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第29話

「武礼渡さん、俺は……」


 一は絞り出すようにポツリと言葉を口に出す。


「俺は、失敗してしまいました。ホワイトノイズの野郎を、あと一歩の所まで追い詰めて殺すことが出来たのに、逃げられたんです。一度逃げた殺し屋は徹底的に姿をくらませる。俺はもう、終わりです。すみません…!折角気にかけてくれていたのに……!」


 一は俯きながら唇を噛みしめ、拳を握り締めながら話す。

 尊敬し、憧れている大先輩に嘘をつかなければならず、そして失望させてしまった事を一は深く、心の底から深く後悔していた。

 しかしそんな一の気持ちとは裏腹に、武礼渡は彼の肩に優しく手を置き、「頭を上げなさい」と落ち着いた口調で語り掛けた。


「君の考えてる事は分かっている。やむにやまれぬ事情があるのだろう。君程の真面目で信念を持つ男が途中で仕事を投げ出すはずがない。家族というのは何とも忌まわしき鎖だ」

「武礼渡さん……」


 一は涙ぐみ右手で目元を抑える。

 そして、今の会話に彼は疑問を感じた。

 武礼渡は家族、という言葉を口にした。

 今までの会話からではあまりにも脈絡が無さすぎる。

 まるでこちら側の事情を本当の意味で分かっているような物言いに、一の心の中に一抹の不安が過った。


「私にも兄が居た。私より頭脳も力もあり優秀で、家族や周りの人間達も皆兄を持ち上げた。一方で私は地味で突出した才能もなく、一言でいえば兄の陰だった」


 武礼渡はブランデーの入ったグラスを見下ろしながら話す。

 カラン、と氷が動く音がし、目線を一に戻す。


「世界大戦がまだ活発だった頃、私と兄は軍に入隊した。しかし、どれだけ功績を上げても私は兄に追いつけなかった。私が兄に近づけば近づくほど、兄はより多くの功績を上げた。」


「だが」と武礼渡は口角を上げ、楽しい事を思い出すように微笑む。


「当時日本軍はある実験を行っていてね、人間の限界を超えた究極の兵士……その第2号を作るため軍の上層部は私と兄、そして何人かの選りすぐりの軍人を招集した」

「第2号…ですか。第1号ではなく?」

「ああ。1号は確か…肉体の細胞を入れ替え、別人へと成り替わる実験だった。私と兄の場合は脳の恐怖を感じる回路を遮断し、筋力、瞬発力、反射神経を強化し老化の進行を止める物だった。1号と比べると地味な実験だったが、今でもその効果は続いている。今私は118歳だ。あまりそうは見えないだろう?」


 そう言って武礼渡は自慢げに言った。

 彼の見た目は顔や手に皺こそは刻まれていたが、髪はほとんど白髪なものの、118歳とは思えぬほど髪は抜けておらず20代のようにふさふさだ。

 そして筋力は服の上からでも分かる程形として現れており、アスリートのように発達していた。

 そして更に老化による衰えを全く感じさせないほど精神的にも自信に満ち溢れている。それが肉体にも現れているのだ。


「私と兄は実験に成功し、能力を得たが、当時の軍の上層部は何を思ったのかわ私達兄弟を殺し合わせた」

「兄弟同士を……?イカれてる……」


 一の言葉に武礼渡は「そうだな」と肯定する。


「確かに兄弟同士を殺し合わせるなど正気の沙汰じゃない。もっとも、あの時は時代そのものが正気ではなかったからな。ともかく私は兄と殺し合いをすることになった兄は私を殺すつもりは微塵も考えていなかった。争う必要はない、別の方法があるはずだ、私の目を見ながら兄はそう訴えていた」


 武礼渡は呟きながらグラスに入った酒を少量飲む。

 飲んだ後で、「でもまぁ」と言って言葉を紡ぐ。


「殺したよ」


 武礼渡は微笑みながら再びグラスに口をつけて酒を口の中に含ませて咀嚼する。

 酒を飲みながら淡々と思い出語りでもするように自分の兄を殺した話をする一は武礼渡の言葉に絶句する。

 今まで尊敬し、憧れていた人間に、一は得体の知れない恐怖感を覚える。


「刀で首を落とした。一刀両断さ。頭が地面にボウリングみたいにゴロゴロ転がって、私の足元に来た死ぬ最後の瞬間の兄の顔は、まるで理解できないような顔だった。眼球に疑問符が張り付いているような、そんな滑稽極まりない顔だったよ」

「そんな…血を分けた兄ですよ?どうしてそんなことが……」

「邪魔だったんだ。私の行く道を陰で曇らせる兄の姿は。寝食を共にする時はいつ寝首を掻いてやろうかと考えていたしものだ。正式に殺せるチャンスが来た時は心が躍った」


 武礼渡は左手の拳を硬く握りながらす震わせる。

 当時の出来事を思い出し、興奮していた。


「その後私がどれだけ軍で功績を上げても家族は兄が死んだ事を私のせいだと、私を責めて認めてはくれなかったが、その話は今はどうでもいいことだ」


 武礼渡は「大事なのは今だ」と言って一を見据える。


「一君。君はどうする?一世一代のチャンスをまた棒に振るのか?家族、兄、妹、そんなくだらない関係の為に。妹がホワイトノイズならせ良い機会じゃないか。雪辱を晴らす為にもさっさと殺した方が良い」


 一は彼とデイヴィスとリリアンしか知らない妹の真の姿を知っている武礼渡に「何故知って…」と言葉を詰まらせながら喋った。


「何故知っているか、と言いたいようだね。実は…君達の事はずっと監視していたんだよ。君の実力を疑っているわけじゃないが、もし君が戦闘不能になったり、あまり考えたくないが死亡したりした時、ホワイトノイズの正体を見破るために追跡していた」

「しかし驚いたよ。あの伝説の殺し屋に後継者が居て、しかもそれが思春期の女子だったとは。確かに見つかるはずもない」


 武礼渡は面白可笑しく話している一方で、一は混乱と動揺で心臓の音がうるさくなり、呼吸は乱れて不規則になる。

妹を守ろうとしていたのに、既に正体は割れてしまった。

もはや自分に出来ることは何もない。

愛海は腕利きの殺し屋達に命を狙われ、死ぬまで追われ続けることになる。

一は目の前の現実が信じられず目を閉じて俯いた。


「一君」

 武礼渡はいつの間にか一の前に近づき、彼の肩に手を置く。


「私も君達には非常に同情している。有象無象の殺し屋に殺されるより、最も愛しい人間に殺された方が彼女も本望だろう」


 武礼渡の言葉が一の耳に絡みつくように忍び寄る。

 本当は殺したくないのに、殺さなければいけないのではないかと、知らず知らずのうちに錯覚していくような感覚に陥る。


「殺し方は君に任せよう。苦しませないために薬が必要なら提供するし、二年の恨みつらみを晴らすために残虐な方法で殺したいなら私の得物を貸してあげよう。好きなようにするといい」

「お、俺は……」

「何をそんなに躊躇う事がある?君の妹、腕間愛海はホワイトノイズで、そのホワイトノイズは君のキャリアをぶち壊したんだ。だがその過ちを正すチャンスでもある。君の望みはなんだ?彼等と同じように伝説の殺し屋として脈々と語り継がれることだろう?もし君がホワイトノイズを殺したら、私が上の者に推薦しよう。私の口添えがあれば君はすぐにでもダイアモンドクラスになれる」


 武礼渡は首を傾げながら微笑んで一と肩を組みショーケースの伝説の殺し屋達の武器を手先をヒラヒラと舞って見せた。


「君はこんなところで終わっていい人間じゃない。有象無象共と一緒に埋もれるべきじゃない。もっと高みを目指せる。同族を殺して羽化するんだ。私がやったように」


 武礼渡は高らかに力説したが、一はぐるぐると頭の中で武礼渡の言葉が脳を縛り付けるように反響していた。

 俺は一体なんのために、何がしたくて殺し屋になったんだ?愛海を殺せば、その答えが分かるのか?俺は何がしたいんだ?と一は自分自身に問う。

 だが答えは返ってこない。

 暗く酷いノイズが彼の頭の中を蝕んでいた時、一は愛海の笑顔を思い出す。

 義母が愛海を連れて出会った時、自分に笑顔を向けてくれた。

 まだ殺し屋として上手く依頼をこなせなかった時、事情など知らなかったのに慰めてくれた。

 ホワイトノイズに手柄を奪われ、人生最大最悪の転機を迎えて失意のどん底に陥った時、愛海が志望校に合格し、入学が決まった時の喜びは一の鬱蒼とした心を穏やかな春風が吹いた時のような感覚を覚えた。

 愛海がいたから、一は殺し屋としてここまでやってこれた。

 自分の薄暗い人生を素晴らしい物にしてくれた。

 そんな彼女を殺して、自分には何が残る?伝説の殺し屋の称号と名声?数十年後に死んで、話したことも無い赤の他人が自分のお古の銃を見て有難がる。

 そんな事に何の意味がある?大切な、最愛の人間を裏切ってまで成し遂げたいことなのかと、そんな死に様に価値があるのかと、そして、一はこの時にはもう既に腹を決めていた。

 これから自分は何を選び取るのかを。

「武礼渡さん。俺、決めました」

「そうか、聞かせてくれたまえ」

「俺、やっぱりホワイトノイズは殺しません」


 一はきっぱりと、はっきりと宣言するように声を張って言った。


「俺は心が弱い人間です。だから自分の存在を強く見せられる肩書きが欲しかった。でも、今の俺にはもう必要ないんです。もう既に強く在れる存在がいるから、だから俺はホワイトノイズを、妹を殺すことは出来ません。この依頼は、お断りさせていただきます」


 一は言葉を弄する事も誤魔化すこともせず、武礼渡の言葉を拒絶した。


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