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第16話

一はデイヴィスに至急フランチェスカに来るよう言われ、飛ぶようにやって来た。


 愛海には会社の飲み会が長引いて帰りが暮れるとメールを打っているから大丈夫なはず、一は自分で自分を納得させながらある部屋へ向かう。

 彼が呼ばれた場所はいつものバーカウンターではなく、VIP待遇の特別ルームであった。部屋の前には屈強なボディガードが二人がいた。

 彼等は民間企業に属している普通のガードマンではなく、連合に雇われた腕利きのガードマンだ。

 一人ひとりがゴールドクラス程度のレベルを誇っている。


「フェイスレス様ですね。お待ちしておりました。どうぞお入りください」


 ガードマンが身体を捻り、一が通りやすくなるよう道を広げた。今までされたことのない破格の待遇に、一は戸惑いながらも部屋の中へと入る。


「遅ぇぞフェイスレス!」


 デイヴィスがグラスに入ったワイン片手に一に怒鳴りつける。

 既に一が来る前に飲んでいたのか、完全に出来上がっていた。


「これでも全力で来たんだ。許せ」


 デイヴィスの言葉に一はそれを軽く流す。

 部屋の中に窓はなく、完全に密室空間だった。

 しかし金の装飾や高級なソファー、テーブルの上には果物や高級そうなシャンパンやグラスが置いてあり、絵画が立てかけられてあった。


「急に呼びつけてしまって申し訳ない」


 一やデイヴィス以外には、もう一人の人物がいた。


「武礼渡さん…!?」


 もう一人の人物は二年前に一に依頼を与えた伝説の殺し屋である武礼渡がソファーに座っていた。左肩に刀を掛け、シャンパンをグラスで飲んでいた。


「その節は真にすみませんでした。俺が依頼に失敗して貴方に恥を……」


 一は武礼渡に向かって頭を下げ、謝罪をした。


「いや、君が謝る理由はどこにもない。顔を上げたまえ」

「しかし」

「そもそも依頼事態は成功したんだ。殺害対象を横取りされはしたが、君の責任じゃない。顔を上げたまえ。今日は過去の話ではなくこれからの話をしに来たのだから」


 武礼渡は一の肩に手を置き、一を宥める。

 憧れの先輩にこれ以上気を使わせるのも申し訳が立たないと感じた一は頭を上げて自分の座っていた席へと戻った。


「今日君に来てもらったのは他でもない。ダイアモンドクラス昇級のための再試験を受けて欲しいんだ」


 一は武礼渡の言葉に生唾を飲んだ。

 デイヴィスも真面目腐った表情で話を聞いていた。


「これは通常ではありえない事だ。昇級試験のための仕事はそう簡単には回ってこないし、昇級試験を受けたがる殺し屋はごまんといる。だから一人一回しかチャンスが回って来ない」

「本当ならお前はゴールドクラス止まりで終わってたんだぜ。だが今回は武礼渡がたまにしかこないダイアモンドクラスの仕事をお前に回してきたんだ。これは二度目のチャンスと同時に最後のチャンスでもあるんだ。絶対モノにしろ」

「それで、依頼内容は一体どういう物なんですか。俺は誰を殺せばいい?」


 一はもう覚悟を決めていた。

 女だろうが子供太郎が老人だろうが、どんな人間だろうと容赦なく殺すつもりでいた。

 武礼渡が一瞬沈黙し、再度口を開く。


「簡潔に言う。ホワイトノイズを殺害、もしくは無力化して捕まえて欲しい」

「…ハァ!?ホワイトノイズをか!?」


 デイヴィスが仰け反るように驚いて言った。

 一は驚きこそしたものの、デイヴィスのように派手に驚きはしなかった。


「そうだ。つい先ほど発行されたんだ。今は君達にしか教えていないが、時間が経過すればせ下から上までの全業者に依頼が送信される」

「ブロンズからダイアモンドクラスまでも駆り出されるなんて、一体奴は何しでかしたんだ?」


 デイヴィスがライターで煙草に火を点け、オレンジ色の火を明滅させて美味そうに煙を吸い込んで吐き出しながら武礼渡に聞いた。


「牧村良治を覚えているか?」

「……二年前の、俺が殺すはずだった政治屋ですね」


 一が声を低くしながら僅かに苛ついた声色で呟く。


「そうだ。ホワイトノイズは牧村を殺して依頼主から報酬を受け取ったわけだが、つい先日彼が依頼主にある物を送り付けたんだ」

「ある物とは?」

「牧村はとある大物政治家の汚職や不正が大量に入ったデータを持っていた。ホワイトノイズは奴の屋敷の中で手に入れたんだろう。それを使って依頼主を脅して金を強請ろうとしている」

「ホワイトノイズってのは随分金にがめついようだな」


 デイヴィスが鼻で笑いながら言った。それに釣られて武礼渡も「全くだ」と言って笑う。

 一だけが真面目な表情で黙って聞いていた。


「そして、今回新しく我々に仕事を回してきた依頼主は大変怒っておられる。『急ぎ彼の者を消し、データを取り戻せ』とな」


 武礼渡はホワイトノイズの映った隠し撮りされた写真をテーブルの上に落とす。

 その姿は少し不鮮明で、明らかに遠い所から隠し撮りされていた。

 顔全体が黒いヘルメットで覆われ、顔正面の顔には白黒の砂嵐が写っている。


「だがはっきり言って奴は油断ならない。奴は尋常ならない程用心深く、姿を捕らえた写真もこの一枚だけだ。君にこの仕事を回す前にゴールドクラスの精鋭部隊10人を送ったのだが、彼等相手に奴は子猫とじゃれて遊ぶように軽くあしらって殺してしまった」

「お前も闘りあったことがあるから分かるだろうが、アイツは冗談抜きで残忍でネジが飛んでやがる。人を殺している最中に動画を撮影してダークネットに流すようなサイコ野郎だ。しかも今風の動画みたいに編集してる。ヒ●キンみたいにな。殺人動画を面白おかしく編集して投稿するようなマジで頭おかしい奴にまた負けたら前みたいにタダじゃ済まないかもしれねぇぞ」

「タダじゃすまないのは奴の方だ」


 今までほとんど話を聞いていただけだった一が笑みを浮かべながら言った。

 青筋を立てながら今にも誰かを殺しそうな抜き身のナイフのような危険さを放っていた。


「ダイアモンドクラスになれるチャンスを奪い、俺の経歴に泥を塗った野郎を正式にぶち殺せるチャンス、これはもはや天命だ。是非とも俺にやらせてください。必ず俺が奴を殺します」


 一が怒りと喜びが混ざった歪な笑顔を浮かべながら武礼渡に宣言した。


「良い目だ、今の君は凄くギラギラしてるよ。私が若かった頃を思い出す」


 武礼渡も一同様、口角を歪ませながら笑った。


「俺は心配だけどなぁ。お前と同じゴールドクラスの業者10人使っても仕留められないんだろ?お前一人でどうにかできるのか?」

「俺をその辺の業者と同じだと思うなよ。それに、俺が二年間何もしてこなかったとでも?俺はいつか奴を殺すために徹底的に己を鍛えた。昔の俺だとは思わない事だ」

「デイヴィス君。彼もこう言っている事だし、信じて任せてみようじゃないか。そのために今日は私が来たんだ」


武礼渡はそう言って、タブレット画面を一に渡した。

 そこに映っていたのはとあるビルの写真だった。

 見た目はどこにでもあるような高層ビル。

 一がさっき雷我姉妹と仕事をした物と同じような見た目のビルだ。


「君にプレゼントだ。彼、ホワイトノイズは三日後この成神ランドタワービルという高層ビルの中で姿を現す」


武礼渡はタブレットを皆が見えるように机に置き、画面を指で下にスクロールした。次の画面には一や他の殺し屋が必ず目にする馴染みのあるものだった。


「これは私がホワイトノイズに依頼した偽の依頼だ。ターゲットの情報、出現場所、成功報酬、中身だけなら本物と見紛うだろう。報酬は奴が食いつくよう高めに設定してある。奴は用心深いが金の事となると途端に目が眩む傾向がある。それを利用させてもらった」

「なるほど、この偽の依頼を餌に奴を表舞台に引っ張り出すわけですね」

「そうだ。奴を殺害する依頼は今現在は君にしか出していない。つまり邪魔は入らない。だがそれは援護が入らないことも意味する。もし君が殺されそうになっても、君を助ける者は一人もいないと言う事だ」

「むしろそれでいいです。誰にも邪魔はされたくありませんから」

「ふふ、そうか。なら我々は彼が現れる場所を提供する。どう狩るかは君に任せる」


 そういって武礼渡はソファーから立ち上がり、黒いハットを頭に置いてVIPルームから出て行こうとしたが、ドアの前でぴたりと止まり、一に顔を向ける。


「良き狩りを」


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