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第20話

 一は確かめるように掠れる声を振り絞って言った。

 一の目の前に居たのは、彼の想像するような常に軽口を叩いているムカつくティーンエイジャーの男ではなく、生意気だが愛嬌のある一の最愛の妹である腕間愛海だった。

 驚いていたのは一だけでなく、愛海も衝撃を受けて全く身動きが取れず、ただひたすら驚いていた。


「お、お前、なんで──」


 一が愛海に向けて何かを言いかけた時、警備員達の忙しない足音が近くから聞こえてきた。


 銃撃戦と備品の大量破壊、そして警報が鳴っていた。

 流石にそれに対して頭が回らない程ではなかった。


「くそ、オイ、愛海、じゃねぇホワイトノイズ!とりあえずここから出るぞ!」

「えっ?あ、ああ!うん!」


 一の言葉にコンマ数秒遅れて返事をする愛海。

 既に脱出ルートは確保してあったため、一は一は愛海を連れて成神ランドタワーから脱出した。



 一達は成神ランドタワーから数キロ離れたファミリーレストランにて愛海と対面して座っていた。

 一はマスクを脱ぎ、フェイスレスではなく腕間一として素顔を露わにし、机に両手を付いて俯いていた。

 彼の目の前には同じくマスクを脱ぎ、ホワイトノイズではなく彼の妹、腕間愛海は居心地が悪そうにソファーに座っていた。

 その光景を見て、今目の前にある現実を受け入れられない、といった失意の表情を浮かべていた。


「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか?」


 高校生くらいの女性のアルバイト店員が営業スマイルで一と愛海に聞いてきた。


「水……」

「あー、えーと、私はオレンジジュースとフライドポテトと和風ハンバーグステーキとミラノ風ドリア、あとシーザーサラダをお願いします」

「水……」


 一はぐったりとした死んだ目をしながら壊れた機械のように水とだけ呟いた。


「……い、いやー何とか逃げ帰って来れたね。私の方の依頼は失敗しちゃったけど、生きて帰れることが何よりだよ!うん!」

「……」


 一は魂の抜けたような生気の無い暗い瞳で愛海を見つめる。

 そしてまた目を逸らした。


「き、奇遇だね!兄ちゃんも殺し屋やってたなんて!」

「ああ…」

「えと、兄ちゃんはいつから殺し屋始めたの?」

「15年前…」

「へぇ~。そう、か。長いね。私は3、4年くらい前なんだ。まだまだ新人だよ」

「でもダイアモンドクラスなんだろ…?」

「え?ああまぁね。でもそんな階級なんて稼げる金の額が上がるくらいで自慢出来る事なんてないよ。いっつも依頼来てうざったいくらいなんだよね」

「俺はお前のせいで依頼はほとんど来なくなったがな…」


 一がぼそりと呟くように言うと、愛海は「あ…」と言って押し黙る。

 再び彼等の間には気まずい沈黙が流れ始める。


「ここにポテトがあります」


 一は打ち上げられてしばらく放置されていた腐った魚のような目でまだテーブルに来ていないポテトを親指と人差し指であたかもあるかのように見せた。


「これ、どんな風に見える?」

「いや、まだ注文したばかりなんだけど」

「ここにポテトがあるだろ?」

「えっ?え、えーと、じゃあそういう事にしとこ。うん、何の変哲もないポテトだと思うけど」


 愛海は一の質問の意図が分からず、的が外れた回答をする。


「よく見てみろ。このポテトはシナシナだろ?」

「いやだからまだ来てないし見えないって」

「いいんだよ。シナシナに見えるだろ?」


 一はそう言うと、愛海は「ああ確かに」とめんどくさそうに言って頷く。


「このポテトはな、さっきまでは熱々揚げたてで外はサクサク中はホクホクだったんだろうな」

「美味しそうな表現だね」

「でも今はどうだ?冷えて熱は奪われ、芯が無くなって中身はモサモサ。しかもフニャフニャの腑抜けになっちまった」

「でもポテトは冷めても美味しいよ?ていうかポテトにそこまでヒドイ言い方する?恨みでもあるの?」

「この不味いポテトが今の俺だ。脂も落ちて若い頃の勢いも名声もない。仕事を奪われて皆の笑い物の哀れなポテト、それが今の俺なんだよね」


 一はポテトをゆらゆらと揺らしながらそれを自分の口に運び、「不味」と言いながら表情筋が完全に死んだ様子で咀嚼して飲み込んだ。

 愛海は一の居た堪れない雰囲気になりつつもポテトを食べるふりをした。


「……お前、なんで殺し屋なんかやってんだ」


 一はゆっくりと顔を上げてぶっきらぼうに、棘のあるような言い方で愛海に聞いた。


「え?い、いや、そういう兄ちゃんこそなんで殺し屋なんかやってんのさ!?私はてっきり営業マンだと思ってたんだよ!?」


 愛海が若干熱がこもったように言うと、一はぶるぶると身体を痙攣させ、「俺、俺」と呟き始め。


「お、俺!俺こそ!お前は今を時めく高校生だと思ってたんだぞ!なのになんだよ、その正体は!?殺人動画を変態とマジキチ共の温床のダークウェブに動画とライブ配信をするイカレサイコアサシンだと!?お前は何を言ってるんだよ!?」


 一がそう言うと愛海はバツが悪そうに黙って俯いた。

 よほど弱い所を突かれたのか、深刻そうな顔をしていた。


「お父さんとお母さんが亡くなっちゃった後、大変だったよね」

「そりゃそうだろ。あの時は突然親父も義母さんも死んで、世界がひっくり返ったような感覚だった。でも生きるために金が必要だっただろ」

「多分その時期に殺し屋として活動を始めたんだよね」

「まぁな」

「まさか殺し屋としてお金を稼いでたのは知らなかったけど、私はずっと後ろめたさを感じてたんだよ?兄ちゃんは必死に金を稼いで自分を犠牲にしてたのに、私だけのうのうと学校生活を楽しんでる、そんな私が許せなかった」


 愛海の心中の思いを聞き、一は「それは違う」と愛海の言葉を否定した。


「俺は自分の選択に対して一度も後悔した事はねぇよ。お前は頭が良くて可愛くて、素直な性格の良い子だ、そんなお前に良い環境で伸び伸び育ってもらいたいと思うのは兄として当然の事だ。そして何より、俺は今の仕事が好きなんだよ」

「え?殺し屋の仕事?嫌々やってるんでしょ?そんなウソつかなくてもいいんだよ?」

「いや嘘じゃねぇよ。俺は自分の技術に誇りを持ってるし、どんどん腕を上げていきたいと思ってる。それに俺の仕事で喜ぶ客がいるんだ。誰だって自分の仕事が誰かの助けになったら嬉しいだろ」

「真っ当そうな事言ってるけどそれ人殺しの仕事の話だよね?兄ちゃん人を殺した後遺族の気持ち考えた事ある?少しは常識持ちなよ」


 愛海は至極当然といったような顔で一を見ながら言った。

 一は眉と口を釣り上げて顔を顰めながらお前がそれ言っちゃう?と心の中で悪態を突いた。


「お前自分が殺した対象の殺害映像を動画に納めながら変なエフェクトとかカットインとか入れて今風の動画に編集して投稿してるよな?お前それについてどう思ってるの?」

「はぁ…あのね、兄ちゃん。私が人を殺す度に気持ちよ~くなる変態殺人鬼だと思う?」


 愛海が諭すような柔らかく真面目なトーンで一に問いかける。


「私がナイフでターゲットの首を掻っ切って、鮮血が噴水みたいに飛んだり、銃弾がターゲットの頭を貫いて頭蓋とピンク色の脳漿が破裂するの……私がそんな残虐な行為に性的興奮を覚えて、股を濡らすような変態に見える?」


 困ったような声で問いかけられる一。

 そんな彼はここまでの会話で自分の妹の愛海がそんな変態女なわけがないと確信し、眼を瞑って首を横に振って否定する。


「ああ、お前はそんな奴じゃない。それは兄である俺が一番よく分かってる」

「まぁ実際に興奮しちゃうんだけどねこれが!」

「え?」


 一は目を点にして愛海を見つめる。


「えっ?今までの流れって実は殺しの才能はあるけど嫌々やってる哀れな殺し屋少女って感じの雰囲気だったよな?え?お前人を殺しても平気なのか?」

「はぁ?別に何とも思わないけど?だって赤の他人で金持ちだし、大体恨まれるような事するから暗殺依頼されるんじゃないの?私は正義の代行者の気分で仕事してるよ。それに派手な殺し方とかかっこいい殺し方して企画作って動画投稿すると皆食いつきイイから仕方なくやってるだけなんだよね。でもそれは兄ちゃんも同じでしょ?」


 愛海はあくまで自分は仕方なく、しょうがなくやっているという言い方で喋り、それを聞いた一は机に両肘を突いて頭を掻懸けて項垂れる。


 コイツはヒドイ、重症だ。

 俺は何故自分の妹の心のSOSに気づかなかった?妹のメンタルケアは兄である俺が為すべき事だろ!と一は激しく後悔していた。


「おまたせしました〜フライドポテトと和風ハンバーグステーキとミラノ風ドリアとシーザーサラダとオレンジジュースでーす!」


 その時、女性の店員が愛海の注文した料理三皿を運び、テーブルに置いた。


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