず、
「お前も、きらわれものなの?」
「……う、うん」
「ふーん、そうか。俺もおなじだよ」
「えっ……」
彼はなんでもないようにそう言って、私に笑いかけたのだ。そして、他にも懐から何かを取り出す。
「そういえば最近、落とし物をひろったんだけど、これもお前のか?」
「あっ、私の上履き……」
「よかった。はいこれ。もうなくすなよ」
彼は上履きを私に渡すと、そのままかけて去ってしまった。
翌日の放課後。落ち込んだ様子のない私を見たいじめっ子達は、学校の裏に私を呼び出した。小学生だった私は震えながらそこに向かった。
「な、何……?」
「おい、おまえの筆箱、どうやっておれたちからとりかえしたんだよ」
「え……?」
そんな話は初耳だった。このときの私は、筆箱が隠されているだけだと思っていた。しかし、このいじめっ子達は私の持ち物を決まった場所に隠していたのだ。そこからものが無くなれば、当然疑われる。
「あんた、調子にのらないでよ。わたしたちの遊びをじゃましないで」
「じゃまなんか……」
「うるせぇ!これでもくらえ!」
「――!」
襲い来る拳。恐怖のあまり私は目を瞑った。でも、いつまで経っても殴られた感触がない。私は恐る恐る顔をあげた。
「あ……!」
「いってー……女の子あいてに強すぎだろ……」
「な、何だおまえ!どこから来たんだ!」
そこにいたのは、あのときの男の子だった。痛がっている様子を見るに、彼が代わりに殴られたのだと私は察した。
「どこからって、ふつうにおまえらの後ろから」
「ふざけんな!あしおとが聞こえなかったぞ!」
「だっておまえらがおおきい声でしゃべるから」
彼は殴られた箇所を抑えながら、煽るようにそう言う。最も、彼にそんなつもりはなかったのだろうが。
「こんなところで何してるんだ。こどもはかえる時間だぞ」
「おまえもこどもだろ!きめた!おまえからぼこぼこにしてやる!」
「あっ……駄目!」
私は大きな声を上げて制止しようとした。しかしその声も虚しく、いじめっ子の拳が彼の身体に……!
「ほっ」
「えっ」
「えい」
「いたぁ!?」
……当たらなかった。拳をひょいと躱した彼は、いじめっ子にデコピンした。威力がそれなりにあったのか、いじめっ子がうずくまる。
「はいざこ〜」
「くっ、てめぇ!」
「あ?」
「「ひっ……!」」
彼は小学生とは思えない怖い顔でガンをつけた。正直私も怖かった。彼はいじめっ子の男の子の胸ぐらを掴む。
「ひとをなぐったりするなよ。このクズ」
「は、はい……!もうしません!だから、離して……!」
「えーどうしよっかなー」
「あなた達!何をしているの!」
その時、担任の先生が現れた。彼がパッと手を放すと、いじめっ子達は先生に駆け寄る。
「せんせー!あいつが殴ってきたんです!」
「あいつ、ひどいこと言ってきたの!」
「なんですって……!そこのあなた!ちょっとこっちに……」
「嫌だね。じゃあな」
彼は先生に捕まる前に、走って逃げ出した。
次の日から、私のいじめは無くなった。いじめっ子達が標的を彼に変えたのだ。どうやら彼はこっ酷く叱られたらしく、先生も手が付けられない問題児というレッテルを貼られた。私は責任を感じて、彼に謝りたいと思い、放課後に彼を探すようになった。学校の裏を何度も訪れ、彼の姿を探した。幸い、十度目くらいで彼は見つかった。
「あっ……」
「?誰……あ、おまえか。久しぶり」
久しぶりに見た彼は顔に傷を作り、服は薄汚れていた。私は驚いた。
「ど、どうしたの……それ」
「あ、これ?あのクソガキたちが泥投げて来たりしてさ。鉛筆とかも失くすし……運がわるいのかもな」
「え……」
私は知っている。それは、私がいじめられてきたときの状況と全く一緒だ。私は罪悪感で心がいっぱいになった。
「ごめんなさい……」
「え、なんでおまえがあやまるんだよ」
「だって、私をかばったせいでしょ……?」
「何言ってるんだ。俺はかばったりしてない」
彼は私の問いに首を横に振り、あのときの笑顔でこういった。
「ただあいつらが気にくわなかっただけだ。だから、これは俺がかってにやったことだよ」
「……!」
我慢できず、私はその場で泣き崩れた。珍しく彼は慌てたような様子で私に駆け寄る。
「お、おい、どうした?」
「ごめんなさい……!ごめんっ、なさい……!」
「ええ……なくなよ!あ、そうだ、俺チョコ持ってるんだ!これでも食べろよ、な!?」
「ありがと………………甘い」
「あっ、それは食うんだな……」
彼は私が泣き止むまでそばにいた。そして私は2個チョコを食べた。その時のチョコはとても甘くて、少ししょっぱい味だった。
「……おちついたか?」
「う、うん……ごめん」
「まぁ、あいつらの行動は気にしなくていいよ。なんかしょぼいし」
「……それ、あなたを怖がってるんじゃ……」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもない……」
「そうか。よし、じゃあ、名前おしえてくれよ」
「えっ?」
「なんだよ、友達の名前くらい知らないとだろ」
彼の言葉に、私は固まった。当然だ。私は今まで友達なんていなかったのだ。彼が友達として認めてくれた。それは十分衝撃的である。
「えっと、その……」
「え、まさか友達って思ってるの俺だけ?」
「そ、そんなこと……ない!だけど……ほんとに、私が友達になっても……いいの?」
友達なんていなかったから、友達をつくるのなんて始めてだった。だから、私は彼の様子を伺いながら途切れ途切れに言葉を発する。彼は笑顔で頷いた。
「もちろん。俺は谷口――――。おまえは?」
「小原……エイカ……」
「小原か。これからよろしくな」
「う、うん……!よろしく……!」
こうして、私はソーさんと友達となったのだ。




