第6話
屋敷の中は日本人ならば懐かしさを覚える素朴な作りだった。
障子に畳、ちゃぶ台などがあり、華美ではないが、心を落ち着かせる雰囲気のある邸内に一は土足で踏み込み、牧村を探していた。
彼にとっては出世のチャンスと同時に何者かにそれが奪われようとしていが故にターゲットの家の汚れに配慮している暇など微塵も存在しなかった。
一は脳内に叩き込んだ屋敷の地図を頼りに、牧本を探していた。警備のほとんどが出払っているせいか、彼は未だ出くわしていない。
「牧本さん、早く脱出を。ここは危険です」
「分かっている!だがこれだけは持ち帰らなければ!」
その時、近くで男の声が聞こえた。
牧本だ、と一は直観で理解した。
見つけたぞ牧村、一はようやく念願のターゲットに会える喜びでニヤリと口角を上げる。
「いや、お前はここから出られねえよ」
一はそう言って牧本を視界に捉え、銃口を向けた。
だが彼の護衛が身代わりとなった。胸を撃たれた護衛だが、それでは怯まず、一目掛けて突進をしてきた。
「うおっ!?」
一と護衛の男は屋敷外へと一緒に障子を破って吹き飛んだ。
庭に出て転がった一は土埃を付けたまま体勢を立て直すため立ち上がる。
吹き飛ばされた時に銃も一緒に飛んでしまったため、一は装備していたもう一丁の拳銃をホルスターから取り出し男を撃とうとしたが、間に合わず、銃を掴まれる。
男も自分の持っていた銃で一を撃ち殺そうとしていたが、二人は互いの両腕を掴み、あらぬ方向に弾丸を全て撃ち尽くしてしまう。
空になった拳銃を奪われ遠くに投げられた。一は「クソが」と苛つきながら牧本を殺すのに邪魔な護衛の男を先に倒すため、男の顔面を右の拳で腹部を殴り、膝蹴りを喰らわす。
だが男は一が想像していたよりも頑丈だったせいか少し怯んだだけで、逆に顔面を殴られ反撃を喰らう。
「てめぇ、腹に鉄板でも入れてんのか?邪魔だからさっさと死ね!」
「お前が死ね!」
一が悪態を突くと向こうも同じ言葉を繰り返した。
殴り合いをしているだけでは時間がかかり、牧本を逃がしてしまうと考えた一は近くに落ちていた自分の拳銃をチラリと見る。
男は一の意図に気づき、全速力で近づく。
一が銃を取るのが先か、男が一に追いつくのが先か、結果は、一は落ちていた銃に近づく──ふりをし、右足首に巻き付けていた小型の拳銃を抜き、男の胸元に三発撃った。
男は撃たれたことに気づき、胸に手を当てて、血を吹き出して倒れ──なかった。
「ぐううううう……!」
男は三発弾丸を胸元に貰いながらも一に近づく。だが一の銃の弾倉には弾丸はまだ残っている。
疲労困憊、そして急いでいたこともあってか一は全弾男に撃ち尽くした。
まともに胸に再度喰らった男は力無く倒れ伏した。
「ハァ……面倒掛けさせやがって。もう起き上がってくんなよ」
一は男が死んだことを確実なものにするため頭に二発弾丸を撃ち込んだ。
撃って本当に死んだことを確認すると空になった弾倉を新しい弾倉に変える。
放り出てしまった拳銃も拾い、ホルスターに装着する。
次は牧本だ、奴を追いかけなくては。
「おーい牧本さん!話をしよう!ただ話をするだけだ。別に撃ち殺したりナイフで喉を斬り裂いたりしないから、一緒にお話をしようぜ!」
一は声を大きくして牧本に呼びかける。
牧本のボディガード達は屋敷の中だけでも正確な数は忘れたが40人は居た。
彼等に助けを求めるはずだ、と一は推測し周辺を探索する。だが牧本の姿はすぐ捉えることが出来た。あの来訪者と共に。
「……ウソだろ」
一が驚いたのは、来訪者の姿ではなく、彼が行った行為そのものだった。
屈強なボディガード達が辺り一面死体の山として出来上がっていた。この亡骸達を作ったのはただ一人。
「お前……一体誰だ?」
一と同じく、顔が見られないように顔全体を黒いヘルメットで覆った人物が一人。牧本に銃を向けていた。
「あれ、まさかお宅も牧本さん殺しに来たの?」
その人物、一が目撃した来訪者は初めて口を開いた。
と言っても顔全体が球状のヘルメットで覆い隠されているため口が開いたところは見えないが、来訪者の声はノイズが掛かったような、機械のような音声が混じっていた。
だが一はその声に違和感を感じていた。この声、まるで昔聞いたことのあるテレビの不協和音。
不気味な白と黒の砂粒が右往左往している画面。確か、この音が声と一緒に聞こえる事に因んで付けられた伝説の殺し屋がいた。
その殺し屋の名を、一は武礼渡から聞いていた。
「まさか……ホワイトノイズか?」
一は辿り着いた一つの結論を来訪者にぶつける。
「あぁ、やっぱ分かっちゃう?このヘルメット、喋るたびに変な音出るから普通のにしたいんだけどダメって言われててさ」
来訪者、もといホワイトノイズは聞いてもいないことを喋り、ヘルメットを指で突き、身振り手振りも交えて話す。
彼のそのふざけた態度に一は混乱していた。
ホワイトノイズといえばかの武礼渡と同じ世代、つまり老人だ。にもかかわらず口調や雰囲気が一切老いていない。
「依頼を受けたのは俺だけじゃなかったのか」
「あれ?聞いてない?早い者勝ちってことらしいけど」
ホワイトノイズは惚けているのか、はたまた本当に知らないのか、頭に疑問符を浮かべたような声のトーンで答えた。
一は彼の隙となるような箇所を探したがまるで見つからない。
いかなる攻撃手段を用いようとも反撃され、一撃で彼を殺せるヴィジョンが見えず、一は戦略を変えるべく思案する。
「アンタが伝説の殺し屋なのは分かった。だがそいつは元々俺が依頼を受けたターゲットだ。アンタは若い頃にたんまり金を稼いだんだろ?ここは後進に道を譲ってくれないか?」
一は老いたとはいえ自分よりも格上の殺し屋を敵に回したくはなく、物腰穏やかに落ち着いた口調で説得するように言った。だがホワイトノイズは首を横に振る。
「いや、悪いんだけど俺二代目なんだ。貯金はしてるけどそれでも足りないし、金は必要なわけ。つまり答えはノーだよ」
一の説得は失敗し、辺りには緊張が漂う。
「き、君達。私を殺しに来たんだろう?ならなぜ争い合っている?」
牧本が突然二人の中に割って入るように口を開いた。
「おい、誰が喋っていいって言った?お前は俺に殺しの依頼が回って来た時点で死んでんだよ。死人は黙ってろ」
そう言ってホワイトノイズは銃で牧本の頭を殴って気絶させた。
「なんのつもりだ。なぜそいつを殺さない?」
「俺さ、副業で動画配信してるんだ。せっかくだし映えるシーンを撮影したいからアンタも手伝ってよ」
ホワイトノイズはそう言ってヘルメットを触りながら何か操作をしていた。
「なんだと?」
「えー、どうも殺し屋チャンネルのホワイトノイズです。今回はね、大物政治家を殺してくれとの依頼を請けましてここ、ターゲットの居住地まで来ているのですが、なんと思わぬハプニングが起こりました。ゴールドクラスの殺し屋さん、フェイスレス…?さんも同じ依頼を受けてたっぽいです。はい拍手」
ホワイトノイズは一に向かって話すわけでもなくあらぬ方向を見ながら誰かと話していた。
「おい、誰と話してんだ?」
「視聴者だよ。あっ、動画配信って言ってもダークウェブでしか配信してないからそこは悪しからず。はい、ということで今回の企画はね、『ガチンコ対決!凄腕の殺し屋同士でマジの殺し合いの喧嘩してみた!』です。それではやっていきましょー!」
ホワイトノイズは一に向き合い、右手の人差し指をクイッと折り曲げて手招きをした。
「なんのつもりだ」
「ハンデ。先手はアンタから打たせてやるよ。それと俺は今回はナイフ縛りでいいよ」
ホワイトノイズのあまりにも相手をなめた思春期の学生のような態度に我慢ならなくなった一は「ふざけやがって」と言ってホワイトノイズに拳銃を向けて二発発砲した。
だが彼は飛んできた弾丸を糸を縫うように流動的な動きで躱した。
「は?避けた?」
一はありえない場面に直面し、一瞬硬直してしまった。
弾丸を躱すなど、絶対にありえない。
そんな超人的な事象を成し遂げるなど、化け物のすることだ。
だが、一は致命的な事を今の今まで忘れていた。
ゴールドクラスとダイアモンドクラスには確かな線引きが存在する。
ゴールドクラスは人間の出来得る全ての限界を骨の髄まで研ぎ澄ました者達が到達できる階級だが、その上のダイアモンドクラスの殺し屋達は、それぞれが特殊能力を持った人間を捨てた化け物集団である。
そのことを一は忘れていたのだ。
続けて拳銃を発砲するが、やはり躱されてしまう。弾丸が来る方向が分かっているかのように身体を逸らし曲げて躱し、弾丸はホワイトノイズには当たらなかった。
余裕綽々、と言った意味を含んだ笑みをマスクの裏に浮かべている事を錯覚した一は仕事上ではあまり抱かない殺意をほんの一瞬抱いた。
だが冷静にならなければ奴の思うつぼ、動画の広告収益の養分になって終わりだ。
落ち着くのだ腕間一、と自分で自分の名を内側で言って心を落ち着かせた。
「気持ち悪い動きしやがって…!なら……」
一は考えを変え、躱されることを分かった上で予めホワイトノイズが向かうであろう場所に銃口を向け、撃った。
「!」
ホワイトノイズは予期していなかったのか、リズムに乗っていた動きを乱し、バク転して銃弾を躱そうと試みる。
弾丸は彼の命を奪うことは叶わなかった。
がしかし、弾丸はホワイトノイズの肩を掠め、少量の血を流させた。




