第28話
「愛海、こんなデブは無視して帰るぞ」」
「でも兄ちゃん…ダクトテープは可哀想だったんじゃないかな?剥す時結構痛いんだよ?」
「お前、人を殺すのは何とも思わないのに痛いかどうかは気遣うのか?」
「んー、そうだね」
「俺の妹がこんなにイカレてるわけがない……」
一は大きなため息を吐きながら帰路へと帰る。背後でデイヴィスの怒号が発生していたが、兄妹共に耳を塞いで聞こえないふりをしていた。
一と愛海がデイヴィスの家を後にしてからすぐ、一の携帯に着信音が鳴った。
『お忙しいところ失礼します!お掃除センターヤッチャッタでございます!只今清掃が完了しました!』
相手は清掃員からだった。
一と愛海が出掛けてからまだ一時間程度しか経過していない。
一般的な一軒家より少し大きい間取りであるのにも関わらず、五人だけで全て清掃と修繕を完了させていたのだ。
「短時間で片付けるとは流石、完璧な仕上がりだ。会社の名前とプラン名以外はな」
『お褒めの言葉、スペシャルサンキュー!』
『『『『スペシャルサンキュー!』』』』
「だから声デカいって」
『失礼しました!シンセアリソーリー!』
『『『『シンセアリソーリー!』』』』
「うるせ!」
一は耳に手を当てながら携帯を離し、通話を終了した。
「兄ちゃん、誰から?」
「清掃屋だ。もう掃除は終わったと。アイツ等はプロだからな、恐らく荒らされる前よりも綺麗に仕上がってるだろう。本当にアイツ等の会社とプラン名以外は一級品なんだけどな…」
「もう掃除終わったの?凄いじゃん!」
愛海は明るい声で言う。しかし反対に一の方は暗い顔をしながら考え事をしていた。
一は今後の流れを予想する。愛海は殺さない。
しかし殺さないという事は仕事を放棄するという事だ。
そんな事をすればダイアモンドクラス昇格の最後の機会も同時に投げ出し、彼は一生ゴールドクラス、もしくは降格、そして最悪の場合殺しのライセンスを剥奪される可能性だってある。
その事は愛海がホワイトノイズである事を知ってからは覚悟していたが、やはり彼の心の中で完全に消化しきれてはいなかった。
「…大丈夫だよ、兄ちゃん。兄ちゃんの事は必ず私がどうにかするから」
愛海は一を元気づけるように囁いて言った。
だが一には彼女の言葉は右から左にただ通り過ぎるだけだった。
「大丈夫だ。お前が何かする必要はない。居場所はバレたがお前の正体はバレてない。俺が依頼を蹴って、ホワイトノイズの活動を止めればこれまで通りの日常を取り戻せる」
一は愛海に安心させるように言ったが、愛海は彼の言葉をあまり快く思っていなかった。
「そんな、ただ黙って待ってるなんてできないよ。そもそも兄ちゃんが今の状況になったのは私のせいでもあるんだから私にも何かさせてよ」
愛海は一にもっと自分を頼るよう言ったが、一は聞く耳を持ってはいなかった。
「さっきも話し合ったろ。俺が全部どうにかするから、お前は何もするな」
愛海の言葉を聞く度に一の腹の奥底で、黒く煮詰まった熱が一層強くなっていく。
しかしそんな事など知るはずもない愛海は彼を困らせないように引き留めようとする。
「い、嫌だ。私も兄ちゃんに助けに──」
「なるわけねぇだろうがッ!!」
一は声を荒げて愛海に向かって怒鳴った。
腹の中に溜まっていたどす黒い何かが抑えきれず爆発し、吐き出すように次々とそれは愛海に向かって出て行く。
「俺の助けになるだと?何様のつもりだ?お前はいつも俺の夢の前に立ち塞がる邪魔な壁そのものだった!学費は馬鹿にならねぇし世間の目を誤魔化すのも楽じゃねぇ、しくじれば自分の命が危ねぇ!」
「だってのに何故俺がこんな仕事をしてると思ってる!?誇りを持っていたからだ!こんなバカな俺でも積み上げれば一番になれる世界で頂点に立てると思ってたからだ!なのにお前が全部ぶち壊しやがって!おかげで俺はもう終わりだぜ。例えるなら全部のドミノが倒れた後に今からやり直そうよ!って言ってるようなもんだ」
「でも、ドミノならまた建て直せば……」
「今のは例えだバカが!」
「兄ちゃん、私はただ──」
「助けになりたいか?そうかよ、そんなに俺の助けになりたいのか?だったら、黙って、何も、するな!俺が願ってるのはそれだけだ!」
愛海の言葉に一はイラつきながらも自分がたった一人の妹にどれほどの心ない言葉をぶつけたかを思い出し、俯いて心の内で反省をした。
「愛海、悪かった。言い過ぎた。頭に血が上ってたんだ。あぁクソ、俺は妹になんてことを……」
一は自身の言動と行いを激しく後悔しながら愛海に謝罪の言葉を口にする。
だが愛海は一を見つめたまま無言の状態で、彼に背を向けた。
「愛海」
「ごめん、兄ちゃん」
そう言って愛海は一から離れて行った。
一は手を伸ばし、愛海を追いかけようとしたが、魔が悪く、彼の携帯から着信音が鳴る。
それに一瞬気を取られた一は愛海を目で追いかけたがあっという間に米粒サイズまで距離が離れてしまう。
もう追いかけても間に合わないという諦めと今の自分に彼女を追って止める資格があるのかという葛藤から一は足が動かず、苛立ちながらも「はいもしもし」と言って電話に出た。
『一君。私だ』
「武礼渡さん!?」
電話の向こう側には武礼渡が居た。
一は驚きのあまりほんの少し声が裏返る。
『話したいことがある。今フランチェスカに来れるか?』
武礼渡からの招集に、一は多少の不安を感じながらも彼の言葉に従い、フランチェスカへと急ぎ向かった。
東京、とある街角にあるバーの地下。一はエレベーターに乗り、地下へと降りていく。
フランチェスカへと入った一は、いつもは見慣れている殺し屋達が集う秘密クラブだが、非常に居心地の悪い物を感じていた。
ここにいるのは一流の業者ばかりだ。
なのに自分は自分が失敗したのを妹のせいにして怒鳴り散らし、傷つけた。
殺し屋としても人間としても、圧倒的な劣等感を感じていた。
「フェイスレス様ですね」
一に声を掛けたのは、筋肉と骨格が発達したスキンヘッドのレスラーのような男だった。
「武礼渡様がお待ちです。こちらへどうぞ」
男は一を前回と同じVIPルーム……ではなく、そこから少し離れた奥の部屋へと案内された。
男に案内された一は、部屋に入った瞬間目の前の光景に圧倒されてしまう。
目の前には青白く光る床と、それに照らされたこれまで伝説と呼ばれ尊敬と羨望の眼差しを向けられてきた殺し屋達の武器がガラスのショーケースに飾られていた。
「こ、これは……」
「壮観だろう」
前方から武礼渡の声が聞こえ、一は背筋を伸ばす。武礼渡はゆっくりと足を前へと動かしながら一に近づく。
「ここに立ち入れるのは殺し屋と呼ばれる業者達でも特別な者しか入れない部屋だ。裏社会でその名を知らぬ者は居ない殺し屋達の仕事道具が展示されてある」
「こ、これは…あの一発三殺で有名な藤田清十郎の45マグナム……!?しかもこっちには忍者の末裔の深井京樹の銑鋧と小太刀……あ、あれは殺人ボクシングチャンピオンの郷田源三のナックルダスター……!」
一は数々の伝説の殺し屋の愛した武器を見ながら驚愕と恍惚の混じった表情で見つめる。
危うく武礼渡の存在を忘れてしまう程だったが、我に返り、咳払いをして姿勢を正す。
「す、すみません。武礼渡さん。バカみたいにはしゃいでしまいました」
「いや、いいんだよ。私も君の気持ちは分かる。そしていきなり呼び立ててしまい申し訳ない。君を呼び立てたわけだが、君の事が心配で様子を見に来たんだ。いくら君でも相手はあの私と同じような伝説の殺し屋だからね、まともにやり合えば無事では済まないだろうに、よもや無傷とは、やはり君は私が見込んだ男のようだ」
武礼渡の褒め言葉に一は胸の奥が僅かに痛む。
偽りの結果を報告しようと決意していた彼の心が一瞬翳り、目を下に逸らす。




