第21話
「わーうまそ~。私仕事の後すっごくお腹減るからこーいう料理が一番イイんだよね~兄ちゃんも食べる?」
「お前この状況でよく食えるな」
「え?なんで?私はいつでもどこでも食べれるけど」
愛海はケロッとした表情でハンバーグとドリアとサラダを交互に食べる。
その様子に一は口を開けながら呆ける。
「なぁいいか、俺達は今崖っぷちなんだよ。俺はホワイトノイズを殺さないともう二度と上は目指せない。しかもお前は高額賞金首で姿晒そうものなら全国の殺し屋がお前を狙う。つまりは俺達のケツには大量の人食いピラニアが何十匹も食いついているようなもんなんだよ分かるか?」
「その人食いピラニアってどこから出てきたの?」
「比喩だ!お前学校言ってるんだからそれくらい分かるだろ!?」
「いや、なんで突然ピラニアが出てくるのかなって。普通に全国津々浦々の殺し屋達が私達のケツを狙ってるって言えばいいのに」
「いやケツは狙ってない。ケツは一種のメタファーだ」
「メタファーは比喩と同じ意味だよ。言葉は正しく使わなきゃいけないよ?」
「うるせぇ!国語の授業なんかどうでもいいんだよ!」
「そんなカッカしないで、とりあえず食べれば?」
愛海は一にそう聞くと、一は「俺はいい、腹減ってないから」と言って彼女の提案を断った。
「愛海、お前誰を怒らせてるのか分かってるのか?」
「知ってるよ。戸坂司。元国会議員の重鎮で今は引退した老人。それは表向きの姿で裏では日本の政治を裏から操る老獪。はっきり言って反吐が出る」
「ならなんで──」
「牧村は良い人間だったよ。あの人、本気で改革を為そうとしてたし、もしあの人が政治家として大成してたら今よりもっと日本は良くなってたかもね」
愛海はオレンジジュースをストローで吸い上げながら思い出すように語る。
彼女の言葉に一は一瞬疑問を覚えた。
「お前、牧村と話したことがあるのか?」
「話した事があるも何も、あの人生きてるよ」
愛海の何気ない言葉に一は「ハァッ!?」と店内に響き渡る程声を上げた。
「兄ちゃん声でデカいよ」
「いやおま、ハァ!?お前、牧村殺しただろ、爆殺しただろ!この目で見たんだぞ!それが生きてるってどういう事だ!?」
「偽装工作だよ。殺す直前に打ち合わせしたんだ。あれはただの別の死体。スーツ姿沢山あって混乱してたんでしょ」
「でもお前……!」
「私はね、兄ちゃん。生かす価値もない人間や悪人は容赦なく金の為に殺せる。けど純度百パーセントの善人を殺すほどタガが外れてるわけでもないんだよ」
愛海はハンバーグを切り分けて口に運び、その後でポテトとサラダを口に運んでオレンジジュースで流し込んだ。
妹の汚い食べ方に一はほとんど注視せず、大量に流れ込んでくる情報の波に酔い、混乱しつつも第三者に助言を求めるべく、周囲を見渡す。
「あの、店員さん」
一は女性店員に声を掛けた、
「はい、どうなされました?追加のご注文ですか?」
「なに兄ちゃん、やっぱりお腹減ってるんじゃん。痩せ我慢したらダメだよ。私のドリア食べる?」
「いや、別に料理の注文じゃない。店員さん、殺し屋についてどう思ってます?」
一は突拍子も無く突然店員にそのような事を質問した。
「兄ちゃんいきなり何言ってんの?」
「えっ殺し屋、ですか」
「ええ。殺し屋は依頼主に暗殺依頼を出し、人を殺して依頼を達成すれば高額な報酬を得られる。もし貴方が殺し屋の立場にあったとしたら、依頼を引き受けますか?」
「兄ちゃんなんそれ?心理学の質問?」
「うるさい。お前は黙ってろ。今俺は店員さんと話してるんだ」
一の言葉に愛海は「ちぇー」と言ってドリアをスプーンで掬って食べた。
「そんな、私にはできませんよ。人なんて殺したことないですし」
「ですよね」
「まぁ一億二億百億もらえるなら遠慮なくやりますけどね」
「ですよ…え?」
一は自分の予想していた店員の言葉とは違う言葉が出てきて店員を二度見した。
「いや、人殺しは悪い事ですよ?金が貰えるからってそんなことしちゃあ……ダメだろ!」
「ていうかムカつく奴殺せて大金貰えたら誰だってやりますよ~」
やるわけねぇだろ!どんな倫理観で生きてんだよこの女は!?殺人行為は犯罪なんだぞ!?
一は直接口には出さず内で罵倒した。
期待していたまともな回答は得られず、内心彼は苛立った。
「あ~まじあのハゲデブ豚鼻店長殺したいわ~。セクハラしやがってムカつくんだよ!近くに殺し屋居ないかな。100万出すから誰か殺してほしいな~」
ダメだコイツ、可愛い見た目から反して自分の言っている言葉に一切の迷いも淀みも無い本気の目で言っている。
あまりにも思想が過激過ぎる。
もしかしたら同業者なのではないかと疑ってしまうほど道徳やモラルが無い、一はウンザリしたような顔つきで水を飲んだ。
「聞く相手間違えたぁ……」
一は青ざめた顔でこの女性店員に話題を振った事を後悔した。
人殺しは良くない事だよ、と愛海に実際の一般人の感性を交えて説教するつもりだったが、聞いた相手がよりにもよって人道から全くかけ離れた共感性のない女性店員の言動に、一は頭を抱えた。
「んー、そんなに殺して欲しいならさ、私が殺してあげよっか?」
ドリアを食べ終えてシーザーサラダに手を付け始めた愛海が女性店員になにげない雰囲気で言った。
「え?」
「お前バカこの!何言ってんだよ!?」
「だってこの人本気で言ってるんだよ?よっぽど何か事情があるんじゃない?」
「いや、お前何一般人に自分の素性バレるような事すんなよ!」
「いや、正直言って一番バレたくない人にバレちゃったからもう正体隠す必要もないかなって思ったんだよね」
愛海の言葉に一は「お前な……」と何か言おうとしたが、続きの言葉が出る事は無かった。
彼女の気持ちは一にも理解出来たからだ。
一も最もバレたくない家族であり妹である愛海にバレたのだ、一には散々な出来事が降りかかったが、自分の妹に後ろめたい仕事をしている事が発覚してしまったのは彼の中ではかなり大きなショックだった。
「ねぇ、本当にあなた殺し屋なの?私より年下に見えるけど?」
女性店員が腰を落とし、愛海と同じ目線になって訝しげに見つめる。
「もっちろん!銃持ってきてるよ。見せてあげようか」
「お前いい加減にしろよ!そこまでして俺に苦労をかけさせたいのか!?」
一はつい我慢できず、愛海に怒鳴り声を上げてしまう。
愛海は一瞬ビクリと身を強張らせたが、ムキになって「そっちこそ!」と怒り返す。
「私に仕事をちょっと邪魔されたからってそんなに根に持ってさ!兄ちゃん器が小さいんじゃない!?」
「なんだと!?俺がどれだけの時間と労力をかけてここまで来たと思ってる!?お前みたいにバイトと承認欲求満たすために遊んでるわけじゃねぇんだよ!」
「はっ、それじゃあその承認欲求を満たすために遊んでる女子高生に全部持ってかれた兄ちゃんは底なしのマヌケだね。十年かけてあくせく働いた結果がゴールドクラスの殺し屋?こりゃ最高だね。次は大道芸でもやってみたら?兄ちゃんみたいな一級品のマヌケならすぐにプロのピエロになれるよ。なんなら手伝ってあげようか?」
「お前、妹だからって舐めた口聞いてると──」
「えっなに?殴るって?シスコンから虐待男にジョブチェンジっすか?何も成し遂げられない半端な人間にはお似合いだよ。こんな兄、世界のどこを探しても見つからないんじゃない?私はじめて見たよ。こんなに目立ちたがり屋で自己顕示欲が凄いのに実力が伴わない哀れで惨めな三十路のおっさんなんて。アンタなんか伝説の殺し屋なんてなれない。ただの夢見がちな大人になり切れないガキみたいな大人もどきがさァ!」
愛海は肺一杯の空気をたっぷりと贅沢に使い果たしながら彼女の中に溜まっていた兄への鬱憤を漏れなく全て吐き出し、急いで酸素を肺に満たす。
一瞬言い過ぎた、と愛海は思い一の顔を見たが、彼の顔は彼女が思っているような憤怒の表情でも悲しみが籠った表情でもなく、無の表情であった。
あれだけ言われても、何の感情の起伏もない、見事なポーカーフェイスだった。
「る……」
一は口から空気と言葉を僅かに漏らし、蚊が鳴くような小さな声で言葉を出す。
「えっ?兄ちゃん、なんて言ったの?」
「お前を殴る」




