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第34話

倒れたのは愛海とデイヴィス──ではなく、彼等三人を追いかけていた武礼渡の部下達だった。


「えっ!?なんでお前等……」

「とりあえずこれ以上めんどくさい事になる前に場所移そっか」


良子はそう言って自分達が使っているそれなりの人数が乗れる白のメルセデス・Gクラス(ゲレンデヴァーゲン)に乗るよう親指で示す。

 愛海は「サンキュー!」と言って何の疑いもなく一を車に先に押し入れさせる。

 デイヴィスは疑念を持ちながらも、今は彼女達に頼るほかないと考え、乗り込んだ。


「いや~まさかこんなに早く会うとは思わなかったよ!しかも話に聞いてた妹ちゃんとも会えるなんてねぇ!」

「しかもその妹があの伝説のホワイトノイズだなんて、驚き」


 良子が運転をし、綾は彼女の隣の助手席に座しながら淡々と驚く。

 彼女達の後ろに右から一、愛海、デイヴィスと並んで座っていた。


「まさかお前等が味方になるとは。あの死体もホワイトノイズと一緒に対処したのか」

「いや、ハジメンの妹ちゃんがカッコつけたいからって一人でやったよ。やっぱり伝説の殺し屋ってのは凄いねぇ。ものの数十分で死体の山だよ」

「おう良子!綾!また会えて俺も嬉しいぞ!今度また飲み会行こうな!」

「えっ!?ハジメンどしたん!?」

「なんかこの前と違う…?もしかして酔ってる?」


 良子と綾は一の素面なら絶対に効かない言葉に驚いて後ろを見た。


「オイ、前見て運転しろよ危ねぇな」


 デイヴィスは眉を顰めながら良子に向かって言い、彼女は「あっごめん」と素直に謝り前を向いて運転に集中した。


「コイツ自白剤打たれてぼやぼやしてんだ。今なら質問になんでも答えてくれるぞ」


 デイヴィスの言葉に対し愛海は「それほんと?」と聞き、デイヴィスは「マジ」と答える。

 愛海は「ふうん」と声に出して考え事をする。


「マジ!?ハジメンハジメン!好きなアニメ教えて!」

「フィニアスとファーブ」

「ぎゃははははは!ホントだ!綾もなんか聞いて見なよ!我に帰ったらめちゃくちゃ恥ずかしがるやつ!」

「お風呂で最初に洗う体の部位は?」

「肩」

「野郎に聞いても面白味ねェだろ」

「兄ちゃん兄ちゃん」

「んん?」

「こんな目に合わせてごめん、私の事嫌いになった?」


 愛海は短くシンプルな質問をした。

 自分の妹から私は嫌いか、という質問をされ、一は車の天井を呆っと見上げながら考え込んでいたが、目線を愛海に向けてこう答えた。


「嫌いだな」


 一は一言だけそう言った。

 愛海は顔を下げて悲しい顔をして俯いて黙り込んでしまい、社内の雰囲気は暗くなる。


「あ、あー音楽かけよっか?」


 良子が重い空気に耐えられなかったのか、カーナビに手を伸ばすが綾に首を横に振られ、その手を止められる。


「俺はなぁ、お前には伝説の殺し屋なんぞより、普通でいて欲しかった。勉強して友達作って遊んで、あまり考えたくないが誰かと恋をして、普通の人としての幸せを手にして欲しかった。だから今のお前にはとてもがっかりしてる」

「……」


 愛海は更にがっくりと項垂れる。

 自分が如何に兄を失望させていたのか、兄と本音をぶつけ合っていたがうっすらと感じてはいたが、自白剤でなんでも答えられる状態ではっきりと言われ、今になってようやく理解してしまったからだ。

 焦点の定まらない目で愛海を見つめていた一は「だが」と言って話を続ける。


「だが、それはお前の可愛い部分と比べたら、鼻くそみたいなものだ」

「え?」

「兄ってのは妹がどれだけ不出来でバカでも、愛さずにはいられないんだよ。だからどれだけお前が何かやらかそうが、俺は必ずお前を助けるし、寂しかったらいつどこにいても駆けつける。それが兄だ」


 一は自白剤の効果でうわ言のようにうつらうつらと話していたが、その瞳には光が宿っていた。


「そうだよ。兄だけじゃなくて姉だって同じだよ。血が繋がってなくても、妹のためならなんでもしたくなっちゃう。兄弟姉妹ってそんなもんじゃない?」


良子は確認するように言った。綾は何も言わず首を縦に振り同意する。


「でも私のせいで兄ちゃんの人生を台無しに……」


 愛海は涙ぐみながら一に謝ろうとしたが、「謝るな」と一は愛海を制止する。


「お前のせいでもない。俺のせいでも、武礼渡のせいでも誰のせいでもない。30年生きてきてようやくわかったよ。人生とか運命ってのはこんなもんなんだ。良い時も悪い時もある日突然現れては風に乗って消えていく。人生は選択の結果なんて言うが、実際は運命が決まってるんだ。全て確定してる。今のこの現状も、全て神の思し召しなのさ」


 一はまどろんだ表情をしながら達観した様子でそう答えた。

 デイヴィスは舌を出しながらうんざりした顔になり、良子と綾は呆れた顔でため息を吐く。


「車止めて」


 愛海は良子に低い声で良子にそう言った。


「え?」

「車止めろ」


 今度はもっと低い声で良子にきつく言い、それに若干冷や汗をかいた良子は急ブレーキをかけて車を止めた。

 すると愛海は車の半自動ドアを開け未だ薬が抜けてない一を外に投げ出した。


「うおっ」と一はマヌケな声を出して道路に転がり込む。

 一は状況が理解できず、立ち上がって自身を放り出した愛海を不思議そうに見つめた。


「愛海、何をするんだ?」

「今の兄ちゃんカッコ悪いよ」

「は?なんだよ、いきなり」

「ホワイトノイズの命を狙ってたあの時の兄ちゃんは、すごく強くてカッコよかった。なのに今の兄ちゃんは腑抜けてる」

「…妹には負けて、憧れの人に最初から信頼されてなかった俺を、だれがかっこいいと思うものか」

「私だよっ!!」


 愛海は一の力無い言葉を真っ向から大きない声で否定する。

 彼女の声量に一は圧倒され目を丸くした。


「あの時、成神ランドタワーで戦ってた時、兄ちゃんには一切の隙が無かった。気を抜いたら殺されるって思ったたくらい兄ちゃんは強かった。それが今は何?薬なんかで日和って心を弱らせて、今の兄ちゃんならミミズ相手でも負けるよ」

「ミミズは言い過ぎだろ……」

「人生?運命?そんなので片付けるんじゃないよ。私の兄ちゃんは強くて優しくてカッコイイ最強の兄ちゃんなんだ。だから弱気な事言わないで!」

「愛海……」

「兄ちゃんが私の事を何度でも助けてくれるっていうなら、私も兄ちゃんの事助けるよ!だって私は兄ちゃんの妹なんだから!」


 愛海の力の籠った言葉に、一は生気を少しずつ取り戻し始めた。


 生きる活力と言えば聞こえはいいが、苛立ちや怒りが原動力の、正のエネルギーとはまた別の活力がさ一の中で渦を巻く。

 

「敵にコケにされたらやり返す、それが兄ちゃんでしょ?今の兄ちゃんは政治屋と殺し屋のクソジジイにコケにされてるんだよ?なら、やることは一つだよね?」

「…ああ、お前の言う通りだ、愛海。舐められてコケにされて、黙ってるわけにはいかないよな」

 一は口角をニッと上げて笑う。


「ぶっ殺そう。俺達をバカにしている奴全員」


 暗雲が霧散し、晴れやかな表情で一は言い放ち、愛海は「それでこそ私の兄ちゃん!」と言って一に抱き着いた。


「アイツ等はぶっ殺しコース確定だが、私怨で殺したら俺達殺し屋として終わりだ。何か策はあるのか?」

「もっちろん!賢い妹が賢いアイデアを思い付いたからね!」


 愛海はそう言って続きを言おうとしたが、


「喧嘩終わったー?早く行くよー!」


 良子が車の窓から顔を出して一と愛海を車に乗るよう促す。

 二人は社内に戻り、再度車はエンジンを吹かして走り出す。


「今更だが、なんでお前達は俺達の味方になってんだ?武礼渡に依頼されたんじゃないのか?」


 デイヴィスが雷我姉妹にそう尋ねると、彼女達は「最初はね」と答える。


「でもアンタのとこの妹ちゃんに頼まれたんだよ。わざわざ自分の正体晒して頭下げてきたんだ。手助けして欲しいって」

「金のためなら殺害対象の命乞いも聞くお前等が、義理人情で人を助けるとは思えない、何か交換条件で手を貸したんだろう」

「正解〜割に合わない事はしないけど、流石にあの金額を提示されたら誰だって受けちゃうよ」


 良子の言葉に対して一は「あの金額?」と首を傾げて聞き返す。


「あっそっか。まだ教えてなかったんだった。これ見てよ」


 そう言って良子は一にスマートフォンの画面を見せた。

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