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第十五話 (非)日常生活


「ねぇ、――――。今すぐ料理を作りなさい」

「え?俺、包丁も持ったことないんですが……」

「文句を言わない!私は今疲れてるの!あの人も帰って来ないし、ユウとサオリにそんなことをさせるわけにはいかないわ!ほら、早く!」

母さんはいい意味でも悪い意味でも「家族」優先の人だった。本当の家族じゃない俺のことを奴隷のように扱い、失敗したら暴力。そのせいか、俺は家事全般ができるようになった。

「……何だこの点数は。もっと勉強しろ。お前は私の子供を助ける必要があるんだからな」

父さんも自分の子供を優先し、褒めてくれることも、慰めてくれることもなかった。ただ勉強を強制し、世間体を気にすることを求められた。そのせいか、俺は勉強も振る舞いも完璧に近くなった。こんなクソみたいな環境の中で助けてくれたのが、ユウとサオリだった。二人は俺を気遣うでもなく、敬遠するでもなく、ただ俺に対等に接してくれた。それだけのことに俺はどれだけ救われたか。

「兄さん、これあげる!」

「ん?何だこれ……」

「折り鶴!上手くできたから兄さんにあげる!」

「おお、ありがとな」

ユウはよく俺に折り紙作品をくれた。幼いながらも上手に作られたそれは、ユウの綺麗な心を表しているようだった。

「……お兄ちゃん」

「ん?サオリ?どうしたんだ、布団に潜って」

「……今日はお母さん達がいないから、お兄ちゃんと一緒に寝たい。ユウも誘った」

「むにゃむにゃ……」

「……じゃあ、三人で寝るか」

「!」

幼い頃のサオリは、よく親のいないときに俺に甘えていた。大きくなるにつれて塩対応になったが、この頃のサオリはとても素直だった。……二人がいなかったら、おそらく俺は狂っていただろう。親の言うように、完璧で、つまらない人間になっていただろう。いや、母の暴力で死んでいたかもしれない。

「兄さん、か……」

何もなかった俺を救ってくれたその言葉。俺は、その言葉は胸に二人と生きたいと思った。……でも、それは叶わない願いだった。俺は、あの時に――


「はっ!」

宿の一室に、俺の声が響く。手を見ると、何かを恐れるように小刻みに震えていた。

「はっ……は、はっ……」

息が苦しい。どうやら思ったより怖い夢を見ていたようだ。心臓の鼓動が速い。背中の寝汗が気持ち悪い。

…………俺は服を洗濯し、別の服に着替える。再びベッドに戻り、寝ようとするものの……

「……寝られない」

まぁ、そりゃそうか。怖い夢を見たら寝れなくなるのが定石である。まだ心臓バクバクいってるし。……よし、一回起きよう。窓の外でも眺めるか。

「……星か」

見上げると、前の世界とは違う並びの星が見える。ガルムさんいわく、空の頂点には極めて赤い星があるとのこと。いや、頂点ってどこ?

「あ、あった。……思ったよりでかいな」

そこには、月くらいの大きさの赤く光る星があった。その周りに、十二個ほどの青い星が散らばっている。幻想的な雰囲気に、絵画でも見ているような気分になる。

「……ユウとサオリにも見せたいな」

思わずそう呟いていた。この世界に来てから三ヶ月程。気づかない内に、会えないことに寂しさを感じていたらしい。でも、涙は出ない。前の世界で涙は枯れた。だから俺は泣かないし、落ち込むこともない。何故なら無駄だと思っているから。

「…………」

しばらく、俺は赤い星をじっと見ていた。


「……眠れないわ」

深夜辺りの時間頃。私はベッドの上でずっと天井とにらめっこをしていた。眠いはずなのに、何故だか眠れない。理由は明確だ。今日見た彼の表情が、何故か気になっているのだ。

(何で、あんな表情……)

故郷の話をする時の彼は、どこか遠い目をしていた。寂しがっているような、悲しんでいるような。とにかく昏い感情を詰め込んでいるような表情だった。

(って、こんなに考えてたら眠れるわけないじゃない)

思考を止め、目を閉じる。しかし、眠れる気配はない。……何で私がユウのことで悩んでいるのかしら。

「……外にでも出ましょうか」

私は寝間着から普段着に着替え、宿の外に出た。


外は暗く、灯りで照らされている宿の窓しか見えない。しばらくすると目が慣れてきて、空までよく見えるようになる。見上げてみると、大きな赤い星が見えた。

「……魔王の星」

私は思わずそう呟いた。魔王の星とは、この国では有名な赤い星のことだ。その大きさと神秘的な雰囲気から、「魔王の星」と呼ばれている。御伽話でもよく出てくるものだ。

「綺麗ね……あら?」

ふと、宿の方に目が行く。そこには、私が先程見ていた方向をじっと見ている、私が眠れない原因の人物がいた。

「ユウ……よね。ユウー!」

少し声を抑えながら叫ぶと、ユウはこちらに気付いたのか手を降ってくる。ユウが窓から離れ、部屋の灯りが消えてしばらくすると、楽な格好をしたユウが走ってきた。

「よーフラム。お前がこの時間に起きてるなんて珍しいな」

「……あなたこそ。もしかして、眠れないの?」

「まあな。ちょっと昼寝し過ぎちゃって」

……嘘ね。昼は私達とクエストに行っていたし、夕方は私とシオンと食堂に行っていた。眠る時間なんてないはずだ。しかしユウはそれ以上話さないので、理由を聞くことはしなかった。

「それよりもさ。見てくれよ、あれ。デカくないか?」

ユウは先程見ていた赤い星を指差す。まさか、あの星のことを知らないのかしら。

「……あれは魔王の星という名前の星よ。結構有名で、見つけやすいと思うのだけれど」

「へー……空とかじっくり見たことないから知らんかったわ」

そう言ってユウはふむふむと頷く。いつも通りにも見えるが、少し元気がないようにも見えた。

「?フラム、どうしたんだ?俺の顔じっと見て」

「あ……ごめんなさい」

「別にいいけど」

そう言って、ユウは空を見上げる。……何故この人はそんなに呑気なのかしら。私はこんなにも頭を悩ませてるというのに。……ふと、ユウは見上げるのをやめてこちらを見てくる。

「そういや、フラムって家族はいるのか?」

「え?えーと……お母様とお父様と……後、年の離れた妹がいるわね」

私が戸惑いながらそう答えると、ユウは「そうなのか」と言って笑う。その笑顔にも少し影が見えたのは、私の考えすぎかしら。

「俺にも弟と妹がいてな。年は一つしか違わないけど、目に入れても痛くないくらい可愛いんだ」

ユウは嬉しそうにそう語る。ユウがここまで感情をはっきりさせるのは始めて見た。

「……でも、とある事情で会えなくなったんだ」

さっきとは一転して、ユウの顔が暗くなる。少し俯いた彼の顔は、こちらからは見えなかった。家族に会えないのは寂しいわよね……ユウは笑顔に戻ると、明るい様子で話す。

「もう気にしてないけどな。……おい、そんな悲しそうな顔すんなよ。お前らしくないぞ」

「!」

……そんなに顔に出ていたかしら。ユウは再び空を見上げると、

「……今度さ、フラムの妹さんにも合わしてくれよ。フラムとパーティーを組んだってご挨拶をさせてくれ」

「何を言ってるのよ」

そして、いつものように冗談を言う。その目はもういつものユウに戻っていた。しばらくすると、ユウは「じゃ、俺そろそろ戻るわ。最近寒いから風邪引くなよ」と言って宿の方に戻っていった。

(結局、故郷については聞けなかったわね)

まぁ仕方ないでしょう。そんな雰囲気ではなかったし、ユウも言いたくないでしょうしね。……でも、いつかは――

(あなたの真実を知れたら……このモヤモヤも解消するのかしらね)

そう考えながら、私も宿に戻るために歩き出した。






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