第十話 神は全てを見ている
あの後、カブラギと謎の少女をしょっ引いてもらい、俺はいつも通りの生活に戻った。もう変な魔物も出ないし、これまで通り安全にクエストが受けれるはずだ。
「にしても、まさかカブラギのパーティーが解散するなんてな」
「だよな。あの茶髪男、女の冒険者を操ってパーティーつくってたらしいぜ」
そんな噂話が聞こえてくる。カブラギは魂の抜けたように何もしなくなってしょっ引かれ、何故かパーティーメンバーの女冒険者達は解散した。仲の良いパーティーだったらしいが……どうやらカブラギが何かしらのアイテムを使って操っていたらしく、誰一人としてカブラギの味方はいなかった。当の本人は魔物を人にけしかけた罪で裁かれるようだ。
「ユウ、今日もサラダとパンなの?」
「違うわい。よく見ろ、パンじゃなくてスイーツだろ」
「サラダは結局食べるのね……」
何だよ。いいじゃんサラダ食っても。体にいいだろ。
「……ユウがカブラギを止めたって聞いたけど……本当なの?」
「?誰から聞いたんだそれ。俺誰にも言ってないんだけど」
「鎌をかけただけよ」
こいつ、パンケーキ取ってやろうか。そう、俺はカブラギと謎の少女を兵士の人に突き出したのは誰にも言ってない。ヒーローとか称えられるのは苦手なのだ。俺がサラダを食べていると、フラムは怪訝な顔でこちらを見る。
「ところで、その剣はどうしたの?前使ってた剣は?」
ああ、これか。
「これが前使ってた剣だよ。なんか形が勝手に変わったんだ」
「はあ?何を言ってるの?」
おい、馬鹿を見るような目をするなよ。お前にはそんな目で見られたくない。
「ホントだって。ほれ、≪ランダムスチーム≫」
「!?や、槍が重い……!まさかその剣があの変な剣なの……?」
変な剣とは失礼な。というか、さっきから≪弱体化≫ばっかり引くんだけど。麻痺とか眠りとか出してほしいんだけど。
「≪ランダムスチ……」
「わかったからもう止めて!」
フラムは必死に俺を止めた。分かればいいのだ。俺は剣を腰にしまうとスイーツに手を伸ばして一口食べる。甘くてうまい。フラムは弱体化が解けないのか、壁に槍を立てかけて座り直す。ここ食堂なんだけど、槍で穴とか開かないのだろうか。
「全く……あなたは本当に容赦ないわね」
「このスイーツ美味いな。お前も食うか?」
「食べない。露骨に話をそらさないで」
バレたか。
「まぁ別にいいじゃん。解決したんだから」
「はあ、わかったわよ……ところで、今日はクエストを受けようと思ってるのだけれど……」
「ほう?別にいいけど、俺は疲れてるから一人で行って来いよ」
「えっ」
固まったフラムを尻目に、俺は食堂を出た。
「あ!そこの男!止まるのじゃ!」
あー、だっる……最近体使ったから筋肉痛も来てるしな……今日は日向ぼっこでもするかな。そうだ、ガルムさんに会いにでも行こうか。ガルムさんのパーティーメンバーを紹介してもらおう。
「止まれと言うとろうが!おい!」
ガルムさんのパーティーメンバーって確か……白髪の男の子と、赤髪の女の子だっけ。前自慢話を聞いたけど覚えてねぇな……ああいうやつってなんか聞き流すときあるよね。
「聞こえとらんのか?おーい」
それか、食べ歩きでもしようかな。一回やってみたかったんだよな。買い食いとかあまりしなかったから。
「おおおーーい!」
「うるせえな。聞こえてるから音量大きくすんな」
「聞こえとるではないか!何故無視をする!」
「捕まったやつに関わりたくないから」
「はあ!?それはお主のせいじゃろうが!」
俺の前でプリプリと怒る紫髪の角つき少女。先日兵士さんに突き出したあの少女だ。名前わかんない。というか、この人結局シロだったんだな。申し訳ない事をした。
「儂は操られてたんじゃ!じゃなきゃあの腹立つ顔のやつについていたりしない!」
「胡散臭くなったぞ」
操られて、とか自分で言わんだろ。こいつミステリーで真っ先に疑われるやつだよね。
「お主もお主だ!話も聞かず兵士に突き出しおって……おかげで誤解を解くのに1日かかったぞ……!」
「お疲れ。じゃあ俺は用事があるから」
「おい!何でそんなに儂を避けようとする!こっちは被害者じゃぞ!もっと優しく対応してあげようという気はないのか!?」
「ないよ」
結構図々しいやつである。確かに俺が悪いんだろうけど、怪しまれるようなことしたお前も同罪だと思う。
「くっ……ならこれならどうじゃ!ほれ!」
少女は俺にカードのようなものを渡してくる。これ、冒険者カードか?レベル41……強いのか。だから何だよ。
「フフン、儂はこう見えても有名人じゃ。お主もその名に聞き覚えはあろう?」
名前の欄を見ると、シオンという名前があった。……知らん。あれ?これ一回やったことあるような……
「聞いたことない」
「あれ!?……知らんのか?儂じゃよ儂、魔族の高レベル冒険者兼魔物研究者のシオンじゃよ?」
新手のオレオレ詐欺みたいな言い方するじゃん。そんな事言われても知らないものは知らない。
「シオンっていうのか。よろしく」
「ぐぬぬぬ、儂のことを知らんとは……これではただの痛いやつではないか……」
魔族って始めてみたわ。異世界転生したら一回人外みたいなやつに会って見たかったんだよ。……意外と角がでかいな。木の板くらいなら穴開けられそう。
「まあいい……お主、名は何と言う?」
「ユウって言います。以後お見知り置きを」
「ユウか……変わった名じゃな」
……疲れて指摘する気も起きない。うん、今日は宿に帰って寝よう。いや、日向ぼっこでもいいかもな。
「じゃ、俺帰るから……」
「待てい」
もう何?せっかく人が決心したのに。お前もしかしなくても面倒臭いタイプ?
「何か儂に言うことはないのか」
シオンは不満そうな顔でこちらを睨む。言うこと……あ、そういうことか。
「兵士に間違って突き出してごめん。今度会ったらお菓子やるよ」
「ふん、わかればいいんじゃ……お菓子?何じゃそれは」
「じゃあなー」
俺は怪訝な顔のシオンを背にして、宿屋にガチダッシュした。
体がふわふわとする。目を開けて周りを見渡すと、ぐにゃぐにゃとした景色が広がっていた。それを見て、これは夢だなって思った。
「何だこりゃ……もしかして明晰夢ってやつか?」
俺は手を振ったり、動いたりするが、何も起きる様子がない。というか浮いている。よくわからない状況に目を白黒としていると、突如、目の前が真っ暗になった。何事かと思い目を凝らしてみる。
「何も見えないな……」
何だこの夢は。もう一回寝たりしたら元に戻るだろうか。と考えていると、俺の目の前に何やら人のようなものが現れる。それはぐにゃぐにゃと形を変えると、やがて見知った者になった。
「……俺?」
目の前に現れたのはまさかの俺。うん、普通の顔だ。これといって感想もない。
≪貴様は、誰だ?≫
目の前の俺二号が口を開いたと思えば、そんな言葉が聞こえてくる。誰ってそりゃ……
「俺の名前はユウですけど?」
≪嘘をつくな。本当の名を答えよ≫
……どういうことだ?何で、嘘がバレている?……夢の中だから何でもありってこと?
「だから、ユウですって」
≪……そうか。貴様がそう来るならば我が言ってやろうか?≫
「別にそれ俺の名前じゃないんで、気にしないですけど」
≪…………≫
俺二号が黙る。強気に出たのは正解らしい。しばらく沈黙が続くと俺二号は再び口を開く。
≪貴様は、生きづらいと思ったことはないか≫
「はあ?」
何を言い出すんだ俺二号。そんなこと俺とは無縁なんですけど?少なくともこの世界は生きやすいだろ。
「何なんだお前。いくら夢だからって何様のつもりなんですかー?」
≪……口を慎め、小僧≫
お前も小僧だろ。
≪……穏便に行こうとこの手法を取ったが、気が変わった。少し強引に行くとしよう≫
俺二号がそう言うと、その姿が霧のように変わっていく。やがて、原型のない異形の姿へと変わる。
≪我は欲望と虚無の神。我が依り代を持つ貴様を我がしもべとしてやろう≫
「お断りします」
想像以上にやばい奴が来た。何?神って言った?俺神様に会ってるの今?とりあえずしもべは嫌なんだけど。
≪何故だ。貴様は力を欲しているだろう。我ならば見合う力を与えられる≫
「……もしかして、心が読めたりする?」
力は確かに欲しい。カブラギのように俺にも目的というものがある。それを達成するには、今よりも強くならないといけない。でも、それはあくまで手段の一つだ。今もらっても意味はない。
≪我はある程度の事情ならわかる。ずっと貴様の中にいたのだから≫
「えっ?」
俺の中に……?異形になった俺二号はこちらを嘲笑うかのように見てくる。少し怖い。
≪ああ、いつからという顔をしているな。我は貴様があの剣に触れた時から貴様の中にいた。剣が抜けたのも、我のおかげというわけだな≫
あの剣……もしかして混沌剣のことだろうか。あの剣はこいつと何か関係があるのか?
≪……あの剣には我が力がこもっている。あのとき、我はたまたま剣の近くにいた。貴様が剣に触れたとき、我は貴様の中に入り、剣を引き抜いた≫
へぇ、そうなのか。手が光ってたのはそう言うことだったのか……異形の者はその手に杖を持つと、俺にそれをかざす。当たりそうで怖い。当たったら頭が吹き飛びそう。
≪それで、貴様はどうする。弟と妹に愛され、今や全てを失った者よ。本当に我が力を欲さぬのか?≫
「力は欲しいけど、それやったらしもべなんだろ?」
≪ああ、その通りだ≫
じゃあいらないな。
「……悪いけど、しもべにはなりたくないから」
≪何?……!?もしや貴様……わが幻術を解こうとしているのか?≫
え?どゆこと?目を覚まそうとしてるだけなんだけど。
「そろそろ起きるかー……」
≪ぐっ、止めろおおお!≫
最後に見たのは、最初に見た歪んだ景色であった。
「……ふう」
いかん。大分寝ていたらしい。外が暗くなっている。俺はベッドから体を起こすと、窓を開けて空を見る。真っ黒で、日本にいたときとは違い星がよく見える。割と都市部だったからな……俺はおもむろに、ポケットからあるものを取り出す。ちなみに俺の服は、ほとんど日本にいたときの私服である。この世界に来てから他に服も買ったが、この服はユウとサオリに誕生日に買ってもらった大事なものなので気に入っている。ちょっと死んだときの血が染みてるし、少し破れているけど。俺はポケットにしまっていたお守りを見る。これも誕生日に二人からもらったものだ。たまにこれを見て二人のことを思い出す。
「……あれから、もう一ヶ月くらい立つんだよな」
この世界にも日付の概念はあり、時間の計り方も一緒。俺が冒険者になってから一ヶ月立ったのだ。とても一ヶ月とは思えなかったが。
「二人は元気かなー」
俺はなんとなくそう呟く。少し虚しくなった。俺はお守りをくしゃくしゃにならないように握りしめる。…………目的か。俺はずっと一人で生きていた。でも二人に出会って、人生が変わった。それは俺に強い希望を与えてくれた。しかし、俺は道半ばで死んだ。また失くすのか、と怖くなった。……でも違った。俺にはまだやり直せる道があったのだ。だからこそ俺は自由に生きることにした。――前に、言われたことがある。
≪兄さんは、もっと自由に生きてもいいと思うな≫
ユウから言われた言葉。窮屈そうに生きていた俺に、彼なりに気遣ったつもりだったのだろう。そのときの俺は笑い飛ばしたが、今は違う。俺はその言葉を胸に今を生きようとしている。それが、道半ばで死んだ俺なりの二人への償いだから。
「また明日から頑張らないとな。よし、じゃあ食堂でも行くかな」
俺はお守りをしまい、宿屋を出る。青い月が高く上っていて、星がキラキラと光っていた。




