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第22話

「え──」


 愛海がすべてを言い終える間も無く、一は愛海の顔に容赦なく拳を叩き込んだ。

 愛海の身体は隣の席まで吹き飛びテーブルとガラスが大きな音を立てて巻き添えを喰らって破壊された。


 愛海はすぐさま起き上がる。

 肉体は今までのような小さい女性の身体ではなく、大柄で屈強な見た目をした男性の身体へと変貌した。


「ちょっと!いきなり何すんの──」


 またもや愛海が言い終える前に一は高く飛んで拳骨を彼女の顔に再び叩き込む。

 が、愛海は一の拳を掴んで彼を後ろへと投げ飛ばす。

 更にテーブルと椅子とガラスが砕け散り、レストランは惨劇と化す。


「この殺人大好きの頭アッパッパーのクソガキが。大人様に舐めた口ききやがって。今から教育してやるよ!」

「なにが大人だ馬鹿野郎!三十にもなって未だに夢を捨てられない逆コナン野郎が、こっちこそ教育してやるってんだよ!」


 そう言って愛海と一は素手のみの喧嘩を始めた。

 一は右の拳でストレートパンチを放ち、愛海はそれを躱すが一はそれをすでに予測して再び右ストレート、左フック、右のアッパーパンチを喰らわせる。

 愛海はそのアッパーをひ右肘で潰し、左の肘鉄を喰らわせる。

  一は間一髪でそれを躱し、二、三歩後ろに下がり距離を取る。

 ハンドトゥハンドな戦闘態勢で上品な攻防を繰り広げながら殴り合う。

 そんな達人同士の間合いがあるせいで店員達はそんな彼等に手がつけられず、キッチンの方へと避難しながら様子を伺っていた。

 その中でも一人の一と愛海が話していた女性店員は瞳を輝かせて見ていた。


 暫く格闘を続けていると、お互いに体力が尽きかけてきたのか、動きが鈍くなり、大振りな一撃が多くなった。


 そこには技と技のこ応酬はなく、あるのは「このクソッタレの妹が!」という兄の叫びと「大人未満のゴミ兄のくせに!」と兄妹の怒りと罵詈雑言がぶつかり合う獣のようにがむしゃらな殴り合いだった。

 襟首を掴み殴り、ズボンの裾を掴んで立ち上がり、アッパーを喰らわせる。

 途中でレストランに備え付けられていたフォークとナイフを拾って振り回して刺そうとしたり、挙げ句の果てには皿やコップなどを投げ合ったりなど、状況は混沌で溢れていた。

 暴れ回ること数十分、一と愛海はそれぞれ床に倒れたり椅子に腰掛けて乱れた息を落ち着かせようと大きく息を吸い込んで吐いたりして休憩を取っていた。


「さっきはごめん兄ちゃん。私、本当は兄ちゃんの事あんな風に思ってなんかないよ」

「ああ、分かってる。俺もお前の事を殺人大好き頭アッパッパーのクソガキなんて思っちゃいないさ」

「あっそれは本当だよ。悪い人殺すの大好き」

「あそう……」


 愛海の無邪気な言葉に一は愛想笑いで応えながら、もう一度息を大きく吸って大きく吐いた。


「……なんか、どうでも良くなってきたな」

一の言葉に愛海も首を縦に軽く振って同調し、先に立ち上がった愛海がまだ床に倒れている一に手を差し出す。


「こんな不甲斐ない兄貴にも手ェ貸してくれるのか」

「完璧過ぎたらつまらないよ。少し足りないくらいが家族としては丁度いいんじゃない?」

「そりゃそうだな。自分の妹は少し頭が足りない方が可愛いって点は同じことが言える」

「ああ!バカにしたな?」と愛海は笑いながらあ一の手を引っ張り上げる。

「よし愛海、そろそろ会計にすっか!もう腹いっぱいになっただろ?」


 一はすっきりしたような、爽やかな顔で白い歯を見せて突然立ち上がった。


「えっまだステーキとカレーとスープとデザートが……」

「お前はバキュームカーか?いいから帰るぞ」


 一はそう言って愛海の手を掴んでほぼ無理やり立ち上がらせて受付に行き、代金を払う。


「店を荒らして悪かったな。とりあえず後で俺の貯金から弁償はさせてもらうから待っててくれ」


 そう言って一はれファミレスの店長の肩をポンと叩く。

 店長は必死に首を縦に振って一の言葉に賛成の意を示した。

 先程一と愛海が話していた店員が名残惜しそうに自分達を見つめていた事に気づいた一は見たらいけない物を見るようにサッと目を下にずらし、ファミリーレストランを後にした。

 家路に着き、玄関に入って靴を脱ぎ仕事着から普段着のTシャツと半ズボンに着替えた二人はソファーに座り、今後の事について考え始めていた。


「これからどうしよう……」


 一は貧乏ゆすりをしながら手を組んで忙しなさそうにしていた。

 分かりやすくいうと情緒不安定になっていた。


「兄ちゃん、貧乏ゆすりやめな。癖になっちゃうよ」


 愛海は一の前に座り込み、両手で彼の脚を抑える。

 しかし一の脚は愛海の手の力に反抗し、ガタガタとまた震え始めた。


「ち、力強…!どこにこんな力が!?」

「うう~~~ホワイトノイズは殺さなきゃ……でも俺の妹だし……てかそもそも妹が殺し屋ってなんだよ。俺の妹はもっと幼気で純粋で血も見たことないくらいなのに……!」

「兄ちゃんの私に対するイメージ変じゃない?てかさっさと脚閉じろ!」


 愛海は腕に更に力を込め、歯を噛み締めながら鼻息を荒くする。


「はあああああ!」

 愛海の腕が丸太みたいに突然膨張して太くなり、一の脚がゴン!と骨と骨がぶつかる痛々しい音が鳴った。


「ぎゃああああ!」


 一は心ここにあらずと言った風に無意識で貧乏ゆすりをしていたからか、突然自分の両脚が衝突した事で意識が戻り、悲鳴を上げた。


「なんなんだ愛海!?悪いが今俺はお前に構ってやれない!俺はこれからどうするかを真剣に考えて……ん?」


 一は首を傾げて目を丸くする。いつも見慣れている愛海の細く華奢な美しい両腕が、筋骨隆々のアスリートのように太くなっていたのだ。


「うわああああああ!?愛海!?なんだそれ!?腕、腕が!!」


 一は歯をがちがち鳴らしながら愛海の突然変異した腕を指さす。


「お、お前どうしたんだその腕!?ホワイトノイズとして遭遇した時もレストランで喧嘩したときも!お前身体可笑しいぞ!あっそうか蚊に刺されたのか?そうなんだな!?それともなんだ?ガンマ線でも大量に浴びたのか!?」

「兄ちゃん落ち着いて」


 愛海は腕以外は普通の女の子の身体をしているからか、ミスマッチ感が尋常ではなく、まるでジムで腕だけ鍛えたトレーナーみたいな歪さを一は感じた。


「えーと、これはその、家庭の事情があってこうなって……」

「寝よう」

「え?」


 一は目が見開いた状態で自分の言葉に自分で頷き、現実逃避に走る。


「今日はもう寝よう!愛海~あまり夜更かしするなよ?肌に悪いからな!」

「え?兄ちゃん?」


 いきなり就寝宣言され混乱する愛海を放置し、一は自室のベッドに行き、マットレスに身体を預けた数秒後には寝息が上から響き始めた。

 愛海もまた、疲れていたからか、シャワーを浴びて歯を磨いて床に就いた。


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