第37話
夕刻、太陽が既に沈み夜が支配知る時間に、戸坂司は和を基調とした由緒正しき日本式の木造の屋敷の自室にて、自身の殺害依頼の金額を見て苛立ちと焦燥を隠せずにはいられなかった。
百億という大金を一体どうやって一介の殺し屋が出せるものか、と。
殺し屋が殺しの依頼を出す事は業界のルール上行うことはできない。
一体誰が殺害依頼を出したのか、心当たりはいくつかあるがどれも監視の目を張り巡らせ、依頼した者が居れば逆に倍の報酬を払って殺す事ができた彼は己に牙を突き立てる反逆者の存在を頭の中で必死に探していた。
だが、思い当たる節がない。戸坂司を陥れようとした者達は、既に墓の下かそれ以外の別の場所で眠っているからだ。
「一体誰が……」
戸坂はぼそりと冷や汗を垂らしながら呟く。
「心配はご無用ですよ」
その時、戸坂の死角から武礼渡が現れ、彼に安心するよう声を掛ける。
しかし、今まで誰も居なかった部屋から突然現れた事に戸坂は酷く動揺し、余計不安にさせた。
「ぶ、武礼渡!お前のそのいきなり気配を絶って背後から現れるのをやめろ!ワシの心臓が悪くなったらどうしてくれる!」
「これは失礼。仕事中は常に気を張ってないと業務に支障が出てしまいますので、どうかご勘弁を」
「お前は仕事においては誰よりも信頼を置けるが気遣いというものが何もない!仕事だけやっていれば一人前か?仕事以外の所にも気を向けないと本当のプロではないのか?」
「申し訳ございません。以後気を付けます」
「大体お前は愛想というものがない。私が若い頃は──……!」
戸坂は昔の自分の話をし始めた。
武礼渡は「ええ」「はい」「そうですね」などと適当に相槌を打ちながら戸坂の話を受け流す。
戸坂の方がほうれい線と毛量が薄く痩せているため老けているように見えるが、実は武礼渡の方が年齢は上である。
旧日本軍に居た頃老強剤を投与したお陰で齢100を超えてもまだ50代に見える程の若さを保っていたが、その事については戸坂は知る由もない。
「あとはいつも通り下手人の処理を頼むぞ。誰が私を的に掛けたのか、特定した後は見せしめにして殺すんだ。今後私の命を狙う気が無くなるくらい残虐な処刑方法で殺すんだ。いいな?」
「御意」
武礼渡が応じるや否や、屋敷に警報の鈴の音がジリリリリと激しく鳴り響く。
「な、何事だ!?」
戸坂は周囲を見回し、立ち上がると、部屋の中に武礼渡の部下がドアを荒々しく開けて入って来た。
「ご無礼の程失礼いたします!侵入者です!それも、数十人はいます!」
部下の言葉を聞き武礼渡は部屋のモニターの電源を起動させて屋敷内外のカメラの様子を見る。
カメラのレンズの向こう側には老若男女、プロアマ問わず様々な殺し屋達が屋敷内のボディガード達と交戦していた。
「金の匂いに釣られてハイエナ共が来たか」
武礼渡は嘲笑するように鼻を鳴らすと、部下に「迎撃しろ」とだけ言って自分は壁にもたれかけて腕を組んで待ちの姿勢を取る。
「武礼渡、お前は行かないのか?」
「チンピラ崩れの業者なら貴方が雇った護衛や私が鍛えた弟子で十分。それでも突破されたら、私自らが出ますよ。それまで戸坂氏はリラックスして待っていてください。なに、夜明け前には全て終わります」
武礼渡は非常に午前のコーヒーブレイクを嗜むかのように落ち着いた雰囲気で話し、彼の言葉を信じながらも戸坂はモニターの様子を見ていた。
屋敷の庭園は阿鼻叫喚の嵐であった。
銃声と人間の叫び声や金切り声が重なり、とても現代日本とは思えないような、もはや戦場に近い様子だった。
戸坂の屋敷は大きく広く作られていた。
殺し屋達が何十人となだれ込んできても覆い包んでしまえるほどの広々とした庭、鈴が鳴っても響かず、歩けど歩けど廊下や畳、障子が続き、何処に戸坂がいるか分からず、殺し屋達は皆血眼で探していた。
「おい!ターゲットどこだよ!」
「知るか!」
「百億ちゃ~ん出ておいで!」
「これ終わったら皆で高級居酒屋で飲み行こうぜ!」
「俺アストンマーティンとランボルギーニとフェラーリ欲しいんだよ!」
殺し屋達は思い思いの言葉を口にしながら護衛達を殺していた。
戸坂を狙っている下ろし屋達は徒党を組んでいたり、個人プレイをしていたりと統率が全く取れてはいない。
しかし数では護衛達の方が有利だが、訓練だけ受けている彼等と違い、殺し屋達は暗殺だけでなく実戦の経験もあるため、実力では殺し屋達が勝っていた。
「コイツ等強いぞ!俺達だけじゃ……」
「退け。お前達じゃ役不足だ」
護衛達が殺し屋達に慄いていると、彼等の背後から全身黒のスーツに身を包んだ男女が音もなく現れ、殺し屋達に襲いかかる。
彼等は全員鋭い歯が生え揃う白い鬼の仮面をつけていた。
「なんだお前等!邪魔するならそこの有象無象共みたいに雑に殺すぞ!それが嫌ならそこ退けそこ退け!」
そう言ったシルバークラスの殺し屋の男が彼等にえ彼等に走って向かいながらサブマシンガンを向け発砲しようとしたが、それよりも早く鬼の仮面の殺し屋は持っていた刀の鞘から真剣を抜き、シルバークラスの男の首に刃を当てた。
勇んで走り出していた男の足取りが千鳥足のようにふらふらとおぼつかない足取りになり、「ランボルギーニ……」と口惜しそうに呟いた後、首がボトリと庭園の地面に落ちて倒れた。
「あの変なお面共タダの雑魚じゃなさそうだ!気を付けろ!」
「轟ィ!くそ、車が大好きだった純真無垢な殺人鬼を殺しやがって……!絶対許さねえ!」
「死んでも良いだろあんな奴」
轟と呼ばれた男の死を悼む者に対し、心底興味なさそうにシルバークラスの一人がそういうや否や、周りの殺し屋達は鬼の面の人間達から距離を取り、建物の壁や柱、巨大な岩陰などに隠れた。
殺し屋達が銃を発砲して応戦するが、面の者達は弾道を理解しているのか、右へ左へと躱す。そして避けながらマシンガンやショットガン、アサルトライフルなどで撃ち返し、殺し屋達を追い詰めていく。
距離を詰められた殺し屋は鬼の面の男に小刀で脇と首を斬られ、喉を抑えながら苦痛に喘いでゆっくりと絶命している者もいた。
「くっそなんだアイツ等!?弾丸避けるとか冗談だろ!?マトリックスじゃねぇんだぞ!?」
「しかも刃物の扱いが尋常じゃねぇ!近づかれたらやられるぞ!距離取れ距離!」
そう言って苦言を吐いたブロンズクラスとシルバークラスの殺し屋は胸と腹を撃たれて力無く倒れた。
殺し屋達は桁違いな報酬に釣られて続々とは戸坂の邸宅に侵入していたが、殺し屋達はそう言って銃で撃ちながら身を隠せる壁や岩陰、建物の柱の後ろに隠れながら傾城逆転を狙っていた。
だがその隙に護衛チームは増援を呼び、数で殺し屋達を圧殺すべく少しずつ囲み始める。
殺し屋達は続々と戸坂の邸宅に侵入しているものの、護衛や武礼渡の手下達が圧倒的に数で勝っていた。
徐々に殺し屋達は囲まれて追い詰められ、劣勢を強いられる。
そんな時、殺し屋達の携帯が一斉にバイブ音が鳴り響く。
ほとんどの者達が携帯を取り出し、画面を見る。殺し屋全員に通知されたメッセージは僅か三文字だけでこう書かれていた。
『伏せろ』
メールが届いたその瞬間、ウィィィィンと機械の唸るような音が聞こえ、耳を劈くような爆発音が聞こえた。




