第二十八話 秘密は胸に秘めていたい
いつからだろう。自分の世界が疎ましくなったのは。家では馬車馬のように親にこき使われ、外では話す相手もいないほどの交友関係の狭さ。あのとき、両親を失ったときから既に俺は壊れていたんだ。それを悟られないように心に厚い壁を作り、自分以外開けられないようなもので蓋をした。結局、日本での十六年の人生は――――という役を演じきることさえできなかったのだ。間違いなく今の俺は俺じゃなく、ユウというただの平凡な旅人なのだ。前の世界での反動なのか、気に入らない奴に反抗し、自分の好きなように行動するようになった俺は、初めて仲間というのができた。そこで気付いたんだ。あそこは元より俺の生きれる世界じゃなかったんだって。この異世界が、俺にとっての初めての居場所だったんだって。本気でそう思った。だからこそ、俺は――
目が覚めて見たのは、どこかで見たような天井だった。俺のいた宿屋と少し似ているが、木の色が薄いことから違うということが分かる。え?俺何でこんなとこで寝てるの?町歩いてたよね?それで確か髪の白い変な奴にあって…………それから?駄目だ、記憶がない。とベッドの上で思考を巡らせていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、目が覚めたのね」
声の方を見ると、見覚えのある金髪の女性――フラムの姿が。何故か林檎の皮を包丁で剥きながら、安心したというように息を吐く。その様子から、ピンときた。
「俺、もしかして倒れたりとかした?」
「その通りよ。……うん、変な口調じゃないし……ちゃんと、≪ユウ≫みたいね」
マジか。俺、町中で倒れたのか。後変な口調って何?俺のことディスってる?まぁいいけどさ。
「ありがとな。ベッドまで運んでもらって……でも、ここっていつもの宿屋じゃないよな?何で俺はこんなとこにいるんだ?」
俺の質問に、フラムは真面目に答えてくれた。
「貴方はこの近くの火山にいたの。そして、よくわからない何かに意識が乗っ取られていて……戻すのに苦労したわ」
凄く傲慢な性格になっていた、とフラムは付け加える。……火山に?しかも、意識が乗っ取られていた?確かにファンタジーならあり得る話だが……一体何に?
俺がそう悩んでいると、部屋のドアが勢いよく開かれた。びっくりしてそっちを見るとそこにはシオンと、見覚えのある二人がいた。ユウとサオリである。ユウとサオリは俺の元に駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!」
「ぐあっ」
サオリがそのまま飛びついてきた。痛い。体調は何ともないはずなのにどこか痛めたような気がした。
「兄さん……!よかった、無事で……!」
ユウはこっちを見てとても嬉しそうに笑う。その瞳には少し涙があった。俺が火山にいたということは、二人にも心配をかけたのだろう。
「ごめんな。いなくならないって言ってたのにどっかいって」
「ううん、兄さんにも事情があったんでしょ?仕方ないよ」
そう言ってくれるユウに安心する。どういう教育を受けたらこんないい子に育つんだろう。不思議でしょうがない。
「あー……サオリ?首締まってるからそろそろ離して……」
「やだ」
「いや、ほんとに死ぬから……!俺引き剥がせないから!」
俺の貧弱さを舐めるなよ。割と力のあるサオリに拘束されたら身動き一つ取れないからな。俺が必死に言うと、サオリは名残惜しそうに離れてくれた。ちょっと頬を膨らませて怒ってるのが可愛いと思った。
「……何でお主はにやけておるんじゃ」
「にやけてない。あ、そう言えば俺の荷物は?」
出掛けてたときにあの剣とお菓子を持っていたはずだが。部屋を見渡しても剣しか……あれ、ちょっと黒くない?お菓子はないみたいだな……シオンは気まずそうにしながら答える。
「その、お主を見つけたときにはその剣しか持っておらんかったぞ」
「えっ嘘。お菓子入れたポーチとかなかった?」
顔を逸らされた。なかったらしい。もしかして持っていってなかった?忘れ物してた?
「……まぁいいけどさ。誰かが食べたりとかしてない?」
「し、しとらん」
「……フラム、俺のお菓子知らない?」
「……知らないわね」
二人は目を逸らしながらそう言った。……ちょっと怪しいな。そう思った俺はかまをかけることにした。
「シオンの口の周りになんかついてるぞ」
「っ!?」
シオンは慌てて口を拭った。……これはやってるな。倒れている間にこの前買ったパウンドケーキを食われたらしい。はぁ、また買うしかないか……美味そうだったしな……
「お前ら、覚えてろよ。食べた奴は倍のパウンドケーキ買わせるからな」
「……えっと、その……」
「…………」
気まずそうにする奴が二人増えた。どうやらユウとサオリも食べたらしい。顔真っ青だし。なるほど、ふーん。
「ユウとサオリはいい。そこの二人だ」
「どうして!?」
「ず、ずるいぞ!いくら二人が金を持っとらんからと言って!」
五月蝿い。二人ならオールオッケーに決まってるだろ。大事なものをくれって言われてもあげるぞ俺は。
「に、兄さん、ごめん」
「……ごめんなさい」
「ああ、別に大丈夫だ。菓子ならまた買えばいいしな」
「対応が違いすぎるでしょ!」
「そうじゃぞ!儂らは今回の功労者なんじゃからな!ちょっとのミスくらい見逃すべきじゃろ!」
そう言って激昂する二人。何をしてくれたか知らないけど、それとこれとは別問題です。
二人が落ち着き、ユウとサオリが別の部屋に行った後。安静にしておけと言われたのでベッドに寝転ぶ。そのまま天井の染みを数えていると、剥き終わって綺麗にカットされた林檎をフラムが近くに置いてくれた。ありがたいけど、それ何の動物?兎だったら耳は二つだと思うんですけど。耳一つの動物とかいるの?
「……これは兎よ」
「耳足りなくない?」
「う、五月蝿いわね。慣れてないのよ」
まさかの兎だった。フラムは顔を赤くして目を逸らした。何その反応、フラムにしては珍しいな。
「フラム、儂も出来たぞ。自信作じゃ」
そうやってもう一つ林檎を置くシオン。いや、丸ごと……?よく見てみると、いつかの俺を襲ったキメラに似ていた。妙にクオリティが高い。
閑話休題。
「……そういえば、ユウって謎が多いわよね」
「はい?」
謎が多い……?俺が?俺なんて何処にでもいる一般人ですよ?と首を傾げる。フラムは続けた。
「出身地もよくわからないし……後、名前も変だもの」
名前、と言われてドキッとする。まさか、バレてるのか……?いやまだわからない。大丈夫だ、落ち着け俺の左手……!
「出身地は日本だって。名前もおかしくねぇよ」
名前おかしいって何よ。お母さんお父さんからもらった立派な名前でしょうが。……俺のじゃないけど。俺は冷静に述べたが、フラムはどうも納得がいかないらしく、こっちを睨んでくる。そして、さらに核心に迫るような質問をしてきた。
「……正直に答えて。貴方のユウって名前は偽名でしょ?」
「…………!?」
「え、そうなのか?」
冷静を保ちながら驚く俺と、コテンと首を傾げるシオン。俺は動揺を悟られないように聞き返す。
「なんか証拠はあるのか?」
刑事ドラマの犯人みたいな言い方になってしまった。……それ何かあるって思われるやつ……!フラムはまるで詰めるように、俺の事を指差す。
「まず、貴方の服装からみて、一般的な家庭に生まれているとわかるわ。そんな人が性の無い名前というのはおかしいでしょ?孤児でもあるまいし……」
「…………」
「そして、名前が瓜二つの弟。これだけでも証拠は十分のはずよ」
ぐうっ……殆ど正解なんですけど……!確かにそれは怪しいよね!清廉潔白な俺を疑いたくなるよね!……嘘です、清くはないです。俺は途端に面倒臭くなり、ぶっきらぼうに答えた。
「そーだよ、俺はユウっていう清らかな名前じゃねえよ」
「……そう」
「ええっ!?つまり、本当に偽名ということか!?」
「嘘ついててすまん。まぁそれ以外は本物だから許してくれ」
シオンは驚愕の表情を浮かべ、フラムはより視線を強くする。あの、正直に言ったから許してくれないですかね。
「じゃあ、この話は終わりな」
「……まだよ」
えっ。
「まだ、貴方について説明をもらっていないわ」
「……どういうこと?」
本気で意味がわからず、俺は思わず訪ねた。俺について……?そんなの聞いてどうすんの。フラムは真剣な表情で答える。
「私達は、貴方のことを殆ど知らない。もちろん、過去を探るつもりはないけれど……一緒に戦う相手何だから、身分くらいは明かしてくれないと」
……なるほど。確かに、素性のしれない相手と一緒に戦うのは危険だ。その人の全てが嘘で、それが原因で裏切りにしまうこともあるだろう。フラムの言い分は当然のことである。……でもなあー、言いたくないなぁ……
「そうじゃな。儂も、お主のことをもっと知りたいぞ。天使の推薦者など、滅多に会えるものでは無いからの」
「……言わなきゃ駄目?」
「「駄目」」
俺はがっくりと肩を落とした。……こうなっては仕方ない。ここで隠したらほんとにやましいことがあるみたいになる。……まぁ、丁度退屈だったし、これくらいならいいだろう。俺は二人に向かって、ゆっくりと話を始めた。




