第33話
「俺と愛海の出会いは両親同士の再婚だった」
だが一は急に声のトーンを落として静かに言葉を漏らす。
「俺はまだ若かったが、愛海はもっと小さくて儚かった。今みたいに明るくなくて、母親の足元に隠れるような恥ずかしがり屋で気が弱い子だった。俺は出会った瞬間思ったよ。この子は俺が守らなきゃいけないってな」
一は昔を懐かしむように言う。
「俺は兄貴だ!本来なら妹のヘマやしくじりは兄の俺が拭うのが普通なんだ。なのにアイツは俺の負担にならないように俺と同じ人殺しなんていう薄汚れた仕事をしてやがった。俺は、兄貴失格だ。アイツを立派に育てて守ると自分自身に誓ったのに、尊敬してた人に騙されて、こんな所で椅子に座って愚痴を喚き散らすしかできねぇ三十路のおっさん、それが今の俺の現状だ。俺は、自分が恥ずかしい」
だが突然大声を出してがっくりと項垂れながら一は噛み締めるように言う。
その彼の姿に三人はお互い気まずそうに顔を見合わせる。一の独白に思うところがあったのか、聡が「なぁ」と彼の肩に手を掛ける。
「俺も兄貴をやってるがな、俺達は兄貴よりも前に人間なんだ。全知全能でもなけりゃ神でもない。失敗もするし弟や妹に落胆もさせちまう。俺だって何度仕事を失敗して弟を危険な目に遭わせてきたかわからねぇ」
聡は振り返るように一に語る。
一は呆っとしながらも彼の言葉に耳を傾ける。
「だから兄貴や姉貴、俺達が先んじて失敗をして学ぶんだ。そして次の轍を踏ませないように下のモンに教え導いていく。それが俺達の役割だ。だからお前はどんどん失敗すればいい。そして経験していくんだ。だから自分を責めて居心地の悪い所に逃げるのはやめろ」
「聡……」
聡の話に思うところがあったのか、一は真面目に聞き入っていた。
「辛気臭い話はこれくらいにして」よ聡は話題を変え、一の肩から手を放す。
「ホワイトノイズの居場所はどこだ?お前の苦しみをここで終わらせてやる。だから早く居所を言え」
「あぁ…それなら簡単だ。お前の後ろだよ」
「……清。まだ薬が効いていないらしい。もっと投与した方が良いな」
「だから、お前の後ろだって」
一は同じ言葉を繰り返すが、聡はまともに相手をせず、ため息をついて清の名を呼ぶ。
「清?聞いてるか?もっと薬の量を──」
聡は清に再度声をかけるが反応がなく、後ろを振り向いた。
清はちゃんとそこに居た。
喉を掻き斬られて血の泡を吹きながら。
聡の目の前には砂嵐を映すマスクを被ったホワイトノイズが居り、それに気づいた聡はテーブルの上に置いていた拳銃を取ろうとしたが、ホワイトノイズに拳銃に伸ばしていた手を掴まれ、両の手首と肘関節と脇をカランビットナイフで斬り裂かれた。
先程デイヴィスに使われていた電流を流すヘッドセット型の機械を頭に無理やり付けられ、ホワイトノイズはダイアルを一番右に回し電圧のボリュームを最大にし、そしてスイッチを押した。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
聡は悲鳴を上げ、頭に取り付けられた機械を取り外そうとする。
しかし両方の腕は斬られ、動かすことが出来ず、電流は無情にも彼の身体に流れ続けた。
過剰な電流が滞留し、聡の身体から炎が出始め、彼の身体を焼き始めた。
電流と火傷の二つの痛みが彼を襲った頃には、幸運と言うべきか、既に死亡していた。
ホワイトノイズは聡の燃える様子と、喉を掻き斬られ、絶命している清を砂嵐越しに何の感情も持たず見つめながら、一とデイヴィスの縄の拘束を解いて彼等を開放する。
「おおホワイトノイズ。元気か?殺すぞ。殺していいか?」
「兄ちゃん大丈夫?私は兄ちゃんの愛しの妹の愛海だよ」
そう言ってホワイトノイズ否、愛海はマスクを取り外し、顔を見せる。
「おお、愛海。俺の可愛い妹。キスしていいか?」
愛海の顔を見た一は唇を突き出しタコのようにチューチューと音を立てる。
愛海は「後でねー」と言いながら一の肩を担ぐ。
「初めてお前の仕事の手際を見たが、音もなく近づいてナイフで一閃。鮮やかな仕事振りだ」
「そーお?ありがと」
デイヴィスは愛海の仕事ぶりを目にし、色目なく褒める。
しかし彼女の声はどこか暗く、落ち込んでいた。
「でもちょっと綺麗にできなかったなぁ。兄ちゃんにこんなことした奴等を前にしたら、仕事中なら普段は出ない感情が出て、やり方が雑になっちゃった。見てよあの喉の裂き方。ちょっと引っかかっ──」
「オーケイ!わかった!とりあえずここから脱出しよう!」
デイヴィスは彼女の喉の斬り裂き方講座を聞くのは耐えられなかったため、強引に話を終わらせ、聡が取ろうとしていた拳銃を拾い、スライドを引いて薬室の確認する。
「オジサンだいじょーぶ?使い方覚えてる?」
「うるせぇやい。しばらく使っていなかっただけで使い方は身に染みてる」
そう言ってデイヴィスは拳銃を前に向けて構えながら尋問部屋のドアを開けて左右の安全確認を図る。
部屋を出た瞬間、辺りは武礼渡の部下達の死体が何人も転がっていた。
ナイフで喉を斬り裂かれた痕、そして頭と心臓に弾丸を撃ち込まれた痕があり、正確に急所を狙われていた。
「これ、お前一人でやったのか?」
「やったやった。所詮は烏合の衆、楽勝だよ」
愛海はそう言って一を担ぎながら尋問部屋を出る。
部屋の外は灰色のコンクリートと天井と壁横に白い電光が鈍く光っており、尋問部屋と変わらない無機質な構造だった。
「ほぼ全員殺したからさっさと出よっか」
デイヴィスは愛海の言葉に頷いて答えながら先導する。
脇には一を抱え、デイヴィスが後ろに付きながら出口へと向かった。
愛海は出口を把握しているのか、スムーズに歩いて行った。
やがて出入り口用のドアに辿り着き、勢い良くドアを蹴り上げた。外は既に夜が明けて日が昇り始めており、太陽の光が三人の視界に入り、目を細める。
「なっお前らは……!?」
デイヴィスは「げっ」と苦い顔をした。
なぜそんな顔になったのかというと、彼等の目の前にはかつて一と一時的に協力していた、金髪のセクシーギャルと黒の髪と学生服が特徴の雷我姉妹が立ちはだかっていたからだ。
「嘘だろ…なんでこんなところにあの雷我姉妹がいるんだ!?あぁいや理由は考えたくないが想像がつく」
「話が早くて助かるー♪」
「助かるー」
良子の言葉に続いて綾も同じ言葉を小さく呟く。
「見てこれ。ホワイトノイズ殺害で10億だよ。大物政治家ってのは金払いもいいね!」
「まさかその10億に俺や一も入ってないよな?」
「んーなになに?フェイスレス1億、仲介人デイヴィスは50万円だって」
「こ、こっちにはあの伝説のホワイトノイズが居るんだぞ!さしものお前等でも壊滅的被害は免れないぜ!?……おい、俺の賞金だけ少なくねぇか?」
「うーん、でも報酬額が10億っていわれてるからナー。命を天秤にかけるには十分な額だよねー綾」
「ねー」
「おい!金髪姉ちゃんの言葉に合わせるな地味顔の嬢ちゃん!お前の意見はどこにある!?」
「10億は流石に命を張るよ」
綾はハッキリと言い、デイヴィスは「あ、そう…」と言ってそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃあさっさと終わらせちゃおっか」
良子は腰のホルスターから拳銃を抜き、それに合わせて綾も自身の銃を抜く。
「ふふ、私をホントに倒せると思ってるのかな?」
「さぁ?それはやってからのお楽しみ──」
良子はそう言いかけるや否や、「あっ」と声を出す。
「床に一万円落ちてる」
良子ではなく綾が彼等の足元に指を差す。
「え!?ウソどこ!?」
「どこだ!?」
綾の言葉にまんまと引っかかった愛海とデイヴィスはしゃがみ込み一万円の在り処を探す。
その次の瞬間、二つの銃声が鳴り響く。




