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第30話

「そうか、君はその道を選んだのか」


 武礼渡は怒ることも落胆することもなく、ただ一言それだけを言うと、一の鳩尾に拳を思いきり打ち込んだ。

 一は正確な位置に鉄球が当たったような一撃を喰らい、透明な胃液を吐いて膝から崩れ落ちる。


「まぁこうなるだろうとは思っていたよ。君は中途半端な人間だからそんな情に絆された判断しかできないこともね。全く、こんなのがゴールドクラスの殺し屋だなんて。最近の業者も質が落ちたものだ」


 武礼渡は先程までとは違う何の感情も宿さない冷徹な視線を一に向けながら彼を見下ろして言う。


「私はね、一君。君がホワイトノイズを殺すことが出来れば、私は君を本当にダイアモンドクラスに推薦しようと思っていたのに、ここまで私の厚意を無下にされたら、もうこうするしかなくなってしまったよ」


 ハァ、ため息をついて残念そうなそぶりを見せながら武礼渡は呟く。


「何故、こんな事を……」

「何故、か。何も知らないまま消えるのは可哀想だ。私は寛大だからね、ちゃんと説明してあげよう」


 武礼渡は葉巻を口に咥え、銀色の年季の入ったライターで先端を左右に揺らして炙りながら煙を吸い込み、一服する。


「戸坂司という名前に覚えはあるか?」

「戸坂……たしか、愛海、いやホワイトノイズの殺しを依頼した政治家……」

「そうだ。君は馬鹿だが物覚えは悪くないな。そう、私はその戸坂氏の専属の業者として働いているんだ」

「戸坂って言ったらあまり良い噂は聞かない、裏で自分の駒の政治家を操って国を思い通りに動かしてるっていう糞狸って情報通からは言われてるのに貴方はそんな奴に従っていたのか…貴方は誰の下にも付かない一匹狼の殺し屋だって動画や自己啓発本にも書いていたのに……」


 一はそう言うと武礼渡は葉巻を吹かしながら「フッ」と鼻で笑った。


「君は本当にバカな男だな。嘘八百のフィクションに決まっているだろう。そんなものは本の売り上げや動画の視聴数を増やして収益を得るためだ。あの方は私のお得意様でね、少しのり労力を割いただけで大金をくださる。だから下についているだけの事」


 憧れの男から耳を疑いたくなるような言葉に一は「そんな…」と呆然自失となって項垂れてしまう。


「俺を、殺すんですか」


 一は呼吸のリズムを取り戻そうと深呼吸をしながら武礼渡を見上げて言う。

 しかし武礼渡は「まさか」と言って一の言葉を嘲る。


「君の事は殺しはしないよ。君はホワイトノイズの家族で貴重な情報源だからね。尋問拷問で情報を吐かせてから、君を餌にあのメスガキをおびき寄せた後兄妹仲良く殺してあげよう」


 武礼渡の言葉に一は怒りを顔に表しながら「それはアンタには無理ですよ」と言って膝に力を入れて立ち上がりながら言った。


「俺の妹は強くて頭が良くてそして何より……最高に可愛い。そもそもアンタはここで俺に殺されるんだからな……」

「ほう、それはどうやって?」

「こうするんだよ!」


 一はそう言うなり、彼の隣に展示されていた歴代の伝説の殺し屋の銃を奪い取ろうとガラスに向かって肘鉄をお見舞いした。


「……」

「……」


 しかし、ガラスからはバリンやガシャン!といった音ではなく、ゴン、という鈍い音だけがなり、割れることは無かった。

 武礼渡は呆れた表情で鼻からため息を吐き、一はもう一度確認のため肘のフックでガラスを割ろうとしたが、結果は変わらず、ガラスに向けて打ち込んだ肘を痛そうに摩り、気まずそうに目線を下に移す。


「それは展示品なんだ。強化ガラスを使うのは当たり前だろう。それによしんば割れたとしても実弾が入ってる保証はどこにある?」

「…一度やってみたかっただけですよ。クソ、まさかここまで硬いとは」


 一は「しょうがない」と言って黒の革ジャンを脱ぎ、両肩をゆっくりと円を描くように動かし、首をコキ…と鳴らして戦闘態勢に入る。

 素手での戦闘に持っていくつもりのようだ。


「妹には会わせねぇ。ここで俺がアンタを殺して全部終わらせてやるよ!」


 一はそう意気込み武礼渡に向かって走り出そうとしたが、ヒュッと風を切る音がし、一の首筋に針のような細い物が刺さった。

 一は自分の首を手で触って確かめると、赤い羽根が付いた注射針のような物を抜き取り、それが何かを観察して確かめた。


「んぁ…なんだ、これは」

「大体分かるだろう。麻酔針だ。私は君と違って忙しくてね、猫の手を借りた」


 奥から人の気配がし、一は振り向く。

 しかし一は余裕の笑みを浮かべて崩さない。


「俺が…こんなので落ちるとでも?」

「まぁ大体の人間はそれで解決するが、君の場合はどうなんだ?意外と麻酔の耐性でもあるのか?」

「当然だ。俺はトマトの絨毯でブルドックを洗濯したんだぜ?」

「ん?すまないがもう一度言ってくれるか?耳が遠いせいか、君の言っていることが理解できなくてね」


武礼渡はわざと手を耳に添えて聞こえないそぶりをしながら一に聞き返した。

 一は焦点の合ってない目で「だから」と続けて言う。


「校庭の地下室でカラスに授乳してたらピラミッドが一か月で建設したって言ったんだ」

「そうか。君達!彼はさっきそう言ってたか?」


 武礼渡は声尾を大きくして近くに居た自分の部下に聞いてみるが沈黙が流れる。


「どうやら麻酔が少し足りてないみたいだな。もっと量を増やせ」

「やってみな。湘南の風を感じさせてやる。せこせことクマのぬいぐるみが火事で鈴を鳴らすようなやり方しやがって……お前等コスモポリタンか?」


 一が麻酔の効力が効いて支離滅裂な事を言っていたが、武礼渡の部下達が麻酔針を次々と吹き、それらがすべて一の身体の上から下まで突き刺さり、一は「ぷふう」とマヌケな声を上げて地面に倒れ、そして寝息を立て始めた。


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