第二十五話 行方不明、同士の予感
「兄さん……?いる……?」
翌日の早朝。兄と一緒に食事でも食べに行こうかと思ったユウは、兄の元を訪ねた。兄は自分とは別の部屋で、ユウ達は一緒の部屋にしようとこの前言ったのだが、兄に拒否されてしまった。ユウは少しへこんだ。
「いないな……何処か出掛けたのかな?」
兄の部屋には人の気配がなく、兄の荷物もない。やはり何処かに出掛けたのだろうと思い、ユウは踵を返してその部屋を後にしようと――
「……?」
して、足を止めた。机の上に、これ見よがしに紙が置いてあったからだ。ユウはそれを躊躇いながらも手に取り、それを読んだ。
≪少し出掛けてくるから、御用の場合は帰ってきたときにで!≫
兄の筆跡で、日本語とこの世界の言葉で書かれていた。どうやら本当に出掛けていたとわかりユウは安心した。
「……じゃあ、他の人を誘おうかな」
ユウはぼそっと呟くと、今度こそその場を後にした。――後に、この書き置きによってトラブルが起きるとも知らずに。
「……これは……」
我が連れてこられたのは、荒れた火山の台地であった。あちこちに溶岩が流れていて、火山弾が降り注いでいる。しかしそんな中でもたくましく生きる生物もおり、麓には人間の集落もあった。ヴェルトンはそんな光景を忌々しいという。やはり此奴は頭のネジが外れているらしい。
「どうですか神よ。台地は荒れ狂いどもそこに生きる生物。勝手に集落を作る人間。なんともおかしい光景だとは思いませぬか」
「いや、そんなことはないだろう。誰も彼もが必死に今を生きている。実に尊きものだと思うが」
我の答えが気に食わなかったのか、ヴェルトンは顔を一瞬しかめる。しかしすぐに元の顔になり、我に語りかける。
「何をおっしゃいますか神よ。彼奴らはここが神の加護を得ているとも知らずに呑気に生きているのです。許しがたい……ああ、許しがたい」
何を言っているのだ此奴は。我は既に存在しない神。加護も何も持たぬ者だ。それを此奴は間違って解釈し、自分の都合のいいようにしている。
「……ヴェルトン。過ぎた発言はよせ。我にそのような加護はない」
「いえいえ、ご謙遜を。それではまるで、神が下等な彼奴らと一緒だと言うようではないですか」
「……ヴェルトン!」
「おっと、失礼しました。……さて、本題に入りましょうか」
流石に看過できず声を荒げると、ヴェルトンは話題をすり替える。ヴェルトンはまるで喜劇の主人公のように振る舞い、あくまでも仰々しく語る。我の何かを逆撫でるように。
「さて……神にお願いしたいことは……彼奴らを滅ぼし、再び神の時代を創って欲しいのです」
「……何だと?」
「神もお気づきでしょう。この世界には、神を知らぬ者共が多すぎる。好き勝手に生き、神に感謝も伝えずにのうのうと生きている」
ヴェルトンは今まで見てきた者を語るように、何の感情も宿さずにそう言う。……神が知られぬ世界……か。
「それに何の問題がある。我は欲望と虚無の神。虚無に名をつける事が無いように、我は存在すらしていない。他の神とてそうだ」
我は冷静にそう告げる。古より、神は存在はしておらず、ただ自らの力を与える者を探す。それは我とて例外ではない理だ。しかしヴェルトンはそれが気に入らぬのか、態度を豹変させてこう言った。
「……神までそんな事を仰るのか。もういい。ここに蔓延るクズどもも、そして貴方も。私の糧としてくれよう」
ヴェルトンは殺気をこちらに向け、懐から取り出した混沌剣カースフェイスを掲げる。……くっ、あの時奪われていたというのか。
「十二の使徒が一つ、ヴェルトンの名において告げる。神よ、私に神託を与え給え。そして力を与え給え。全てを殺し、全てを救済する力を……与え給えぇ!」
ヴェルトンの詠唱が終わると、カースフェイスが禍々しい光を放ち、その形を変えていく。そして、それは鎧のような形となると、ヴェルトンに装着されていく。
「ハハハハハ!これだ!これこそが私の求むる力!全てを滅ぼし、救うちか……ら……」
「ヴェルトン!その剣を離せ!」
我の叫びも虚しく、ヴェルトンは鎧によって完全に武装される。意識も無くなったのか、返事をすることもなかった。感じるのは破壊の衝動。かつて、その剣により数々の使徒を救済していた彼のようであった。
「……ヴェルトン……!」
「ワタシハ……ヴェルトン……デハナイ。スベテヲクライ……スベテヲホロボスジャリュウ……プルートーデアル」
「……!」
ヴェルトン――プルートーは完全に剣に意識を乗っ取られているようだ。プルートーはこちらを一瞥すると、獣のように四つん這いとなる。黒く禍々しい鎧に、竜のように猛々しい仮面。その様はまさに竜のようであった。
「アトハ、ヨクボウトキョムノカミ……キサマヲトリコメバ……ワタシハカンゼンナリュウトナル」
「……はっ、貴様如きに我を制御出来るわけがなかろうが」
「ナメルデナイ……コノゴウヨクナウツワトワタシノチカラ。キサマヲトリコムコトナドサマツナコトダ……」
プルートーは鎧から歪な形の翼を取り出すと、その力で空へと飛翔する。そして、仮面の口が開くと、そこに魔力が集中しだした。あれは……不味いな……
「……チッ、≪転移≫」
我は冷静に呪文を詠唱し、その場から離脱した。
「……?ヤツハ、ドコへ……」
プルートーはブレスの体制を解き、辺りを見渡すが、奴の姿はない。どうやら逃げられたようだ。まぁいい、奴の存在など所詮たかが知れている。自分の邪魔になることはない……とプルートーは思った。ならば、やることは決まっている。
「……コノヨニイキルモノタチヲコロシ、フタタビワレラノジダイヲツクルノダ……クハ、クハハハハ……」
プルートーは身体の向きを変え、火山の方へ飛んでいった。
「……おかしい」
ユウがいなくなってから三日。流石に、連絡の一つもつかないのはおかしい。しかも、パーティーメンバーの私達にも何も連絡がないなんて……
「どうしたんじゃフラム。一体何がおかしいというんじゃ」
「そうですよ。私の近くにガルムがいないことですか?それとも、新メニューの人気が無いことですか?」
「違うでしょ!ユウよ、ユウ!ユウの音沙汰がないことでしょ!」
私の叫びに、二人はポンと手を叩く。どうやら気づいてくれたみたい……ホッとした。
「確かに、最近ゲームをしていないなと思ったぞ」
「確かに、最近お客さんが少なくなったな―って思いました」
……ユウはそんな印象を受けていたのね。今度、もうちょっと優しくしてあげましょう……ってそうじゃない!
「ユウ!……の弟君!何かあの男から聞いてない?」
私は近くにいたユウの弟――ユウに声をかける。紛らわしいので弟君と私は呼んでいる。弟君はタジタジとしながら話しだした。
「えっと……三日前に、出掛けてくるって書き置きが宿の部屋に置いてあったくらいですね」
「……それだけ?行き先は?」
「えっと……書いてなかったです……」
なるほど。ユウは書き置きをして出掛けた、と……情報が少なすぎる。これじゃ何も分からないわ……と思いながら、弟君にもう一つ気になる事を訪ねた。
「……えっと……弟君。サオリちゃんは一体どうしたの?」
「えっと、ですね……」
私達は、机に突っ伏して泣いているサオリちゃんを見る。一体何があったのだろう。弟君はサオリちゃんを撫でながらこう言った。
「……お兄ちゃん成分が足りない、だそうです」
「……はい?」
えっと、今なんて言ったのかしら?お兄ちゃん成分?そんな言葉聞いたことないのだけれど……と、私が戸惑っていると、突然、アオイさんがサオリちゃんに駆け寄った。はやっ……
「お兄ちゃん成分……?あの、サオリさん。もしかして、貴女もこちら側なんですか……?」
サオリちゃんは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。流石に意味が分からなかったのだろう。困惑した顔をしている。
「こちら側……?」
「そうです。貴女、お兄さんの事が大好きなんですね?」
「……う、うん」
「実は、私にも大好きなきょうだいがいるんです。可愛い可愛い弟が」
「…………!」
サオリちゃんは涙を拭い、ガシッとアオイさんの手を握った。その様はまるで運命の人を見つけたかのような……って何を考えてるの私は。
「……まさか、私とおんなじ考えの人がいるなんて……」
「はい、サオリさん。これは運命です。是非、私達で同盟を組みませんか?そう、同じきょうだい好きとして……」
「……うん!」
最早私達そっちのけで進む謎の会話。そんな二人を見て、私は思わず、「……何これ」と呟いてしまった。




