第31話
久しぶりに心地よく眠れている、一は夢の中でなんとなくそう思った。
最近は色んなことに振り回されすぎて楽に疲れが取れず、不安に苛まれながら床についていたせいか、眠れていないことが多かった。
しかし今はどうだろう、身体に致死量の麻酔針、睡眠針を刺されて穏やかな気持ちで眠れている。
「……!め…!い……!ろって……!」
「……?」
一はすやすやと気持ちよく寝ていたのに、隣の誰かがギシギシと物音を立て、声を荒げているものだから眠りから覚めてしまい、一は目を開ける。
「…い!おい!一!起きてるか!?生きてるか!?目ぇ開けろ!、俺達今マジで不味いことになってるぞ!」
けたたましくやかましい声に一はうるさくて寝ていられず、強引起こされてうっすらと目を開ける。目の前の光景は打ちっぱなしのコンクリートでできた殺風景な様子だった。
その空間に一は椅子に座り、腕と葦を縄できつく縛られている。
「あぁ?デイヴィス?なんでお前ここに……」
「お前等が出て行った後すぐまた誰かに家の窓破壊されて拉致されたんだよ!お前等一体どうして礼儀正しくノックしたりインターホンを押したりできねぇんだ!?おかげで俺の家は散々だよ!」
デイヴィスが家をめちゃくちゃにされた鬱憤を辺り構わずまき散らしていると、自分達以外に背後から人の気配を一は感じ取った。
一はちらりと後ろを向いた。
「手荒な真似をして申し訳ないミスターデイヴィス」
気配の主は武礼渡だった。
彼は一とデイヴィスの椅子の間をわざと横切ると彼等の方へと向き直し、「さて」と言って会話を始めようとする。
「私の雇用主の戸坂氏は早急にこの面倒なゴタゴタを解決される事を望んでいる。そこで君達に協力をして欲しい。ホワイトノイズの居所を話してくれないか?」
「はぁ?ホワイトノイズの居所?お隣さんは知ってるだろうが俺は全く分からんぞ?」
「第一、俺がアンタに喋るわけないじゃないですか。美学を失った殺し屋なんぞに話す事なんかなにもねぇよ」
一が敵対心を剥き出しにしながら睨んで武礼渡に言葉を叩きつける。
しかし当の言われた本人は「美学?」と鼻で笑って一蹴する。
「そんな飯の種にもならないようなくだらないものを引きずっているから君は中途半端なままなんだよ一君。肝心な所で腹を決めれない半端者。家族の情なぞに踊らされる低能。君の今後についてこ連合組合の方々と話し合ったが、全会一致だったよ。君はダイアモンドクラスになる資格がないってね」
「……」
一は武礼渡の言葉に反論が出来ず、喉から出かかっていた罵倒の言葉も喉元を通り過ぎ、空の底へと落ちて行った。
自分でも思うところがあるのか、顔を強張らせ悔しさを顔に出すも項垂れてしまう。
「何故私が本を出版し動画を投稿していると思う?私のネームバリューを利用すればわざわざ仕事などせずとも金が湯水のごとく湧いてくるからだ。美学だの誇りだのこだわりだの、そんな事を言ってる連中は私より先に棺の中に入っている。悠々自適な生活を送るためなら私はなんでも利用する。たとえそれが仮初の幻想に憧れた哀れなピエロの若造だろうとな」
武礼渡は椅子に縛られている一を上から見下ろして嘲る。
「全く、君みたいな愚図がよくもまぁここまで生き残ってきたものだ。まぁ愚図には愚図なりの用途がある──」
「おうコラ」
武礼渡が全て言い終える前に、デイヴィスが武礼渡を睨み付けながら彼の言葉を遮った。
「俺のお得意様に随分と言いたい放題言うじゃねぇか。萎びた化石の伝説さんには分からねぇかもしれねぇがコイツは優秀な殺し屋だ」
「デイヴィス……」
一はデイヴィスの思わぬ反論に顔を上げて言葉を漏らした。
「確かにコイツはメンタルが美術館に飾ってある陶磁器みてぇに一度触れればや倒れて割れちまう程繊細で弱ぇし、短気で手がつけられねぇバカだ」
「デイヴィス?」
「だが俺の最も信頼できる超一流のヒットマンだ。それにコイツの底はまだ見てねぇだろ?殺し屋フェイスレスの真骨頂は追い込まれて袋小路になった時に真価を発揮するのさ」
「そうか。楽しみにしているよ。それでは私は依頼主に色々と報告しないといけない事があるからこの場を去ることにする」
そう言って武礼渡は彼等の前を通り過ぎて去ろうとした。
だが出入り口のドアの前で立ち止まると「あぁそうだ」と言って一達の方へと振り返った。
「君達には早くお話して欲しいから話し合いのスペシャリストを呼んだ。後は頼んだぞ」
武礼渡と入れ替わるように二人の男部屋に入って来た。
黒い長髪のヴィジュアル系バンドのような男とふくよかな坊主の男だった。
二人の腕には腕にはドクロの小さなマークが何十個も彫られており、それらはまるでキルカウントを刻んでいるようにも見える。
「オイオイまじかよ!アンタあのフェイスレスか!俺の事分かる!?」
細身のヴィジュアル系バンドのような見た目の男が陽気な声で一に問いかける。
「お前は…ああ!拷問兄弟の剛本聡!それと隣は弟の清か!」
一は久しぶりに会った知り合いと話すように少し声を大きくして話す。
拷問兄弟の剛本剛と剛本清。
殺し屋の業界で主に尋問を得意とする殺し屋ではあるが彼等はあまり殺しを実行しない。
だが代わりに殺し屋の命綱でもある情報を引き出す仕事を引き受けており、暴力、薬、道具、人質など様々な手法を用いて情報を引き出す尋問のプロである。
「こんな所で会うなんてびっくりだよ!お前なんかやらかしたのか?」
「まぁ、ちょっとな」
「ちょっとってお前~俺達呼ばれるなんてよっぽどの事やらかしたんだろ~」
剛本聡は世間話をしながらがちゃがちゃと自分が持ってきた大がかりな機械をテーブルに置いて高電圧を流し、二つの巨大な洗濯ばさみを触れさせてバチバチと火花を散らして道具の調整をしている。
清の方は鋏やメス、注射器などの医者の使うような医療道具の点検をしながら着々と準備を進めていた。
「覚えてる?湘南の半グレ追っかけてた時の事」
「覚えてるさ。アイツは結構口が堅かった。一日中時間かけてたよな。けどお前等と話してたら一日があっという間に過ぎてた」
「あの時は楽しかったな。でも今日はそんな気分になれやしなさそうだ。やっぱり知り合いでそれなりに仲のイイ奴となると、流石の俺も気分は良くない。そうだろ清」
聡の言葉に清は「確かに」と同調する。
しかし作業の方は滞りなく順調に進めていた。
「なぁ、俺も気の合う友達を傷つけたくない。今言ったら直ぐにその縄を外してここから出してやる。また俺達と一緒に仕事を楽しもうぜ?」
聡はそう言って一を説得しようとする。
一は彼の目を見た。
本心から言っているのだろうと彼はは判断するが、目を下に伏せて深刻そうな表情になる。
「俺からも言わせて欲しい。今すぐ縄を解いて、ここから俺達を開放してくれ。俺もお前達を殺したくない」
「そうか。ちなみにどうやって俺達を殺すつもりなんだ?後学のために聞かせてくれないか?」
「残虐過ぎて俺の口からはとても言えないが、親兄弟親戚友達が聞いたら三回程聞き返すくらい新しくて画期的な方法だ」
「へーそりゃ凄い。じゃあ俺のお願いは聞き入れてもらえなかったって解釈で大丈夫か?」
「ああ。俺からも確認させてもらいたいんだが俺の慈悲は受け取ってもらえないってことでイイか?」
一の質問に聡は「ああ」と短く返すと、藍色のジャージのジャケットを脱ぐと白のタンクトップの姿になり、右の拳で一の顔面を殴った。
「悪い、痛かったか?」
聡は心配するそぶりをしながら聞くが、一は平気そうな顔をして「ああ」と答える。
「俺のために最初の一撃は手加減してくれたんだろ?女の平手打ちみたいなパンチだったぜ?」
一は聡の方に向き直りにやけながら返事をする。
「元気があっていいな。殴りがいがあるってもんだ」
聡はそう言って一の顔面を再度殴り始める。
しかし一は連続で拳が顔面に雪崩のようにぶつかってきているのにも関わらずか彼は余裕そうな態度を取っていた。
口の中は切れておらずあ血を流してもいなかった。
それどころか一は聡の拳に自身の額を打ちつけ、聡の拳を逆に痛めつけていた。
「痛って!」
「悪い、痛かったか?」
一は意趣返しと言わんばかりに先ほどの聡の言葉を言い放った。
「俺を拷問でどうにかしようと思ってるならやめておいた方がいい。自分の方が怪我するだけだぜ」
「テメェこの野郎……!」
「止めろ兄貴」




