第十六話 その名は
≪また会ったな、我が依り代を持つものよ≫
ふわふわとする意識の中で、複数人の声が混ざったような声が聞こえる。……ああ、また夢か。うっすらと目を開けると、この前に見た異形の神がいた。
「よう。最近はその依り代とやらは使ってないけどな」
≪知っている。どうやら、面妖な奴に絡まれたようだな。何を恐れる事がある。二人まとめて殺せばいいではないか≫
こっわ。神だから倫理とかないのか?流石にそれは出来ないっていうか……
「そんなことしたら捕まるだろ。こっちの世界にはルールってもんがあるんだ。あと、俺にそんな力はないぞ」
俺の言葉に、神は大仰に笑った。そのエコーボイスみたいな声で笑われると怖いんだけど。
≪我が力を与えてやろう。もちろん、下僕となる必要があるがな≫
「……下僕になる以外の方法はないのか?」
≪ふむ、あるにはあるが……これは少し危険な方法でな。最悪我が消えるかもしれない≫
なるほど。それは一大事だ。……一大事か?俺の疑問を他所に、神は真剣な様子で話し出す。
≪我に一時的に貴様の体を貸すことだ。貴様も覚えがあるだろう。あの聖剣使いを屠ったあれだ≫
もしかして、カブラギと戦っていたとき体が勝手に動いたことを言っているのだろうか。あれはこいつの仕業だったのか。
「ん?それが何でお前が消えるっていう話になるんだ?」
≪魔力の消耗が激しいからだ。魔力が無くなると我の存在は消える。そうなると復活が難しいのだ≫
ふーん、なるほど。……ならそうならないように気をつければいいじゃん。神がそんな理由でためらうとか繊細か。
「……なるほど。じゃあそれでお願いします」
≪貴様は話を聞いていたのか?≫
うん。でもそれしか方法ないし、仕方がないと思うんだ。そんな事を思っていると何か目が覚めるような感覚を感じる。ということは、そろそろ朝ということか。
≪くっ、また……!おい貴様!我の力を借りるのならばあの剣を持てばいい!決してその剣を失ってはならぬぞ!≫
それだけ聞くと、俺の意識は暗闇に落ちた。
「ふああ……」
思いっきりあくびをして、体を起こす。若干眠気を感じる体で、朝の支度をする。……何か物音がするな。隣の部屋でなんかやってるのか?と思いながらなんとなく辺りを見渡すと、見覚えのあるポニーテールの女性が棚を漁っていた。…………何してんの?こいつ。
「……おい、お前」
「っ!?お前、起きていたのか!ナギ!眠らせろ!」
「は~いおまかせ〜……キュッ」
俺はどこからか出て来たナギを取り押さえてチョークスリーパーを決める。棚を漁っていたリエは顔を青くした。……?何だその顔。
「お、おい!ナギを離せ!顔が青くなっているぞ!」
「?何で?こいつ不法侵入した上に俺を襲おうとしたからこれは正当防衛だぞ?」
「…………」
「待て!待ってくれ!そのままでは本当に死んでしまう!何もしないから離してくれ!」
「嫌だね。そう言って俺を気絶でもさせる気なんだろ。その手には乗らないぞ」
ていうか、首絞めてないし。漫画で見たやつそれっぽく実践してるだけだし。こいつ力弱すぎるだろ。と思っていると、リエに少し突き飛ばされてしまった。俺は壁際に転がった。
「ふん!……ナギ!大丈夫か?」
「怖かったよ~」
ピンピンしてやがる。もしかしてこっちの方が危険人物なのでは?いや、それよりも……
「……お前らどうやってここに入ってきたんだ?」
「私が扉をこじ開けた」
見ろ、とリエが指を指した先を見ると、ボロボロになった元・扉もとい現・穴があった。これどうするんだよ。宿の人に怒られるぞ。
「さて、ナギも取り戻したし……おい、剣はどこにある」
「ここにあるぞ」
俺はベッドの下から剣を取り出す。……実はこれも偽物である。リエは驚いた表情でそれを見る。
「……それをよこせ。そうすれば危害は加えない」
「はい、どうぞ」
「よし。これで私達はさらに強く……?」
…………あ、バレたっぽい。なら仕方ない!俺は急いで棚から本物を取ってダッシュ。ちなみに扉が壊れていたのでその棚で入り口を防いた。そのまま階段を降りて受付の女の人に「不審者が俺の部屋にいるので通報して下さい」と言って外に出た。
「ぜーっ、はーっ……」
しんどい。ここのところ逃げてばっかりな気がする。ふざけんな、もっとゆっくりとした生活送らせろ。
……あ、ここいつもの路地裏じゃん。何故俺は路地裏に縁があるんだろうか。
「……ユウ?」
後ろから高い声が聞こえてきた。聞き覚えのある声に振り返って見ると、そこには見慣れたフラムの姿が……
「…………お前何してんの」
フラムは猫じゃらしのようなものを持って目の前の猫軍団と遊んでいた。突如とした和やかな光景にツッコミを入れざるを得ない。フラムは猫の相手をしながら俺の質問に答えた。
「見ての通りよ。今ちょっと忙しいから」
「いや待て待て」
続行しようとすんな。
「何でお前は路地裏にいるんだよ。というか何で猫と戯れているんだ」
「この子達は……この間たまたま会ったのよ。あなたこそ、そんな疲れたような表情してどうしたの?」
「あの頭のおかしい姉弟に追われてるんだよ」
フラムは猫を撫でながら、「ふーん、そうなの」と言う。……いや、何この状況。呑気か。
「ふう……疲れた……」
何だかどっと疲れが出て来た。追手が来る様子もないし、いっそここで寝てしまおうか。と、地面に寝転がると、猫の一匹がこちらに来る。そのまま俺の近くに来ると、体を丸めて寝始めた。なんだろう、ちょっと微笑ましい。
「……あなた、その子に警戒されないなんて凄いわね。その子、なかなか懐いてくれないのに」
へぇ、そうなのか。……よく見たらこいつ黒猫じゃん。何?今日運がないってこと?不吉って事?
「……まぁいいか」
ちょっとはゆっくりできそうなんだ。別に気にすることでもない。
夕方。宿屋で不審者を捕まえたとの情報を聞いたので、俺はフラムと一緒に宿に帰っていた。宿の扉を開けると、あのとき話しかけた受付の女の人に話しかけられた。
「あ、お客様。言われた通り通報しときましたけど……宿での争い事は止めてくださいね」
「ああ、すいません。……ところで、扉ってどうなりました?」
「そうですね……変えの扉がまだ出来ないので、しばらくあのままということに……」
マジかよ。プライバシーもあったもんじゃないぞ。クソ……あの姉弟、今度会ったら文句言ってやる。
「なんとかなりませんか、お姉さん」
「なんとかと言われましても……」
「じゃあ、私の部屋に来る?」
フラムが真剣な様子でそういった。俺は呆れた眼差しを向けながら、
「……女の子はそんな簡単に男を部屋に上げちゃ駄目って聞いた気がするんだが」
「別にユウなら変なことしないでしょ」
何それ。その信頼どっから湧いてきた?まぁ何もしないのは事実だし。ここはお言葉に甘えるとするか。と、今まで黙っていたお姉さんが……
「あわわわ……フラム様が男の人を部屋に呼ぶなんて……これはまさか……恋の予感……!」
「ちょっと!?」
「いや、ないです」
「何よその反応!腹立つわね!」
別にそこまでの関係でもないし。ないない。……俺がそう思っていると、フラムが怒りで体を震わせながら、
「いいでしょう、そこまで言われたら私のプライドが泣くわ。……ユウ、行くわよ」
「お、おう」
何だか怖いので素直についていく。お姉さんはまだ誤解したままだったので、一応軽く説明して解いておいた。
「…………」
「…………」
「……何か喋りなさいよ」
「……?何で?」
フラムの部屋に入った俺は普通に寝転がっていた。絨毯が敷いてあるので寝心地も十分。そうやってしばらく過ごしていると、何故か先程から黙っていたフラムが喋ることを求めてきた。どうしたんだこの人。
「……私の部屋に入って寝転がっておいて、よくそんな態度がとれるわね」
よくわからないが、地雷を踏んだらしい。フラムはさっきのときのように怒っているようだ。……まぁ恋の予感とか言われてあんな反応されたらそうなるのかもな。恋愛経験ゼロだから知らんけど。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと眠くてな」
「……絨毯じゃなくて、ベッドを使ったら?」
「えっ」
何を言ってるんだこの人は。そのベッドはあなたのでしょ?そこを俺が使う?…………ええ?
「いやいや、お前はどうするんだよ」
「心配しないで。私もベッドを使うから」
嘘でしょ。まじで?年頃の男女が同じベッドで寝るってこと?丁重にお断りしたいんですけど。
「……いや、流石にちょっと……」
「な、何故かしら。別にあなたは変なこともしないし、何も問題ないはずよ」
フラムは顔を赤くしながらそう言う。……明らかに無理をしているように見えるが、食い下がる様子もないしな……よし。
「じゃあお言葉に甘えて。ちゃんと服綺麗にしてるから安心してくれよ。ベッドは汚れない」
俺はそれだけ言ってベッドで寝る。ギリギリ二人は入りそうなのでホッとした。
「おやすみー」
俺は寝転がって目を閉じた。
「ええ!?ちょ、ちょっと!……う、嘘でしょ。本当に寝てる……」
フラムの慌てた声を聞きながら、俺は眠りについた。




