第18話
砂嵐と酷似した雑音がヒュー、ヒューと鳴り、白黒の昔のテレビで流れていた映像がヘルメット越しに映る不穏なマスクを被った人間、彼が遂に現れた。
ホワイトノイズが現れたのだ。
「こんばんは。イイ夜だね。月が出てて雲一つ無い。死ぬには良い夜だと思わない?」
ホワイトノイズは笑ってそう言った。執務室に居たターゲットの男は「な、なんですか貴方は」と若干慌てたようにホワイトノイズを見た。
「はい!ということで今回も始まってまいりましたホワイトノイズの殺し屋チャンネル!今回は大企業の重役を殺していきたいと思います!オイコラ、またとか言うな。俺に回ってくるのはこういう系の人しかいないんだから当然だろ」
ホワイトノイズは誰かが居るかのように独り言を呟く。彼は相も変わらず仕事の風景を仮面越しのカメラで撮影していた。
「なんだ?誰と喋っているんだ?」
「え?ああいやアンタには関係ないよ。だってアンタは今から死ぬんだからさ」
そう言ってホワイトノイズは腰に巻き付けていたホルスターから自動拳銃を取り出し、ターゲットの男に銃口を向けた。
「な、何を…!?」
「あっ、頼むからありきたりな命乞いとかはやめてね。視聴者からの文句めっちゃ来るからさ。俺何も悪くないのに」
「じょ、冗談はやめろ!警備を呼ぶぞ!通報もするぞ!?」
男が叫んで言うとホワイトノイズは呆れたように大きくため息をついた。
「ねぇ、殺害対象に芸人並みのリアクション求めるのって間違ってるかな?視聴者のみんなはどう思う?ってあれ?今日はワンさんのスパチャが来ないな。配信見てないのかな?」
ホワイトノイズはもはや興が削がれてきたのか、声のトーンが落ちてテンションが下がっていた。このままでは直ぐにターゲットを殺してしまう。
「今日の動画はボツかな……」
ホワイトノイズが拳銃を右の片手から左手を添えて両手で構え、確実に頭を狙えるよう銃を向ける。
「そうか?なら俺がもっと面白いモノ見せてやるよ」
不意に後ろから声がした方向にホワイトノイズは身体を動かす。
しかし既に一は動き、ホワイトノイズの腕を下に向けて押さえ、右手で一発顔を殴って左手で彼の拳銃を奪った。
「ウィルソンコンバットか。こんな高級品使いやがって。これは俺が没収する」
そう言って一は奪った銃を観察する。ウィルソンコンバット、その中でもCQB(近接戦闘、狭い空間で戦う)に特化したモデルだった。
「ちょ、人のモノを勝手に……割と高かったんだけど?」
一はホワイトノイズから銃を奪い、懐に収める。
「じゃあ俺もアンタのハンドガンもらうね。ええと、これ名前なんだっけか」
ホワイトノイズがヒラヒラと見せびらかす。彼の右手に持っていたモノは一が腰に据えていたM92F通称ベレッタだった。
「お前……」
一は自身もいつの間にか銃を奪われていた事に気づき、ホワイトノイズの底知れなさを改めて味わう。
完全に奇襲を掛けたつもりだったのに、気づいた瞬間すぐに敵の銃を奪う反射神経とその俊敏さは、もはや人間のそれではない。
「んん…?」
ホワイトノイズは一を見て首を傾げる。
「ううん」と唸って右手を顎に乗せてまるで何かを思い出そうとしているかのようだ。
「あっ!」
ホワイトノイズは左の掌に右手をポンと置き、何か閃いたかのような声を出した。
「アンタ二年くらい前に仕事盛大に失敗しちゃった俺の先輩じゃん!」
ヘラヘラ笑いながら一の事を思い出し、尚且つそれを一本人の目の前で言い除けた。
「…あ?」
一はホワイトノイズ同様フルフェイス型のマスクをしていたため見えることはなかったが、額には青筋を浮かび上がらせ、中央に眉を寄せて歯茎を剥き出しにして完全にキレる寸前だった。
だが、一は自制する。
ここでキレてプラン通りに事を進めなければまた二年前と同じ失態を侵すだけだ。それだけは絶対に避けなければならない。
一は自身の頭の中でそのことを考え、冷静さを取り戻す。
「お前、依頼主の欲しがってる情報逆手に取って金せしめてるんだって?依頼もこなして動画の広告収入も貰って金ならたんまり稼いでるだろうに、老後の為に貯金してるのか?自分の首絞めるような危ない橋渡ってまで金が欲しいのか」
「貯金が趣味なだけだよ。それにこの仕事楽しいし、それだけ」
「じゃ、あまり時間もなさそうだしさっさと終わらせるとするか」
「それは俺も同意見だね」
一とホワイトノイズはそう言って口を閉じた。
二人の間には静寂のみが在り、その静寂は彼の暗殺対象の机にあったボールペンが転がる。
地面に転がり落ちた瞬間に破られた。
一はすぐさまホワイトノイズから奪った銃、ウィルソンコンバットを使う。
銃の発砲音が三回鳴った。
だがホワイトノイズにその弾が当たることはなかった。
ホワイトノイズは身体を逸らし、捻りながら一の銃弾を躱す。
そして躱しながら右手に小さなナイフを手に持ち、それを一の持つ拳銃へと投げる。
完璧な位置、タイミングでナイフは拳銃に当たり、ガキィン!と音を立てて一の手から宙を舞って離れた。
ホワイトノイズは一から奪ったベレッタを持つ──のではなく自前のカランビットナイフを腰から人差し指で抜き、器用にクルクルと回すと、一の元に恐るべき速さで接近する。
一は武器を失い、素手のみの状態だった。
これでおしまい、とホワイトノイズはいつもの作業で敵の首の中の頸動脈を斬り裂く──はずだったその時、ホワイトノイズは足を止めて仰け反った。
「バレたか」
一はホワイトノイズのナイフを持つ右腕を左手で掴み、攻撃を止めていた。
そして、その一の右腕にはスーツの袖下から細身のナイフが姿を現していた。
「暗器か。中々やるじゃん」
ホワイトノイズは感心したように言うと、腕に力を込めて一の腕を取り払おうとする。
しかし一は絶対に放そうとしない。
お互いの腕を潰れそうな程掴んで離さない。
「そろそろ離して欲しいんだけど。もしかして俺の事好きなの?」
「ああ好きだぜ。ぶっ殺したい程な。その趣味の悪いヘルメット取ってお前の頭蓋に穴を開けさせてくれよ」
「なんて下手なお誘いだ。お断りだ…よ!」
そう言うとホワイトノイズは一にヘッドバッドをお見舞いし、一から距離を取る。
ホワイトノイズはナイフを仕舞い、一から奪ったベレッタを取り出して引き金を引きまくった。
一は銃弾に当たらぬよう動きながら、一は近くの社員用の机に隠れる。
一は胸ポケットの中から黒い球体を取り出し、それをホワイトノイズに投げつけた。
「なーんか二年前と同じ光景を見たことあるぞ?残念だけど俺に閃光手榴弾は効かないぞ──?」
ホワイトノイズが余裕たっぷりに笑いながら黒い玉を拾い上げる。
すると次の瞬間、黒い玉は青光りを放出し、ビル全体の電光を奪った。
「EMPか……ッ!」
「ご明察。まぁもう遅いが」
一はマスクの下で薄い笑みを作ると、ホワイトノイズに遠くに飛ばされた銃を取り戻す。
一もホワイトノイズに銃口を向け、お互いを撃ち合い始める。
窓ガラスは割れ、壁には穴が開き、机に被弾したパソコンは破壊され、書類は飛び回り、辺り一面銃声の騒音に包まれる。
ホワイトノイズに狙われていた男は机の下に隠れ、身体を震わせながら恐怖に支配された表情で様子を見守っていた。
しかし弾丸は一には当たらない。まるでホワイトノイズはどこを撃てばいいか、どこに一がいるか分かっていない様子だった。
「ぐあッ!」
先に悲鳴を上げたのはホワイトノイズだった。
彼は一から銃弾を三発胸部と腹部に貰い、呻き声を上げてその場に倒れた。
「お前のそのフルフェイス型マスクはチタン合金に覆われた特注品だ。しかも360度どこでもありとあらゆる死角に対応するカメラが備わっていてマスク内は高性能インターフェイス搭載の科学技術の詰まったおもちゃ。それでお前は仕事中にも関わらず動画配信を可能にしてる。そうだろ?」
「……」
一はそうホワイトノイズに問いかけるが、肝心の彼の返事はない。
傍から見れば死んでいる。
念願の怨敵を殺し、勝利の喜びを味わうはずだったが、その一のマスク裏の口元が緩むことはなかった。
「クサい演技はやめろ。さっさと立て」
一は無機質な声で言うと、ホワイトノイズは無言でムクリと起き上がり、胸と腹に付いていた弾丸を両手でバンバンと叩き落とした。
「おー痛ェ!でも貫通してない!やっぱ最新のボディアーマーはいいね!高い金払った甲斐がある!」
ホワイトノイズは朗らかに胸の防弾服をバンバンと両手で叩く。
「それよりさ、アンタなんで俺のマスクの情報知ってんの?俺の動画のファン?」
スクッと立ち上がったホワイトノイズは首を傾げながら一に問う。
「自分でも驚くくらいのファンだ。殺したくなるくらいな」
「ふーん、そりゃどうも。視聴者の皆、さっきは配信が乱れてごめんな!気を取り直してラウンド2だほら!そんな事よりもっと来い!盛り上がって行こう!殺せるモンなら殺してみろ!」
陽気に笑いながら両手で「カモンカモン!」と自分の元に来るよう手で煽る。
今持っているハンドガンでは奴のアーマーは貫けない。
そう判断した一はホワイトノイズの元に走り出す。
ホワイトノイズは肉弾戦を仕掛けに来たと思い身構え、戦闘態勢を張る。
しかし、一はホワイトノイズを追い越し、窓ガラスを突き抜けた。
「えっ?何してんの?待て待て!」
ホワイトノイズはポカンとした声で首を傾げ、一を追いかける。
一は清掃員の変装用として使っていた掃除道具の水バケツの中からポリ袋を取り出し、勢い良く破って捨てると、現れたのはレミントンM870だ。
背後に迫り来るホワイトノイズに振り向き、一はレミントンの銃口を彼に向け、引き金を引いた。




