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第24話

「そ、そう……今日はそんな悪夢を見たのね?」

「だばだばだぁ」

「兄ちゃん……」


 場所は変わり、一と愛海はリリアンの診療所を訪れていた。

 理由は無論、一のメンタルブレイクを治療するためである。


 一は昨日の服装とは違い黒の着古した革ジャンに中はグレーのTシャツ、下は青のジーパン、そして茶色の革靴、そして愛海は昨日の仕事用の服とは違い、水色のスウェットに下は白いロングスカートと黒のロングブーツといった普通の服装だった。


 一は目の隈が酷く、焦点が合わず呆然としていた。

 「おめでとうが襲ってくる」などと呟きながらガタガタと身体を痙攣させて震えていた。

 愛海はそんな兄を自分が原因であるとは微塵も思わず、心底彼を心配している様子だった。


「ねぇ、お姉さん……兄ちゃん治るかな!?」


 愛海は藁にも縋る思いでリリアンを見つめる。

 原因が自分であるとは全く気付いていない、気付こうとしない豪胆さにリリアンは若干畏敬の念を抱く。


「一がこんなに重症だということにも驚いたけど、まさかあの伝説の殺し屋が目の前にいるなんて、信じられないわね。しかも身近な異性の妹さんだなんて」

「ん?いや私は二代目だよ。私がやりたいって言ったら先代のじーちゃんが喜んで手続きしてくれた」

「いやそんな孫におもちゃ買ってあげるみたいなノリで引き継がせたの?」


 リリアンは目頭を押さえながら目の前の現実をなんとか受け止めようと努力していた。

 しかし少し前まではまともだったのに短期間でこうも壊れてしまうとどう治療に向き合わせればいいか彼女は頭を悩ませる。


「一、最近調子はどう?」

「しゅぷ~」

「1000−7は?」

「血統書無しのポメラニアン」

「貴方の名前は?」

「冷蔵庫にあるはまぐり〜」

「あぁこれもう完全にダメみたいね」

「お願い女医さん諦めないで!」


 愛海は涙目になりながらリリアンの白衣を掴みながら縋った。


 リリアンは遠い目をしながら窓の外を見つめていた。

 彼女は長年殺し屋と精神科医という二足の草鞋を履いて仕事をしてきたから分かるのだ。


 治療が出来る人間と出来ない人間が、腕間一は後者の方である、彼女はそう結論付けていた。


「そうだ……!兄ちゃんは殺し屋という仕事に誇りを持っていたから、そこをきっかけに自尊心を上げさせればいいんだ……!」


 愛海の思いついた作戦にリリアンはその手があったかとハッとして彼女を見つめた。


「それ、ありかもしれないわ。一って必ず酒が入ると仕事で成功した話ばかりするし」

「えっ?兄ちゃんと一緒にお酒飲んだ?女医さんうちの兄ちゃんとどういう関係?」

「さ!こうしちゃいられないわ。早速患者の治療を開始しましょう!」


 リリアンは愛海の言葉には答えず、椅子から勢い良く立ち上がると、数秒置いてまた椅子に座った。


「ねぇ今立つ意味あった?」

「特にはないわね」


 リリアンのあっけらかんとした態度の言葉に愛海は「そう…」とだけ言うと、顔と身体をリリアンから一に切り替えた。


「お兄ちゃん。昨日のご飯は何食べた?」

「コルトパイソンの煮つけとデザートイーグルのアイスクリーム」

「うん、正気じゃないね」

「妙に話題が噛み合ってるように感じるのがなんか癪に障るわね」


 愛海とリリアンは一の壊れ具合を改めて確認すると、お互いの顔を見合い頷き合う。


「兄ちゃん!兄ちゃんは一体なに!?」

「トイプードル」


 一は左右の目が違う方向に向きながら焦点の合っていない目で答える。

 その言葉に対し愛海は「違う!」と言って一の頬をビンタした。

 「ぶべっ!」情けない声で一は声を出す。


「兄ちゃんは殺し屋!それもただの殺し屋じゃない、一流の殺し屋だよ!」

「いち…りゅう……?」


 光りが無く、焦点が合わなかった一の目に生気が一瞬映る。


「あっ今一流って言葉に反応した!今よ!もっと褒めるの!褒め殺しにするのよ!」


 リリアンはここが正念場だとばかりに愛海の後ろで彼女の両肩に手を置いて力強く言った。


「兄ちゃんはゴールドクラスの一番上だよ!二年前もそうだけど、私、兄ちゃんと戦った時結構苦戦したんだよ?ダイアモンドクラスの殺し屋を手こずらせるなんて普通出来ないよ。やっぱり兄ちゃんは最高の殺し屋だ!」

「お、おれ……俺はさいこー……」

「そう!兄ちゃんは最高の殺し屋!百…いや千年に一度の殺し屋!一騎当千!スーパー!ウルトラ!エリート!レジェンド!」


 愛海は馬鹿でも印象に残るような華美で派手な大きな言葉を使い、一を鼓舞する。

 一は「おっおっおっ」と言って痙攣し、ガタガタガタと椅子の上で音を立てて震え始める。

「おれ、おれっは」と段々と自我を取り戻しつつあった。


「よ!良い男!良い殺し屋!ボタンの代わりに弾丸頂戴!」


 リリアンが拍手をしながら一を褒め称える。


「お、俺は……!俺は天才殺し屋……!俺の伝説はこれから……!」


これはいける、あともう一押しだ、とリリアンは心の中でほくそ笑むと、一に自身の身体を密着させる形で彼の膝の上に座る。


「え?女医さん?何してるの?」

「最後の治療よ。傷ついた男はね、女性の身体で癒してあげるものなのよ」


 そう言ってリリアンは一の顎に右の親指と人差し指で触れ、上へと上げる。


「い、いやいや!もう十分だから!それ以上の事なんてしなくていいよ!」

「ここから!ここからが重要なのよ!大人の男は皆イイ女の色気と身体で一発で元気を取り戻すのよ!」

「ナニする気か知らんけど身内の目の前でおっぱじめないでくれる!?」

「今がチャンスなのよ!この男私の身体使っても見向きもしないのよ!今のうちにどさくさに紛れて篭絡して落としてやるわ!」

「やめろっつってんでしょ!?やっぱり兄ちゃん悪い虫に付かれてたんだ!離れろこの淫乱女医が!」


 愛海は一のシャツを脱がそうとするリリアンの手を力づくで抑えながら彼女が一を襲おうとするのを阻止しようとする。


「なんで邪魔するのよ!?貴方は今関係ないでしょ!?」

「妹だからバリバリ関係ありますけど!?自分の兄が痴女に襲われそうになったら誰だって止めるよね!?」

「誰が痴女よ!これは治療の一環よ!」

「上手い事言うな医療系痴女が!」


 そう言うと愛海の身体はゴリゴリと音を立てて大きくなり、レスラーのような堅牢な肉体へと姿を変えた。


「え!?何アンタ、マッスルスーツでも使ってんの!?」

「これは自前の筋肉!さぁ、怪我したくなければ兄ちゃんから離れろ!」


愛海とリリアンは言い争いをし、暴力沙汰にまで発展しそうになった。

 しかしリリアンの中で自らが引くという選択肢はもはや存在しなかった。

 彼女は白衣の懐から注射器を十本指の間に挟むと


「この!そっちがその気ならこっちにも対抗手段を取らせてもらうわよ!」


 と言って爪が特徴的な某ヒーローのような腰を低くした姿勢となって愛海を威嚇する。


「グルルルル……!」

「シャアッ!」

「……お前らなにやってんだ?」


 愛海とリリアンが動物のように声で威嚇をしていると、正気を取り戻した一が珍獣を見るような目で二人に声をかける。


「あ、兄ちゃん!元に戻ったんだ!」


 愛海は一が人間に戻った事に感動し、彼に抱き着いた。

 それを真近で見ていたリリアンは眉をぴくぴくと痙攣させながらイラついた顔で愛海を睨んだ。


「ちょっと貴方、ベタベタくっつきすぎじゃない?妹にしては身体的接触が多い気がするのだけれど」

「ハァ?兄妹なんだしこれくらい普通なんですけど?無関係の赤の他人は黙っててくれる?」

「このガキ……!」


 愛海の相手を小馬鹿にするような挑発的な視線と言葉にリリアンは右の片眉を吊り上げながらピクピクとイラつくように動かす。


「やめろ。意味の無い諍いは何の利益も齎さない。それより今はこれからどうするか話し合いたい」

「なんか難しい言葉使ってる……」


 一は疲れた顔で二人の間に入り喧嘩を止めた。

 一の介入により愛海とリリアンは文句があり気な顔をしつつも彼の言う通りに従った。


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