第35話
画面に映っていたのは業者達が使う殺害対象の依頼リストである。
ネットの掲示板のようにそれぞれ依頼が掲載されており、その中でも一番上に大きな文字で『緊急依頼』と書かれた文言があった。
その依頼内容とは、戸坂司の殺害である。
達成報酬はというと……
「ひゃ、100億……!?」
「冗談だろオイ!?」
一とデイヴィスは目玉が飛び出そうな勢いで目を見開き、スマートフォンの画面を食い入るように見つめる。
画面内は戸坂司の殺害で100億を支払うという内容が記載されていた。
「誰が依頼出したんだよ!?こんなちょっとした国家予算みたいな金額出せる奴、相当な権力者だろ!?」
一は依頼主を確認するべく携帯を半ば強引に奪い取り操作すると、依頼主の名前が『腐れ外道絶対殺すマン』というふざけた名前と共に備考欄に『なんか悪いことしてる人だから依頼しました』と動機までもがふざけたものとなっている。
更には全てのランクの業者の参加を認めるとも書かれており、一とデイヴィスは目眩にも似た困惑を顔に出す。
「この作戦思いついたのは雷我お姉さん達の話聞いた時なんだ。依頼機嫌なんて待ってたら雲隠れされそうだし、私も兄ちゃんも速く殺したいでしょ?だから私ともう一人、共同で依頼を出したんだ。名義は私じゃないけど、お金は私のポケットマネーからだよ」
「愛海ちゃんマジで凄いよね。100億なんてかお金、龍が如くでしか聞いたことない数字だよ」
「リッチだ…」
「仕事と副業で沢山稼いだからね。でもこれが全財産だから今回本当に戸坂を殺した人がいたら一気にすっからかんになっちゃうけど…」
愛海はしょんぼりと肩を落としながら言う。
しかし一はそんな事よりも気になる事があり、愛海に「いや待て待て待て」と話を元に戻そうとする。
「お前が金を出したのはわかった。100億なんて金持ってたのもこの際目を瞑ろう。だが依頼人は誰だ?こんなの出したら逆に戸坂から殺される可能性もあるだろ?」
「私が依頼を出した」
一達五人以外の声が車の中で聞こえた。
声の主は一とデイヴィスと愛海の三人の後ろの席からし、一とデイヴィスは急いで後ろを振り向き、声の主を捉えると目を点にして口をあんぐりと開けた。
「お、お前は……!」
「牧村……!?」
声の主はかつてホワイトノイズが殺した、否殺したと思われていたかつての若き政治家のホープ、牧村良治だった。
だが今の牧村はかつての爽やかな雰囲気とは違い、服は全身黒のジャージで無精髭を生やし、髪も伸ばしっぱなしの乾燥ワカメを水に浸して放置したようなもじゃもじゃ頭へとへ変貌していた。
側から見れば浮浪者のようにも見える。
「バラエティ番組のドッキリみたいな感じで隠れるのやめろよ!驚いただろうが!」
「すまない。だが一度私を殺そうとした男だからな。念の為警戒していた」
牧村はそう言って一番後ろの席に居座りながら話す。
「お前今までどこに居たんだよ?あぁ、車の中じゃなくて、消息の事だ」
「君の妹に匿ってもらっていた。君の家の地下室で二年近く過ごしていた」
「…俺の家の冷蔵庫の中身が減っていたのはそういう事か」
「すまない。だが君も私を殺そうとしただろう?だがその貸しはこの二年でチャラに出来たものとしよう」
牧村の言葉に一は納得出来なさそうに歯が浮いていたが、無理やり納得させたような作り笑いの表情で「いいよ」と言い、話を進める。
「私はかつて戸坂先生の元で政治のイロハを学んでいた。私はまだ若く、何も知らなかった私はあの偉大な戸坂司の元で働ける、当時の私は感激しながら身を粉にして働いたよ。お陰で沢山の学びを得た」
牧村はかつての日々に思い馳せるように上を向きながら語る。
「だがある日、私はあの人の裏の顔を知ってしまった。あの人が今まで築いてきたキャリアと日本の発展は全て不正に得た裏金と汚い渉外で虚飾されたものだった。私は戸坂先生にまだ善性があると信じて証拠を突きつけ、自首するよう促した。だが結果は、殺し屋を仕向け、私の存在ごと隠蔽しようとした」
牧村は諦観めいた目で車の天井を見上げながら語り、一はそんな彼を同情の目線を向けていた。
「慈悲をかけたつもりだったが、どうやら私の行いに意味は無かったらしい。私は死を覚悟したが、彼女が第二のチャンスをくれた」
そう言って牧村は愛海を見やる。
愛海は牧村の視線に気づくと舌を出して右手でピースサインをした。
「私が牧村に取引を持ち掛けたんだ。復讐する機会をあげるから代わりに戸坂弁慶の泣き所である不正の証拠を頂戴って。それでずっと戸坂から金を巻き上げてたワケ」
「私の復讐を果たすには完全に私が死んだと思わせる必要があった。二年の歳月が掛かったが、準備は整った。私は今日戸坂先生…いや、戸坂を殺し、私は私を取り戻す」
牧村は瞳の奥に火を灯しながら熱く語る。
一も彼の己を取り戻すという言葉に感化されたのか、「そうだ、そうだな」と呟きながら頷く。
「二年前のアンタはまぁ胡散臭くて嫌いだったが、今のアンタ、ギラギラしてて俺は好きだぜ」
「殺し屋に好かれても嬉しくないなぁ」
「なんだとこの野郎」
一と牧村が打ち解け合い、お互いの胸倉を掴み合っていると、車の動きが緩慢になり、津には制止した。
良子はハンドブレーキを上げ、車のエンジンを切ると、前後の自動ドアが勝手に開き始めた。
「降りてー。目的地着いたから」
良子の指示に真っ先に綾は従い、他の五人もそれに倣ってそれぞれ降り始めた。
降りた先にあったのは、人気のない寂れた公園に一台の大型のキャンピングカーが止まっていた。
「あっ良ちゃん綾ちゃん!元気してるぅ!?」
そのキャンピングカー側面にキャンプ用の布で出来た椅子に座っているスキンヘッドの男が朗らかな表情で雷我姉妹に挨拶をした。
「おん!うちらは元気だよ、やまもっちゃん!ごめんねいきなり呼び出して!」
「いいよいいよ良ちゃん達俺のお得意様だもん!良ちゃん達の為なら地球の反対側にいても俺来ちゃうから!」
そう言うと良子と綾は「うれし~!」と言ってスキンヘッドの男に軽めのハグを行う。
彼女等の柔らかい部分が男の身体に当たり、「むっほ~」と鼻の穴を大きくして興奮する。
「私はここで一度別れるとするよ。これからまだやることがあるんだ」
「やることってなんだ?」
「一人の政治家として責任を取りに行くだけだよ」
そう言って牧村はツバのついた帽子を被ると、一人別行動を取った。
一はどこに行くのか、今の言葉はどんな意味を持つのかを確かめるため呼び止めようとしたが、真剣な目をしていた彼の様子を見た瞬間、水を差すのは野暮だと感じ、それ以上は引き留めなかった。
「俺もお前等と一緒に戦いたい所だが、俺はもう完全に引退したし、身体が思うように動かん。距離を取ってお前らの仕事振りを見させてもらうとするぜ」
デイヴィスはそう言って申し訳ないといった気持ちをほんのひとかけらだけ見せながら謝って言った。
「デブはそこでアイスクリームでも食ってベンチで見学でもしてな!」
愛海はそう言ってデイヴィスを煽りながら鼻で笑う。
そんな彼女の舐めた態度にもう慣れてきたのか、「はいはいデブは観戦してますよ」と言って相手にせずヘラヘラ笑う。
「なになに?良ちゃん達。なんかデカい仕事でも入ってんの?」
「実はうちらこれから大物政治家殺しに行くんだけど~多分史上最大最難関。だから銃が欲しいんだ~それもとびきり良い奴~」
「そうなの?それじゃあやまもっちゃんもサービスしちゃおっかな~」
そう言ってやまもっちゃんはキャンピングカーから人を入れることが出来そうなほどの大柄なガンケースを持ち出し、鍵を開けて中身を見せた。
「銃の聖地アメリカからフランス、ドイツ、ロシア、良いのがいっぱい揃ってるから見てってよ!」




