間幕 その頃…
3ヶ月前。私、谷口サオリの義理の兄が交通事故で亡くなった。突然の出来事に、私も、ユウもショックを受けた。兄はユウを庇って死んだらしく、責任を感じたのか、それ以来ユウは引きこもっているらしい。
私は、趣味の読書もせず、ただボーッとしていた。今日は休日だというのに、何もする気が起きない。こんなことは始めてだ。
「……ユウにでも会いに行こうかな」
私の実の兄、谷口ユウ。兄と言っても1日先に生まれただけで、私と年は変わらない。芸術的な才能の高い、自慢の兄である。もう一人の兄は、特に目立った才能のない普通の人であった。血の繋がってない私達を本物のきょうだいのように扱ってくれて、少しウザいときがあったが、大切な兄であった。……何故だろう、このところ兄のことばかり考えてしまう。
「…………」
私はほとんど使ってない鞄に荷物を詰め、家を後にした。
「ユウ、いる?」
やってきたのはユウの住んでる家――正確には父の家なのだが――私はインターホンを鳴らすが、全く反応がない。合鍵を持っていないのでユウに開けてもらう必要があるのだ。父は開けてくれないから。しばらくすると、家のドアが開いて、そこからユウの姿が見えた。引きこもっているせいか、なんだかやつれている。ユウは弱々しく口を開くと、
「サオリ……久しぶり。元気にしてた?」
「元気。今の私から見るとユウの方が心配」
「はは……どうぞ、上がって。今父さんいないから」
ユウに案内されて、部屋に上がる。無造作にものが置かれた自室は、彼の心情をそっくりそのまま表すようであった。
「ユウ、掃除はちゃんとしないと」
「ごめんごめん、掃除する気力がなくて……」
「……やっぱり、お兄ちゃんのこと?」
私がそう聞くと、ユウは力無く頷く。痛々しいその表情に心臓が掴まれるような感覚がした。
「兄さんは、僕を庇って……死んだ。あのときの光景がずっと脳裏に焼き付いて離れないんだ」
「……ユウ」
「何でこうなったんだろう……僕達は、3人で楽しく暮らしてたのに……」
ユウはすすり声をあげながら涙を流す。ここ数日で溜まっていたのか、止まる様子もなかった。
「……私も、最近お兄ちゃんのことばっかり考えてる。おんなじ」
「サオリ……」
「ホントはもっと甘えたかった。もっと話を聞いてほしかった。でも、お兄ちゃんはもういない」
今でも後悔している。何故あんな素直じゃない態度を取っていたのか。なんとなく避けていたのか。……駄目だ、私も涙が出そう。
「……ユウは何も悪くない。お兄ちゃんは強く生きろって言ったんでしょ。ならその役目を全うしよう」
「……サオリは強いね。僕もそうだったらよかっ……」
「ぐすっ」
「サオリ!?どうしたの、急に泣いて……」
「うううう……お兄ちゃん……」
遂に涙腺の限界が来てしまった。ユウを慰めようと思ったのに、私もユウに会って緊張がほぐれたらしい。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
「サオリ、大丈夫だよ!僕はもう元気出たから!もうこの話は止めよう!だから泣き止んで!」
「わかった……グスッ」
涙をハンカチで拭って、泣き腫らした目でユウの方を見る。ユウは少し赤い目のまま安心したように笑う。
「サオリ、僕頑張るよ。外に出て、兄さんの言ったこと全うする。だから、一緒に頑張ろう」
「うん……頑張る……」
こんなときに兄らしくするのはずるいと思った。
「サオリも、兄さんを大切に思ってたんだね。いつも素っ気なくしてたのに」
「うっ……だってああでもしないと私抑えきれない」
「な、何を?」
その後、私達は気分を変えて、兄についての思い出話をしていた。先程のように泣くことはなかった。
「意外だな。サオリが兄さんをそんなに信頼してるなんて」
「当然。お兄ちゃんはこんなぼっちの私に優しくしてくれた。信頼一択」
私は人付き合いがあまり得意ではない。だからいつも優しくしてくれる兄が大好きだった。今更だが、実は私はお兄ちゃんっ子なのだ。
「僕も、兄さんが好きだよ。今の僕があるのは兄さんのおかげだよ」
「…………」
この目線……なんというヒロイン力。ユウはまさかの正ヒロインだったらしい。なんだか負けた気分。
「……ユウ、美少女すぎない?」
「僕、男なんだけど?」
しまった。口に出てしまったらしい。不覚。
「それで、これからどうするの?」
「とりあえず学校に行くよ。今までの日を取り返す。サオリは?」
「私は……今まで通り過ごす。それが一番」
「へぇ、そうか。それもいいかもね」
「今まで通り……お兄ちゃんのラノベ読み漁る」
「あはは……程々にね」
何故かユウは微妙な顔をしていた。
「おはよー」
「お、ユウじゃないか!」
「あーユウ君だ!」
「久しぶり、皆」
朝、久しぶりに学校に来たら、クラスメイトから注目されてしまった。……胃が痛い。
「大丈夫だった?それに、お兄さんのこと……」
心配そうに声を掛けてくるのは、隣の席の名田ミツキさん。僕の少ない女友達の一人だ。
「うん。もう大丈夫」
「そっか。あ、ノート取ってるから、また見せてあげるよ」
「ありがとう、嬉しいよ」
「くうっ……」
名田さんはときどき変な声を出す。僕がお礼を言うと、いつもこうなってしまうらしい。いつものことなので気にしないが。
「ユウ、元気か?急に来なくなったから心配したぞ」
「ごめんごめん。あ、それより、カイトは部活辞めたんだって?」
僕に快活に話しかけてくるのは、親友の暁カイト。明るいな性格で、クラスのムードメーカー。人柄もいいので、結構人気もある。
「おお。なんかつまらんから辞めた。今はゲーセン通ってるんだけど、今度一緒に行くか?」
「もちろん行くよ。名田さんもどう?」
「へっ!?私!?ユ、ユウ君がいいなら……」
恥ずかしそうにそう言う名田さん。久しぶりに友達と遊べることに喜びを感じるのは、しばらく忘れていたものだ。それを噛み締めながら、僕はボソッと呟いた。
「……兄さん、僕頑張るからね」
「?なんか言ったかユウ?」
「何でもないよ」
「ユウ君、ちょっとやつれたんじゃない?ちゃんとご飯食べてる?」
「あはは。実は朝食抜かして来たんだよね」
「大変じゃない!」
「マジかよユウ。じゃあ俺と一緒に購買行こうぜ」
「うん、もちろん!」
僕はカイトと一緒に購買へ向かう。その後ろに「私、今日お昼忘れて……」と、名田さんがついてくる。変わっていなかったその普通に、僕は感謝した。兄さんが紡いでくれたこの幸運に、僕は少しでも報いたいと思った。




